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「うっわ。可愛いなあ。意外と表情が素直なんだよ?」

 “思ってること全部顔に出ちゃう”なんて櫂斗に言われたことを思い出す。
 無表情を意識していたこともなかったけれど、まさかそんなに顔に出ているなんて思ってもいなくて。
 自分がそんなに素直な人間だなんて、あり得ない。

「ま、誰にフラれたのかなんてトコまで突っ込む気はないけど。でも、傷付いてるほのかちゃんを癒したいわけさ、おいらとしては」
「櫂斗が芳賀なんてポンコツ選んだから、泣くしかなくて」
 指を目元にやって泣いているフリ。
「いや、そのウソはいらないけど」
「いいじゃん、櫂斗に失恋したってことで」
「その可愛くないトコがめっちゃカワイんだけど」

 杏輔の、何もかも見透かされている様子が悔しくて、ほのかはビールを飲み干す。
 酔い潰れて誤魔化せればいいのに、自分のこの体質が恨めしい。

「おいらに癒させてよ」
「じゃあ、その方法をプレゼンしてみなよ」
「んー、そうだなー。えっちな方向とそうじゃない方向はどっちがお望み?」
「女子にそれ、選ばせんなよ。カラダで慰めて、なんて言うオンナ、リアルにいると思う? AVじゃあるまいし」
「ほのかちゃん、いつもそーゆーシチュのAV観てんの?」
「人をいつでもAVでヌいてる男みたいに言うなっつの」
 だんだん普段友人といる時と同じような感覚になってきて、ほのかがほのからしい口ぶりになると。

「待って待って待ってー。どんどんほのかちゃんがオトコになっちゃうー」
「キョウさんがオンナになっちゃう?」
 くふ、と嗤う。
 櫂斗が散々“キョウさんはどっちもイケる人”と言っているのは知っている。
「おいらが抱かれんの? なんか、背徳的でいいねえ」
「エロい想像してんじゃねーよ、ばーか」

 遠藤と違い、会話を楽しんで一緒に過ごしているこの状況が、意外にも楽しくて。
 恐らくいくつか遠藤の方が杏輔よりも年上だろうとは思う。遠藤には既に小学生くらいの子供がいるし。
 杏輔の方が自分に近いからかもしれないが、それだけじゃない、何かが自分に共鳴しているような気は、する。

「ほのかちゃんの淹れるお茶も飲みたいし、点てる抹茶も飲んでみたい。そゆのって、気持ちを落ち着けるんでしょ? 和服着て清楚なほのかちゃんが、鹿威しの鳴るお茶室で静かにお点前なんてやってるトコ、見てみたいな」
「残念ながらまだ着物は着れません。和服は女将さんにお願いして下さい」
「女将さんはー。お抹茶飲んだ瞬間、にが、つって変顔しそう」
 杏輔の言葉に、心から、笑ってしまう。
 ペロ、なんて舌を出している女将さんの表情までが見えてくるから。

「とりあえず、俺んちくるのは確定ね」
「はあ? なんで?」
「ほのかちゃん、もう俺に惚れてるもん」
「……ばかなの?」
「んで。今日はキスまでしかしないの。あとはお預け。で、朝俺の腕枕で目覚めたほのかちゃんが言うわけさ」
「おいおい、無視して進めんなよ」
「次来た時は抱いてねって」

 あーもう、想像するだけで幸せな一日の始まりじゃん、という杏輔を無視して更に追加したビールを飲み干す。

 ほのかがイマイチわからないのは、それを想像しても嫌悪感を抱いていない自分のこと。
 それを現実にしてもいいし、しなくてもいい。
 あるいは、いずれそうなるかもしれない。
 でも、どの道を選んだとしても、杏輔がふにゃふにゃ笑って自分の隣にいるのが、なんとなく見える。
 
 いつの間にか、多分癒されたんだと思うと悔しいけれど、その悔しさすらも楽しいと思える今。
 あと少しでこの店は閉まる。
 一時間後に自分がいる場所を、ほのかはまだ決めていない。
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