居酒屋“おがた”はムテキのお城

月那

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「ちょっと、見た? さっきお化け屋敷んトコにいたカップル。あれ、なんかモデル? 撮影でもあんの? 超絶美男美女カップルじゃなかった?」
 という噂を、櫂斗は一応耳にした。
 が。それに構っていられる程、ヒマじゃなくて。
 バカみたいに客が押し寄せてくるのを、いつもの店と同じように対処しようとして、でもできなくて。

 だって。
「いらっしゃいませ」と笑顔で出迎えただけで客がみんな“触ろう”とするし、「ご注文は何になさいますか?」なんていつも言ったことのないぶりぶりなセリフで接客すれば、“写真撮ろう”としたり、普段の“おがた”ではあり得ない行動をとるから。

「はい、撮影はあっちで別料金ね。ちゃんと順番に並んで。時間になったら対応しますからねー」
 と客をさばくのは、クラスTシャツに「親衛隊」というタスキをかけ、頭にハチマキを締めた穂高を始めとするその他男子。

「店員には手を触れないで下さいねー。商品なんですよ、一応。とにかくおさわり禁止だから!」
 店内で注意して回るのは、これまたクラスTに猫耳カチューシャというユニフォームを着た“店員”以外の女子。
 ここでの“店員”は女子六名と男子二名による“超絶可愛い猫耳娘”たち。

 フリフリエプロンに白い猫耳、茶色いふわふわしっぽ。という正真正銘女の子の“白猫”ズと、黒いレオタードのセクシー衣装にヒョウ柄の猫耳、黒の網タイツにヒョウ柄の“ピンっ”と立ったしっぽの“黒猫”が二人。
 白猫はともかく、黒猫はよく学校側が許可したな、と思うが、とりあえず中身が男だからいいだろうということで。
 
 櫂斗に負けず劣らず“美少女”をやっている男子は、こちらも去年のイタズラミスコン参加者。
 六人のミスコンエントリー美女は、そのうち二人が去年の最終審査通過者である。
 もはや、敵ナシ、の“猫耳カフェ(男子は女装)”という二年五組の教室は、現在大混雑の模様で。
 三日間行われる文化祭の二日目と三日目は土日だから一般の人もコネ――生徒の家族が友人――があれば誰でも来ることが可能なので、一日目の校内生徒のみの時とは来客の入りが全然違う。

 という、二日目である今日。
 恐らく二年五組、現時点で既に売上トップ確定だろうことは目に見えているわけで。
 店内の様子を見守っていた雪と茉希がほくそ笑んでいる。
 ま、だからと言って、大きなトラブルに発展しそうであれば確実にこの二人が出てきて対処することは全員わかっているのだが。

「そろそろ、休憩しよっか」
 雪が猫娘たちに声をかけた。
 午前の撮影会を終えた時点で、ぐったりしているのは男子二人だけだが、その言葉には全員頷く。
 ちなみに白猫ズは“撮られる”ことなんて慣れたものだから、完全にコスプレを楽しんでいる様子である。
「じゃあ、一時間後に教室帰って来てくれればいいから、それまでカレシと遊んでおいで」
 言われた女の子たちが、可愛く“はーい”と返事をして教室を出て行った。

 猫娘たちがいない間は、普通に猫耳カチューシャを着けただけのメンバー(男子含む)が交代で店員をしながらカフェを営業し続ける。
 とりあえず、櫂斗はぐったりしながらも穂高を誘って教室を出た。

「怖すぎる」
 穂高の横で、“猫娘”状態のまま大きくため息を吐いて。
 ウィッグにはがっつり猫耳が付いているし、完全に女装するのにしっかり手間暇かかっているから、簡単に脱ぐわけにもいかないので、当然だけれど一日中しかも三日間この格好でいなければならない。
 休憩ということで一応ジャージを羽織っている――この時期にほぼ水着は寒い――が、そんなもので可愛さを隠せるわけがなく、通りすがりの男どもの目を確実に引き寄せていることは、本人は気付いていない。

 とにかく、恐ろしいのはメイクがほぼナチュラルだということ。
 ベースなんて軽く粉をはたくくらいでほぼすっぴんでイける素肌に、担当女子がある意味悲鳴を上げていた。
 一応ツケマやカラコンで目をイジっているが、唇なんてグロスだけでピンク色のぷるぷるである。
 いつも一番近くで見ている穂高が「櫂斗のままなのに櫂斗じゃねえ」と言って不思議がっている。

「でも、客さばくの慣れてんじゃねーの?」
 穂高が、おつかれさん、と言いながらも普段の仕事について言及するから。
「店の客は触りたがらねーし、だいたいほのかならともかく俺の写真撮りたがる客なんかいねーっつの」
 見た目はセクシーな猫娘だが、当然中身は櫂斗だから口は悪い。
 今はユキマキの監視もない自由時間だから、ぶりぶりにカワイコぶる必要もないから、仕草も歩き方も完全に男に戻しているが、教室ではそういう細かいことにまで“コスプレ”プロたちから指導が入っている。
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