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「ほのか、聞いた? 広香んこと」
 先にマックでシェイクを啜っていた櫂斗が、現れたほのかに手を上げて。
「あー。なんか今度パーティするんでしょ? 知ってる知ってる」

 櫂斗に奢れよ、なんて言っていた割に、ちゃんと自分で購入して座ってくる辺り、やっぱりほのかの方が“オトナ”なわけで。
 バイトじゃないから、背中まである黒いストレートなロングヘアが、席に座る時にさらりと肩から落ちる。
 そのまま仕事に出る為、下は黒いパンツだけれど、白いTシャツにはカーキのビスチェを着ていて。
 多分、どこからどう見ても美少女なのだろうけれど、櫂斗にとってはやっぱりどこか“お姉ちゃん”でしかない。

「結婚かー、いいなー。ほのか、相手の男って知ってんの?」
「写真は見たよ。ひーさんってさ、大学時代は遠恋だったんだよ。地元で知り合った相手だったからさ」
 広香はほのかの茶道部の先輩で。
 “チャラ茶道部”の中でまじめに茶道という活動をしていた数少ない先輩の中の一人で、その系譜をほのか達数人が受け継いでいる。

「距離に負けなかったってわけか」
 櫂斗がちょっとだけ朋樹を思い浮かべる。
 かつて朋樹が遠恋になり、自分は距離に負けたと言っていたから。
 まあ。負けてくれたから今の自分の幸せがあるわけだが。

「だからあっち戻ってすぐに結婚の話になったんだって。ま、結婚したって仕事は続けられるし」
「司書だっけ?」
「ん。地元の図書館に入れたって。狭き門だし、ほんっと結構な倍率だからねー」
「広香、なんだかんだまじめだもんね」
 明るい性格と人懐っこさが前面に出るから、広香がいろんなことに誠実に向き合っていることを知っている人間は少ない。
 でも少なくとも“おがた”での彼女の仕事ぶりは、恐らく直で仕事を教わった人間なら必ずわかるから。

「櫂斗って一緒にバイトしてた?」
「ん。基本的なことは広香に教えて貰ったよ。トモさんあの通りの人だから、全然アテにはなんないしさ」
「おっと。はっきり言うね」
「だから、そこが可愛んだつっつの。最初はトモさん目当てで店に出ようとしたらさ、まじめにやんないなら小遣いはあげないって言われて。ま、そりゃそーだよね。遊びじゃねーんだしさ」

 中三の終わりに朋樹の存在を知り、それから時々店に顔を出すようになった櫂斗は、高校に入ってその生活に慣れた頃、使い物にならない朋樹の代わりに自分がそのフォローしたいと思ったのだ。
 要は朋樹のクビを危惧したわけである。
 基本的に広香が“使える”人材だったから、少しくらい朋樹がグダグダでもなんとかなっているようだったが、さすがに素人目にもヤバいと感じて。
 傍にいられるし、フォローもできるなら、と広香に仕事を教えて貰った。

「ひーさん、たまに土曜日の昼間とかも仕事手伝ってたじゃん? 櫂斗は、昼の手伝いはしないの?」
「無理。昼は裕子ちゃんとかーちゃんが阿吽の呼吸でガン回ししてるから、俺がしゃしゃったら逆にキレられるもん」
「あー、確かに。女将さんの親友なんでしょ? 自分も昼は出たことない。まだまだあの域にはイけてないからさ」
「いんだよ、あれはあれで。かーちゃん楽しんでるから」

 昼間の“おがた”は夜とは別世界である。
 基本的には定食セットのみで、メインを日替わりの肉系か魚系かで選択できるようにはなっている。元々近所の職場勤めの人相手のランチ対応で始めたもので、十一時半にオープンして十四時には閉めるという短時間営業。
 ほぼほぼ常連の客だから、女将さんとそのちょっと年上の友人である星野裕子ほしのゆうこのコンビでホールは回しているが、それだけで特に不都合はなく。
 ただ、広香がいた頃は櫂斗の中学校の学校行事の都合で、時々彼女が女将さんの代わりにホールの手伝いをしていたのだ。
 
「パートさんって、もう長いんでしょ?」
「俺が生まれる前からだから、相当。つか、かーちゃんが俺産む時に、産休取る間代わりに裕子ちゃんが仕事してくれてたんだって」
「うわ、そりゃ筋金入りだな」
 不育症の末、更に死産を経験した女将さんの体を気遣って、代わりに彼女が“おがた”を護った。
 それは彼女が不妊治療を永く続けた結果体力と財力に限界を感じて諦め、その夢を女将さんに託したから。
 彼女はだから、“おがた”の第二の女将さんであり、櫂斗の第二の母でもある。
 高校生になった今でこそ殆ど構うこともなくなったが、小中学生の頃は母が二人いるようなものだった。
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