居酒屋“おがた”はムテキのお城

＜4＞

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　八時半を過ぎ、九時が近付く頃。
　この辺りから、カウンターに常にいるのが杏輔と中野、である。
　杏輔は朔と純也を連れて来るのはたまに、だけれど、最近は一人で毎日のようにやってきては、夕食と称して閉店まで居座るのだ。
　今日はニアミスで二人が店を出てから、杏輔が一人でやってきた。

「ねーねー夢乃ちゃん。ゴルフがダメならさ、今度俺と一緒にテニス、どおよ？　俺実は昔やってたしさ、これならほんと、手取り足取り教えてあげるよ？」
　性懲りもなく、中野が夢乃にお誘い文句を述べる。
「テニスかー。あれってー、やっぱミニスカって感じ？　あたし、このトシで脚なんか出していいのかなあ？」
　座敷客のオーダーである牛すじ煮込みを皿に盛る。
　これは既に大将が昼間にしっかり煮込んでいる料理で、注文を受けて温め直して女将さんが盛り付ける。

「夢乃ちゃんの脚、見たいねえ」
　中野の言葉に、大将がちらり、と目をやる。
「さすがに、それはアウトってことでしょ？　大将の今の目、結構ヤバかったっスよ？」
　杏輔が中野の前に人差し指をクロスして見せる。
「あれだよね。やっぱ、女将さんに和服着せてるてのは、脚は絶対ＮＧってヤツ？」
「あたしはまだまだ自信あるわよお。毎日お風呂上りにボディクリームお高いヤツ使ってるもん」
「かーちゃん。四十のババアが脚出したら、捕まるから」
　櫂斗が空のジョッキを下げてきて、ばっさりと斬りつける。

「……言ったわね？　櫂斗、あなた今日の分のバイト代、いらないってこと？」
「バイト代なんかくれたことねーじゃん！」
「あげてるじゃない、お小遣い」
「それ、なんか違くない？　俺、こんなに働いてんのに、毎月定額のお小遣いってアリなわけ？」
「高校生なんだから、それで十分でしょ」
「うっわー、もーこんなブラックな店、辞めてやる」
「はいはい。じゃあ、明日からトモくんに逢えなくていいのね」
「……くっそー、足元見やがって。このクソババア」
「はい、マイナス千円」

　女将さんと櫂斗の掛け合い漫才のようなやり取りに、杏輔と中野が爆笑して。
　不貞腐れた櫂斗は、
「在庫確認、行ってくる」と言って、店の裏へと逃げて行った。

「可愛いなー、櫂ちゃん」
「てか、櫂斗くらいだよなー、夢乃ちゃんにババアなんて言うの」
「あたし、教育間違えたかなあ？」
「いやいや、合ってる合ってる。ここで櫂ちゃんが女将さんをママ、なんて言ってたら、そっちんがヤバイから」
「マザコンは、いつの時代もモテないからね」
　杏輔と中野が、フォローなのか何なのかわからないことを言って。

「あ、そいえば。話変わるんだけど。年明けたら、ココで広香ちゃんの結婚披露パーティーすんのね。で、二人にも来て欲しいと思ってんだけど」
「まじで？　広香ちゃん、結婚すんの？」
　中野が目を落としそうな勢いで驚くから。
「そーなのー。おめでたいでしょ？　こないだウチにも挨拶に寄ってくれてね。お式には行けない代わりに、時間作ってこっちに来てもらうことにしたのよ」
「めでたいなー、ほんと。も、おっちゃん涙出ちゃうよお」
「でしょでしょ？　あたしも泣いちゃったわ」
　常連客にとっては、広香は娘みたいなもので。
　代々入れ替わる女子バイトの女の子の中でも、ダントツで仕事ができるコだったから余計に。
　女将さんに似て、痒い所に手が届くような接客をしてくれるから、彼女会いたさに日参する客だって大勢いた。

「どうせ、中野さんもキョウさんも、毎日ウチに来てくれるでしょ？　まだ日程は確定してないけど、絶対に来てよ。広香ちゃんに直接おめでとうって、伝えてあげて欲しいから」
「そりゃあもう、絶対だよ。来るなって言われても来るよ、当たり前だよ」
　杏輔が食い気味に答える。
　これはもう、今夜のデートで、話のネタはこれに決まりだろう。
　広香の直の後輩であるほのかがこの話を知らないわけがないから。

　ふと、背後の彼女の気配を探る。
　うんうん、安定の仕事ぶり。
　ポンコツ朋樹のフォローをしながら、櫂斗と阿吽の呼吸でホールを回している様子に、杏輔は満足そうにビールを傾けた。