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夏真っ盛りとなると、やっぱり生ビールの売れ行きは半端なくて。
近隣に大学を二つ擁するこの町は、学生が多い為、夏休みとなると明るい時間から飲もうとする客も増える。平日だというのに今日はオープンして間もなく満席となった。
ほのかも朋樹も試験を終えて夏休みに入ったので、しっかり三人フル体制で稼働しているが、とにかくひたすら生ビールを出してはジョッキを洗うというサイクルで。
「凄いね、今日」
ほのかが細い腕でジョッキを六つ抱えて提供し、空いたジョッキを八つ抱えてカウンターに下がると、シンクに並ぶ空のジョッキを洗っていた櫂斗に声を掛ける。
洗っても洗っても、次から次へとジョッキが戻ってくる。
乾燥機へかけると熱を籠らせてしまうから、熱湯だけかけて除菌するとそのままジョッキ専用冷蔵庫へ。
「今年の最高気温更新したって。そりゃ、みんなビール飲みたがるよね」
まだ未成年の櫂斗にしてみれば、何が美味しいのかさっぱりわからないけれど。
気温が高い日程生ビールが出るという状況には慣れている。
「トモくんごめん、裏の在庫確認しといて。追加発注かけないといけないかも」
女将さんが言って、小鉢をお盆にセットするとそのまま自分で座敷へと提供に出る。
ドリンクに手が塞がっている状況を見て、呑気にカウンターにはいられなくて。
基本的にホールに出たがる人間なので、忙しい状況になると当たり前に自ら配膳に回るのだ。
「駅ビルのビアガーデンがなんか凄いことになってるらしいよ」
常連の中野が、カウンターに戻って来た女将さんに伝える。
「みたいねえ。あっちはほら、学生さんが皆詰めかけるから。ま、その流れでウチも満員御礼状態なんだけどね」
「“おがた”もビアガーデン始める?」
「うちの屋上解放して?」
女将さんが笑うと、
「うちに屋上なんかあったっけ?」櫂斗が突っ込んだ。
「屋根の上ってゆーのは“屋上”よね」
「曲芸師かよ」
その返しに中野がけらけらと笑った。
状況の予測はしていたから、枝豆や焼きナス、ポテサラに小鉢など、簡単なおつまみメニューはいつもより多めに用意しているし、今日はどちらかというと厨房は大将が時々出る大物に対応するくらいで、基本的には女将さんがパタパタ動き回っている状況である。
お刺身に、煮物、焼き物、揚げ物。そういったメインメニューは大将が“おがた”の看板として腕を振るう。それは当然のこととして。
でも、小鉢や香の物、サラダやちょっとした一品料理――卵焼きなど――は女将さんが“家庭料理”として出しているから、カウンターの内側は二人共有のお城。
ただ、普段は大将の料理を目当てに来る客の方が当然多いので、基本的には女将さんは接客がメイン。
そしてあらかじめ用意している小鉢などを提供するのだが、そういったものは当然ながら単価の安いものが多いから学生が多くなるとどうしても女将さんの出番が増えるわけで。
今日は大将が女将さんの代わりに卵焼きを焼いていた。
「うわ。大将の卵焼き、旨っ!」
杏輔が言って、隣の中野にも勧める。
「おお。女将さんのとはまた、違うねえ」
「やだもう! バラさないでよ。あたしはあくまでも“家庭料理”であって、パパは本格的な料理人なんだから、しょーがないでしょ」
コップ酒を中野に提供しながら、女将さんが膨れる。
「いやいや、女将さんの卵焼きは女将さんの卵焼きであって、それはもう旨いのは当然なんだけどさ。なんかやっぱ、違うっつーか」
杏輔がフォローするけれど、
「もお。今度からキョウさんにはあたしの卵焼き出さないもん」拗ねてしまう。
「だーかーらー。女将さんのも旨い、つってんじゃん。拗ねないでよ」
「やんもう。やっぱパパ、あたしのテリトリーに入っちゃダメ。あたしの下手さがバレちゃうから、パパはおとなしくお刺身切ってて」
「下手じゃないってばー。ちょ、もうほのかもフォローしてー」
空のジョッキを抱えて戻って来たほのかに、杏輔が泣き付く。
「自分、大将の卵焼きなんて大それたモノ食べたことないんで。女将さんの卵焼きは世界最強だと思ってますけど」
つるっとそれだけ言うと、冷蔵庫から奴を取り出して薬味を添えると、とっととそれを持ってテーブル席へと提供に行った。
「ほらほら。ね、世界最強だって」
「じゃあお詫びにあたしのポテサラ追加してよ」
「するする。するに決まってる。女将さんのポテサラ、最高」
「まいどー」
くふくふ笑いながら女将さんは上機嫌でカウンターに戻った。
近隣に大学を二つ擁するこの町は、学生が多い為、夏休みとなると明るい時間から飲もうとする客も増える。平日だというのに今日はオープンして間もなく満席となった。
ほのかも朋樹も試験を終えて夏休みに入ったので、しっかり三人フル体制で稼働しているが、とにかくひたすら生ビールを出してはジョッキを洗うというサイクルで。
「凄いね、今日」
ほのかが細い腕でジョッキを六つ抱えて提供し、空いたジョッキを八つ抱えてカウンターに下がると、シンクに並ぶ空のジョッキを洗っていた櫂斗に声を掛ける。
洗っても洗っても、次から次へとジョッキが戻ってくる。
乾燥機へかけると熱を籠らせてしまうから、熱湯だけかけて除菌するとそのままジョッキ専用冷蔵庫へ。
「今年の最高気温更新したって。そりゃ、みんなビール飲みたがるよね」
まだ未成年の櫂斗にしてみれば、何が美味しいのかさっぱりわからないけれど。
気温が高い日程生ビールが出るという状況には慣れている。
「トモくんごめん、裏の在庫確認しといて。追加発注かけないといけないかも」
女将さんが言って、小鉢をお盆にセットするとそのまま自分で座敷へと提供に出る。
ドリンクに手が塞がっている状況を見て、呑気にカウンターにはいられなくて。
基本的にホールに出たがる人間なので、忙しい状況になると当たり前に自ら配膳に回るのだ。
「駅ビルのビアガーデンがなんか凄いことになってるらしいよ」
常連の中野が、カウンターに戻って来た女将さんに伝える。
「みたいねえ。あっちはほら、学生さんが皆詰めかけるから。ま、その流れでウチも満員御礼状態なんだけどね」
「“おがた”もビアガーデン始める?」
「うちの屋上解放して?」
女将さんが笑うと、
「うちに屋上なんかあったっけ?」櫂斗が突っ込んだ。
「屋根の上ってゆーのは“屋上”よね」
「曲芸師かよ」
その返しに中野がけらけらと笑った。
状況の予測はしていたから、枝豆や焼きナス、ポテサラに小鉢など、簡単なおつまみメニューはいつもより多めに用意しているし、今日はどちらかというと厨房は大将が時々出る大物に対応するくらいで、基本的には女将さんがパタパタ動き回っている状況である。
お刺身に、煮物、焼き物、揚げ物。そういったメインメニューは大将が“おがた”の看板として腕を振るう。それは当然のこととして。
でも、小鉢や香の物、サラダやちょっとした一品料理――卵焼きなど――は女将さんが“家庭料理”として出しているから、カウンターの内側は二人共有のお城。
ただ、普段は大将の料理を目当てに来る客の方が当然多いので、基本的には女将さんは接客がメイン。
そしてあらかじめ用意している小鉢などを提供するのだが、そういったものは当然ながら単価の安いものが多いから学生が多くなるとどうしても女将さんの出番が増えるわけで。
今日は大将が女将さんの代わりに卵焼きを焼いていた。
「うわ。大将の卵焼き、旨っ!」
杏輔が言って、隣の中野にも勧める。
「おお。女将さんのとはまた、違うねえ」
「やだもう! バラさないでよ。あたしはあくまでも“家庭料理”であって、パパは本格的な料理人なんだから、しょーがないでしょ」
コップ酒を中野に提供しながら、女将さんが膨れる。
「いやいや、女将さんの卵焼きは女将さんの卵焼きであって、それはもう旨いのは当然なんだけどさ。なんかやっぱ、違うっつーか」
杏輔がフォローするけれど、
「もお。今度からキョウさんにはあたしの卵焼き出さないもん」拗ねてしまう。
「だーかーらー。女将さんのも旨い、つってんじゃん。拗ねないでよ」
「やんもう。やっぱパパ、あたしのテリトリーに入っちゃダメ。あたしの下手さがバレちゃうから、パパはおとなしくお刺身切ってて」
「下手じゃないってばー。ちょ、もうほのかもフォローしてー」
空のジョッキを抱えて戻って来たほのかに、杏輔が泣き付く。
「自分、大将の卵焼きなんて大それたモノ食べたことないんで。女将さんの卵焼きは世界最強だと思ってますけど」
つるっとそれだけ言うと、冷蔵庫から奴を取り出して薬味を添えると、とっととそれを持ってテーブル席へと提供に行った。
「ほらほら。ね、世界最強だって」
「じゃあお詫びにあたしのポテサラ追加してよ」
「するする。するに決まってる。女将さんのポテサラ、最高」
「まいどー」
くふくふ笑いながら女将さんは上機嫌でカウンターに戻った。
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