上 下
129 / 167
<5>

☆☆☆

しおりを挟む
☆☆☆

「結局アレだろ? ヤツはあん時に来てた変な未成年客だろ?」
 文化祭最終日の日曜日。仕事終わりの賄いで、ほのかが言った。
 土曜日は疲れ果てていた櫂斗はバイトを休み――それはもう全員納得していた――、今日も打ち上げがあったから仕事には出ていないけれど、とりあえず賄いにだけ顔を出していて。
 朋樹に会いたいし、という理由ではあるが。

「あ、そっか。言われてみればそうかも。で、ほのかと俺が付き合ってるって誤解してたのか」
「ほらみろ。コクる相手は自分じゃなかっただろ?」
「そーゆー問題じゃないと思うけど」
 殴りつけた時、体格と雰囲気にどこか見覚えがあることを思い出し、その日のバイトでちょっと前に来ていたノンアルで小鉢だけ頼んでほのかのことを目で追っていた――櫂斗曰く――客だと思い当たったのだ。

「でもさ。俺がほのかと付き合ってるって思ったのに、俺襲うってどゆこと?」
「知らん。まあだからこそ自分に対して土下座してきたんだろーよ。ほんと、サイテーヤロウだったな。やっぱもう一発殴っとくべきだった」
 ほのかが右手を見る。
 細い指がまだ少し赤く腫れていて。
 負傷したのはほのかだけで。きっと、相手には何の傷にもなっていないのだろうと思うと、自分の非力さが悔しい。
 
「もう、無駄にケガするし。俺が殺してたのに」ほのかの手を見ながら朋樹が呟く。
「だから芳賀が手、出したらヤバいっつーの。おまえ、あいつよか多分力あるだろ?」
 背は朋樹より少し高いくらいだったが、恐らく鍛えているのは朋樹の方で。
 櫂斗だから力で負けたと悔しがっていたが、朋樹が手を出せばただで済むとは思えない。
 ただ、そんなことしそうにないキャラだし、何と言っても“コロス”って単語があまりにも似合わないから。

「でもマジ、殺してやりたいって思ったよ。櫂斗にしたこと、考えたら」
「いや、だから未遂だっつの。マジでヤられてたら、そりゃ何が何でも表沙汰にしてるって」
「でも怖い思いしたのは確かじゃん。やっぱ、俺も一発殴ってやるべきだった」
「もお。ほのかのせいで、また激おこトモさんになっちゃうじゃん。ふわふわトモさんじゃなくなるー」
「何、櫂斗。おまえにとって芳賀って“ふわふわ”ってイメージなわけ?」
「ん。もお、ふわっふわ。かっわいいから箱にしまっときたい」
 櫂斗のその印象だけは、はっきり言って誰からも支持されない。敢えて言うならば、朔だけが納得するのだろうが。

「櫂斗、ちょいちょいそれ言うけど、どゆこと? 俺、何なん?」
「可愛いっつーのは、猫娘やってたおまえの方だろが。いやマジ、あれはなかなかのクオリティだったよ。ミスコンやってたけど、あれ、おまえ出てたら優勝してただろ?」
 ほのかが言うと、
「去年、エントリーさせられた」
 櫂斗がムクレる。

「なんで今年は出なかった?」
「出るわけねーじゃん! アレは一年男子だけがやる“女子に紛れさせる”ってイタズラなだけで、大体最終選考まで行く前に普通はすぐバレんだよ。なんか知らんけど、俺だけ最後まで残ったから実行委員がびびってバラしたらしいけど」
「え、待って。じゃあ、バレなかったらやっぱ優勝してたってことじゃん。まじすげーな」
「いんだよ、そんなんしなくても。櫂斗が可愛いのは俺だけ知ってれば。女の子じゃないんだから、女の子のカッコなんてしなくても、櫂斗は十分可愛いんだし」
「……最強ゲロ甘発言だな。自分、先帰っていいスか?」
 櫂斗は櫂斗で朋樹に抱きついているし、朋樹は自分が何言ったか自覚なんてないからきょとんとしているし。

 ほのかはもう呆れ返る以外何もできないわけだが。
「そう言や、莉沙からライン来たよ。穂高とラブラブのツーショット。櫂斗には見せんなってゆってたけど」
 当たり前にそれを櫂斗に見せるほのかに、
「見せんなって言われてて、ふっつーに見せるってどおなん?」朋樹が驚く。
 
「そりゃおまえ、莉沙の言葉の行間ってヤツを読んでやってるんだよ。あいつ、ほんとは見せつけたいんだよ。女の子だぜ? わかってやれよ」
「さすがほのか。もう莉沙のこと理解してんのかよ」
 当たり前に櫂斗が言うから、朋樹としては意味がわからない。

「ほのか、いろいろ聞いてやれよ。あいつ、俺に直には報告できねーからさ。ほのか経由で伝えたいんだろうし」
「女子はえぐいぞ? おまえ、耐えられんのかよ?」
「俺の彼女じゃねーもん」
 言ってくふくふいつものようにイタズラっぽく笑う。

 女子トークってのがどんなものかは明確に知っているわけではないけれど、でも自分だって“ノロケたい”って気持ちはあるわけだし、女子ならなおのこと“ノロケたい”だろうから。
 莉沙が照れて自分にそれをしないというのはもうわかっている櫂斗だから、第三者であるほのかにそれを託した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...