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 もうすぐ閉店。
 ラストオーダーの後、櫂斗は店を下がったけれど、あとはほのかと朋樹で十分だから。
 カウンターには杏輔一人。
 この後の予定はきっと決まっているから、閉店時間が来れば帰宅するだろう。
 テーブルの客は立ち上がった。さっきテーブルで会計を済ませたから見送るだけ。
 座敷は既に片付けも終わっているし、時間がくれば定時で店を閉められる。

 杏輔のラストオーダーである卵焼きを焼く。
 あの、おかしな失敗は後にも先にあれ一回だけ。いや、ま、今後もしかしたらあるかもしれないけれど。
 でもきっと、あまりにも慣れてしまっていたから無意識で焼いていたのが原因かも、と思うから。
 あれからは、ちゃんと心を込めて丁寧に作業する。

「やっぱ、女将さんの卵焼き食べないと、ここに来た気がしないからねー」
 杏輔が嬉しそうに箸を付ける。
「ん、さすがの安定感」
「もお二度と、パパには焼かせないから」
「いやいや、あれはあれで別メニューとして出してみたら?」
「そしたらキョウさん、そっちしか頼まなくなるんでしょお?」
「またそーやって、すぐ拗ねる。てか、たまにはほのかに焼かせてみたら?」
 カウンターの中で食器を洗っていたほのかに目をやる。

「自分、まだまだ皿洗い専門なんで」
「あら、でも花嫁修業にいいかもよ?」
「……まだ、嫁に行く予定、ありませんけど?」
「それはどおかな? 貰い手はあるみたいだけど?」
 女将さんが言って、杏輔に綺麗なウィンクをしてみせた。


 午後十一時。
 閉店。
 そしてバイト達が、大将の裏メニューに舌鼓を打って。
 今日も櫂斗は朋樹の部屋に行くと言うから。
 もう、半分“お嫁”に出した気持ちで。

 売上を数えながら、女将さんは今日一日を振り返る。
 どんなお客様だったか、とか。
 常連さんはいつものメニュー以外に何か頼んだかな、とか。
 次の来店で、今日よりも楽しい時間を過ごしてもらうために、女将さんは頭の中に日記をつけている。
 それはもう、既に膨大なデータになっているけれど。

 これが“おがた”の歴史だから。
 今までもこれからも、来店する総てのお客様によりよいサービスをお届けしたい。
 女将さんの一日は、この幸せな作業で終わって行く。
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