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「ダメだ。煮詰まり過ぎ。一旦解散しよ」
と言い出したのは甲斐悠平。
狭い研究室で顔を突き合わせてあーだこーだ話し合っていたけれど、さすがに二時間硬直状態が続いたことで七人全員頭から湯気が出てきそうな雰囲気になってしまっていたから。
「メシ食って、気分転換して。二時にもっかい集合な」
渋川さんの一言で、わらわらと部屋を出て行く。
それでも由依と徹は当然くっついているし――由依の後に徹が付いて行くという様子から二人の関係は明白である――、朋樹も当たり前のように瀬川と二人で行きつけの中華へ向かうわけだが。
「ナオは?」
一緒に来るか、と瀬川が声をかけたが「いや、俺はいい」とさらっと断る。
一匹狼という表現が一番しっくりくるから、それ以上は誘わない。前髪で目を隠し、誰にも本心を見せないけれど、彼が“個”を大事にしているだけで仲間を排除したいわけじゃないことは、みんな知っているから。
「俺、エナんトコ行ってくる」
隙間時間のほんの短い間でも逢いたいと思える相手がいる甲斐悠平は、はっきりそう言って別の校舎へと向かう。
ちなみに何故か彼のことは皆フルネームで呼ぶ。
“甲斐くん”という可愛い呼び方も、“悠平”という馴れ馴れしい呼び方も、何故か彼には似合わなくて。
恐らく呼び捨ては彼女にしか赦さないのだろう。
そして渋川さんの姿は既に見えない。
彼はこの中で唯一の三十代。
一度高卒で企業に就職し、改めて勉強したいと一念発起してこの大学に入りなおしたから。
何やら自分で起業しているらしく、勉強しながらもそっちで稼いでいるから純粋な学生よりも忙しい。
完全に“大人”なその佇まいと、皆の“お父さん”的な立ち位置から、誰からも“おやっさん”あるいは“キャプテン”と呼ばれ、リーダーとして引っ張ってくれている人である。
正門を出てすぐの所にある中華料理の店。
二人で入り、いつものように奥のテーブルに座る。
当然だが学生ばかりが集うので、周囲の客はほぼ百パー同じ大学の奴らである。
ラーメンとチャーハンのセットという、もう全員それしか注文しないんじゃないのかというオーダーを店員に注げると、セルフで取って来たお冷を一気に飲み干す。
九月も終わりだけれどまだまだ気温は高いから、炎天下を歩けばそれだけで喉は乾く。
「前実家に連れて帰ったコって、あのコだろ?」
瀬川に突然そんなことを言われ、少し戸惑う。
あれから何度か瀬川は一人で“おがた”にやってきた。
カウンターでビールと大将の料理を頼んで、少し豪華な夕食という楽しみ方をする。そして朋樹の手が空いていれば少しだけ話をして帰る。
女将さんや櫂斗、ほのかとも随分親しくなってきた。
「なんで高校生の子守なんかしてんだろって疑問だったんだけど、あれな。おまえのが子守されてんのな」
ウけるわー。なんて笑うから。
朋樹は「えー」なんていつもの情けない表情をして苦笑してしまう。
実際、店での様子を見ていればそれは明白で。
ほのかや櫂斗が何も言わないでフォローしてくれているけれど、ちょっとした「あ」とか「やべ」なんて声が聴こえてくればそれは必ず朋樹のものだから。
「すっげ、可愛いししっかりしてんなー。つか、ほのかちゃんだっけ? あれ、やばくね? おっさんたちみんな鼻の下伸びまくってんじゃん」
「でも、ほのかこえーからさー。誰も手、出せない」
「高嶺の花、な」
本人は絶対に認めないけれど、ほのか狙いの男性客なんてみんな、遠くから熱い視線を送りまくっている。
ラーメンをすすって、とりあえず腹ごしらえして。
まだ時間はあるし、少し時間がずれているせいでピークを越えている状況だから席も空いているみたいだし、そのまま休憩。
と言い出したのは甲斐悠平。
狭い研究室で顔を突き合わせてあーだこーだ話し合っていたけれど、さすがに二時間硬直状態が続いたことで七人全員頭から湯気が出てきそうな雰囲気になってしまっていたから。
「メシ食って、気分転換して。二時にもっかい集合な」
渋川さんの一言で、わらわらと部屋を出て行く。
それでも由依と徹は当然くっついているし――由依の後に徹が付いて行くという様子から二人の関係は明白である――、朋樹も当たり前のように瀬川と二人で行きつけの中華へ向かうわけだが。
「ナオは?」
一緒に来るか、と瀬川が声をかけたが「いや、俺はいい」とさらっと断る。
一匹狼という表現が一番しっくりくるから、それ以上は誘わない。前髪で目を隠し、誰にも本心を見せないけれど、彼が“個”を大事にしているだけで仲間を排除したいわけじゃないことは、みんな知っているから。
「俺、エナんトコ行ってくる」
隙間時間のほんの短い間でも逢いたいと思える相手がいる甲斐悠平は、はっきりそう言って別の校舎へと向かう。
ちなみに何故か彼のことは皆フルネームで呼ぶ。
“甲斐くん”という可愛い呼び方も、“悠平”という馴れ馴れしい呼び方も、何故か彼には似合わなくて。
恐らく呼び捨ては彼女にしか赦さないのだろう。
そして渋川さんの姿は既に見えない。
彼はこの中で唯一の三十代。
一度高卒で企業に就職し、改めて勉強したいと一念発起してこの大学に入りなおしたから。
何やら自分で起業しているらしく、勉強しながらもそっちで稼いでいるから純粋な学生よりも忙しい。
完全に“大人”なその佇まいと、皆の“お父さん”的な立ち位置から、誰からも“おやっさん”あるいは“キャプテン”と呼ばれ、リーダーとして引っ張ってくれている人である。
正門を出てすぐの所にある中華料理の店。
二人で入り、いつものように奥のテーブルに座る。
当然だが学生ばかりが集うので、周囲の客はほぼ百パー同じ大学の奴らである。
ラーメンとチャーハンのセットという、もう全員それしか注文しないんじゃないのかというオーダーを店員に注げると、セルフで取って来たお冷を一気に飲み干す。
九月も終わりだけれどまだまだ気温は高いから、炎天下を歩けばそれだけで喉は乾く。
「前実家に連れて帰ったコって、あのコだろ?」
瀬川に突然そんなことを言われ、少し戸惑う。
あれから何度か瀬川は一人で“おがた”にやってきた。
カウンターでビールと大将の料理を頼んで、少し豪華な夕食という楽しみ方をする。そして朋樹の手が空いていれば少しだけ話をして帰る。
女将さんや櫂斗、ほのかとも随分親しくなってきた。
「なんで高校生の子守なんかしてんだろって疑問だったんだけど、あれな。おまえのが子守されてんのな」
ウけるわー。なんて笑うから。
朋樹は「えー」なんていつもの情けない表情をして苦笑してしまう。
実際、店での様子を見ていればそれは明白で。
ほのかや櫂斗が何も言わないでフォローしてくれているけれど、ちょっとした「あ」とか「やべ」なんて声が聴こえてくればそれは必ず朋樹のものだから。
「すっげ、可愛いししっかりしてんなー。つか、ほのかちゃんだっけ? あれ、やばくね? おっさんたちみんな鼻の下伸びまくってんじゃん」
「でも、ほのかこえーからさー。誰も手、出せない」
「高嶺の花、な」
本人は絶対に認めないけれど、ほのか狙いの男性客なんてみんな、遠くから熱い視線を送りまくっている。
ラーメンをすすって、とりあえず腹ごしらえして。
まだ時間はあるし、少し時間がずれているせいでピークを越えている状況だから席も空いているみたいだし、そのまま休憩。
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