上 下
56 / 167
<2>

-7-

しおりを挟む
 朔と純也が来店したのは、櫂斗のいないど平日だった。
「いらっしゃい……って、珍しい組み合わせだねえ。キョウさんはお仕事かな?」
「ん」
 朋樹の問いに朔は曖昧に頷くと、空いていたテーブル席に二人で座った。

「とりあえず、生二つとモズク酢。今日の小鉢って何がある?」
「インゲンと人参のゴマ酢和えと、ささ身とキュウリの棒棒鶏風と……何だっけ?」
 朋樹が女将さんを仰ぐ。覚えきれてないのも、いつものこと。
「さっくんの好きな茄子の揚げびたしあるわよ。行っとく?」
「んじゃ、それといつものポテサラ。他は追々頼む」
「諒解」
 朋樹が生ビールを用意する為、カウンターに向かった。
 熱燗以外のドリンクメニューは基本的にバイトがサーブする。
 熱燗は女将さんがお客様の好みに合わせて温度を調整するので、それだけはバイトには任せられない。

 あーもう安定のポンコツ、とほのかは座敷の客から追加のビールを受けながら、内心ため息。
 けれど、二人がイイ感じな雰囲気でいるのを見て安心した。
 そしてへらへら接客しているから、朋樹が二人の関係には全く気付いていないのだろうことにも、安心する。
 きっと、櫂斗はその事実からも護りたかったのだろうから。

「残念だったね、櫂斗いなくて」
 ジョッキを軽く合わせて“おつ”なんて言った後、純也が意味深な目で朔に言った。
「まだ疑ってんのかよ。違う、つってんじゃん」
「どおだか」
 もう疑ってはいない。でも、嫌味は言いたい。
 純也は舌を出して軽く睨んだ。

 朔が土下座して謝って、本気で抱き潰された日から。
 今までにないくらいの真摯な態度で自分に接してくれていることは、純也もわかっているから。
 だから、二人でここに来ることを提案した。
 ほんとは、櫂斗に見せつけたかったのもある。
 でも今日はいなくて。残念だと思っているのはむしろ自分の方。

 悔しいな、と思いながら店内を見回すと、ほのかと目が合った。
 無表情のまま軽く会釈してくれる。
 そんなさりげない感じが心地良い。櫂斗が彼女を選んだ理由がわかる気がして、純也は微笑んだ。

「俺、マグロカツ食べたい。こないだキョウさんと来た時食べたんだけど、ちょお旨かったんだ」
「あ。ねえ、純くん。キョウさんと二人で会うの、やめてよ」
「はあ?」
「俺、キョウさんにはかなわねーもん。純くん、キョウさんにとられんの、やだ」
「そーゆー話をこんなトコでしてんじゃねーよ」
「だっていっつも純くん、はぐらかすじゃん」

 “キョウさん部屋に呼んだ”と言ったあの時の純也のセリフが朔の頭から離れない。
 なのに何度それを問い質しても、純也は曖昧に笑うだけで。

「朔、うるさい。しつこい男って嫌われるよ」
「うー、純くんには嫌われたくないし」
「あ、追加注文お願いします」
 朔を無視して手を上げると、朋樹がやってきた。
「マグロカツと、卵焼き。あと朔、肉行っとく?」
「じゃあ、牛すじ煮込み」
「はいはい。あ、これポテサラね」
 思っていた以上に朋樹の態度が素っ気ないことに朔は少し寂しさを覚えたが、かと言って今目の前に純也がいる以上そんなことを表に出すわけにはいかない。

「ね、朔知ってた?」
 心の中でだけ、朋樹の後ろ姿に引かれたけれど、純也を失うことを考えたらそんなことに構っていられないわけで。
「ん?」
「ここの制服のロゴ、あるでしょ? Tシャツの後ろとエプロンの胸に付いてるヤツ」
「ん」
「あれってキョウさんがデザインしたんだって」
「え? まじで?」
 朔の驚いた表情を見て、純也が嬉しそうに笑う。
「びっくりでしょ? なんかー、元々黒Tにシンプルな赤いエプロンだったらしいんだけど、それじゃあ寂しいでしょって、キョウさんがデザインしてウチで印刷かけたんだって」

 牛すじ煮込みを持ってきた朋樹が、
「らしいですねー。最初は周年記念のイベントでキョウさんがプレゼントしたらしいんですけど、そっからは普通に発注してるって。なんか常連さんも何人かキョウさんに注文かけて買って持ってるって、変な自慢してた」
 ですよね、と女将さんに声をかける。

「いいでしょ、コレ。ほんとはあたしもそっち着てお店に出たいんだけどね」
「女将さんは和服のが似合いますよ」
 純也が言うと、ありがと、と綺麗な笑顔を返してくれた。

「なんか、いいよね。シンプルだから、すっごいこの店の雰囲気に合ってて」
「あの人デザインもするんだ?」
 朔としては、いろんな面で“敵わない”と思うから、悔しくなる。

「元々はグラフィックデザイナーとして大手の会社に就職したんだって。でも自分には合わないからってすぐ辞めてウチの会社に入ったってこないだ話してた。実際あの人、口上手いし営業マンのが合ってるよね」
「……なんで純くん、そんなにキョウさんのこと詳しいんだよ」
 不貞腐れた顔で朔が言うから。

「たまには俺の気持ち、味わえば?」
 ふ、と嗤って純也はジョッキを空けた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

巻き戻りの人生は幸せになれるはずだったのに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:194

恋する女装男子

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:100

恋の呪文

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:144

浮気αと絶許Ω~裏切りに激怒したオメガの復讐~

BL / 連載中 24h.ポイント:24,609pt お気に入り:1,927

というわけで、結婚してください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:64

白い薔薇をあなたに

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:134

【完結】魔法が使えると王子サマに溺愛されるそうです〜婚約編〜

BL / 完結 24h.ポイント:1,072pt お気に入り:5,291

処理中です...