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 その日。金曜日という“おがた”の一番忙しい日ではあったけれど、十時を過ぎてやっと常連だけのまったりした状況に落ち着いた頃。
 
 彼女は再び現れた。

「雫? おまえ、こんな時間にどした?」
 そろそろ切り上げようと、部屋に帰ろうとしていた櫂斗が「いらっしゃいませ」より先にその姿を認めたから、愕然として問うと。

「明日から連休だし、塾終わってからソッコーで新幹線乗った」
 スンっと返すと店内を見回し、朔の姿を捉えると。

「朔! 逢いに来たよ」
 キャリーケースを放置して駆け寄るとハグ。
「今日から休みの間ずっと、一緒にいよ」

 カウンターで思わず立ち上がった朔は、雫に抱きつかれた状態で固まってしまう。
 ……隣には、だって、純也がいる。

「雫、ちょっと、落ち着こうか」
 女将さんが言うと、
「大丈夫よ、夢乃ちゃん。ママにはゆってきた。でも私朔んちに泊まるつもりだから、そこんトコ、よろしくね」
と、櫂斗と同じように綺麗なウィンクを決めて。

「私、決めてたの。今日ココ来て、朔が彼女といたら退くつもりだった。でも、そうじゃないなら私が連休中ずっと一緒にいて落としちゃおって」
 仕事仲間といる朔なら、大丈夫だと思った。
 負けるつもりなんて、ない。

「違うだろ。ちょっと雫、おまえ顔貸せ」
 櫂斗が朔から雫を引き離す。
「やあだ。大丈夫よ、櫂斗。もう櫂斗の応援なくても、私一人で朔のこと口説けるから」
「そういう問題じゃない。いいから来いって」

「雫。今まだ店は営業中なの。営業妨害するなら、外出てってくれる?」
 ほのかが冷静な声で、言った。
 雫は何故かこの年上美女を恐れていて、決して怒っているわけではない口調であっても、ほのかの言葉にはかなりビクつく。

 実際この状況を見ている客は、唖然としているから、店内は静まり返っていて。
 日常の華やかな喧噪が雫のせいで妙な空気になっているのは確かだから。
 この場を取り仕切る女将さんも苦笑しながら、
「さっくん、雫と櫂斗と三人でウチ上がってお話しておいで」と当事者をこの場から排除しようとした。

「朔と二人でいいわよ。櫂斗、いらない」
「そういうわけには、いかないだろ。いいから、行くぞ」
「もお、櫂斗、ジャマしないで?」
「だったらはっきり言うけど、ジャマなのはおまえなんだよ」

 埒が明かない、と。櫂斗は腹を決めた。

「朔は俺と付き合ってんだよ。だから、雫、おまえがジャマなの。わかる?」
「……は?」
「朔にはちゃんと相手がいる、つったろ。盗れるモンなら盗ってみろって。俺がいるから、朔はおまえには靡かねえんだよ」

 心の中で、とりあえず“トモさんごめん”と呟く。
 けれど、朋樹が自分と朔を疑うことなんて有り得ないだろうから。

「何わけわかんないことゆってんのよ。櫂斗、男じゃん。下らないこと言ってんじゃないわよ」
「下らなくないよ。朔が男である俺と付き合ってるってこと、言いにくいからぼかしてたんだろーが。おまえがこっちの気持ち土足で踏み込んでくるんだから、しょーがないだろ」
「本気なの? やだ、櫂斗、気持ち悪っ。何、男のくせに男と付き合うって、ばかじゃないの? 朔があんたなんか相手にするわけないじゃん。いくら女の子みたいだからって、あんたは男でしょうが」

 さすがに、そんなことを言われて冷静でいられなくなり、櫂斗が思わず。
「うっせえ、ばーか。俺が男だからなんだっつんだよ。お互い大事って想ってるだけの話だろうが」
「何がお互い大事、よ。男同士なんて不毛でしょ。何も生みださない。世間様にも顔向けできないような関係の、何がいいのよ?」
 雫の売り言葉を。

「何が不毛だって? 何も生み出さない? 言ってろよ、タコ。誰かが誰かを大事って想う気持ちに性別なんか関係ねーし、お互いが大切だって気持ちからそれに関わる総てのモノが大切だって気持ちが生まれんだよ! おまえみたいに、誰彼構わず自分の思い通りにしたいだけの感情で付き合ったり別れたりしてる人間の方が、よっぽど生産性がねーだろーが!」
 櫂斗が、思わず買ってしまうから。

「はあ? 誰がいつ思い通りにしようとした? 私は私でいっぱいいっぱいの気持ちぶつけてるわよ。当たり前に可愛い女の子がイケメン好きになって、なのになんだってそれを男なんかに取られなきゃなんないわけ? じょおっだんじゃないわよ。私の方が朔に似合ってる!」

「オンナだからってだけで勝手に似合うとか決めつけてんじゃねーよ。他の人間の目を通して相手を好きなってんじゃねーんだから、自分がどう見られようと俺が一番好きって気持ちが何より強いんだよ!」
 もはや、櫂斗としては自分と朋樹の関係までも否定されたような気になってしまう。
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