居酒屋“おがた”はムテキのお城

月那

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「俺はずっとほのかのこと可愛いなーって思ってて、でもいっつもそれ、伝えるの邪魔されてたんだけど」
「いや、ジャマも何も、キョウさん櫂斗しか口説いてないし」
 櫂斗のケツを揉んでいた杏輔を思い出す。
 いつだって“櫂ちゃん、可愛い”と追いかけ回していたハズで。

「だからゆったじゃん。あの店では俺、櫂斗しか口説けねーって」
「誰か口説くために“おがた”に通ってんのかよ?」
「誰かじゃなくて、ほのかね。俺、朋樹に負けず劣らずブキッチョなんだよ。ほのかが“おがた”に入ってから、俺もう、ずっとほのかのことロックオンしてたんだけどさ。一番好きなコには声かけらんないの」
「なら誰にも邪魔なんかされてないじゃん」
「ジャマされてたのは俺自身に。でも、俺がほんとはそーゆー下心持ってんの、多分女将さんとエンちゃんは気付いてたんだろーなー」
「……なぜそこであの人が絡むかな」
「エンちゃんがほのかに惚れてたからだよ」

 それは、ないだろうと、ほのかは思う。
 いや……違うな。惚れていて欲しかった。が、正解だ。
 あの頃。とにかく遠藤に呼ばれることだけが幸せだと思っていたから。
 遠藤が体目的だけでもいいから、自分を傍に呼んでくれることだけを望んでいた。
 気持ちが自分にあるなんて、そんなことは信じていなかった。
 “好きだよ”とか“愛してる”は全部、見せかけだけの偽りのセリフだと、わかっていたから。

「自分の話、してた?」
「エンちゃんと? してないしてない。ま、かっこいーねーって話はするけど、大抵女将さんの話題だったから」
「じゃあ、何で?」
「俺もほのかに惚れてるからだってば。はっきり言ってさー、俺とエンちゃんって上辺では女将さんの取り合いなんだけど、中身は完全にほのかの取り合いよ? 牽制し合ってた、つーか」
「はあ?」

「いや、一言もほのかってことは言ってないけど。それに、エンちゃんがほのかと関係があったかなんてのも、ほのかと付き合い始めてから、なんとなくそーだったのかなーって思ったくらいで」

 実際のところ、杏輔としてもまさか遠藤とほのかがデキてたなんて、気付いていなかった。
 ただ、あの手紙ではほのかと何かしらの行き違いがあったのだろうということはわかったし、その内容からはやっぱり遠藤もほのかに惚れていたのだろうことは明白で。あとは頼むと伝えている以上、いなくなれば杏輔がほのかを自分のものにするだろうと読んでいたハズで。

「オトナってのはねー、ズルい生き物なんだよ」
 杏輔が、完全に眉根を寄せて首を傾げているほのかの肩をそっと抱く。

「櫂斗みたいに欲しいモノに対して全力でぶつかってく勇気はないくせに、目の前で欲しいモノ、他の誰かが狙ってるのには気付いてしまうん」
 細い、肩。
 小さくて、力いっぱい抱きしめたら壊れてしまいそうな、ほんとに華奢なほのかの体。
 杏輔は、だからそっと抱く。

「そんで、でも自分が狙ってることはさ、隠そうとしちゃうんだな、これが。すっぱいブドウ、みたいに」
 手に入らなかった時に、言い訳できるように逃げ道を用意して。
 でも。
 欲しいんだよ。ほんとはね。

「までも。最終的に手に入れちゃえばこっちのモンだから」
 誰かに宣言したいと思う。
 ほのかは俺のだ、って。

 ほのかの眉間にあった皺を、人差し指で撫でてやる。
「今度、ラインで俺とのツーショット送ってやんなよ」
「……それは、イヤミじゃね?」
「それくらいのイヤミ、ほのかは送っていいと思うけど」
 むしろ、送られて一番嬉しい写真だと思うけど。
 杏輔はくす、と笑うと。
 今度はほのかの顎に指をかけて。

「てことで、ちゅうしてる写真、撮っちゃおっか?」
「ばーか」
 ほのかの表情が柔らかくなって、言葉とは裏腹にその細い掌が杏輔の頬に触れる。

 キスをして。抱き合って。
 そこから先は、お互いのことだけを考えて。
 むしろそれしか考えられなくなって。
 朝までずっと、体温を伝えあっていた。
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