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その日は元々夕方から雷雨の予報だった。
“おがた”は駅前にあるので、あまり天候に左右されることはないが。
しかし。
開店した頃はまだ大して降ってはいなかったが、ピークを迎える七時を過ぎた辺りから本格化し始めると、八時半以降強まった雨足と反比例するように来客は途絶え、店には雨宿りとして居座っている客のみ、という状況になり。
飲み物の追加オーダーこそ、ぽつりぽつりと出るが、九時を過ぎた頃にはもはや料理のオーダーは全く入らなくなったので。
「も、大将いいよ。下がって休みなよ」という常連の声に、女将さんも苦笑して。
「雨雲レーダーとか見てても、この後更に本格化とかって出てるし、これはお客さんも追い出しちゃった方が無難かもねー」
櫂斗がスマホで天気状況を確認する。
季節外れの嵐来訪に、従業員総出で目を見合わせると。
「そうね。まだ今なら電車も動いてるし、このままねばって電車止まったら大変だもんね」
女将さんが判断を下すと、残っていた客に声を掛けて回り、まだ九時半という時間ではあったが暖簾をしまうことにした。
十時を迎える頃には横殴りの雨が店の扉に叩きつけられる程の暴風雨となった為、
「俺シャッターも降ろしてくるよ」と櫂斗と朋樹で店の周りを点検がてら外に出て。
「トモさん、こんな雨の中チャリで帰るの?」
「んー、まあねー。明日もガッコあるし」
「うち、泊ってけば? どうせ風呂入って寝るだけでしょ?」
「えー、悪いよ」
シャッターを閉め、店内に戻ると。
「かーちゃん、トモさんウチ、泊めるよ」
「あ、そうね。かなり雨酷くなっちゃったし。ほのかちゃんも泊まってく?」
女将さんがほのかに問うと。
「電車まだあるから。駅降りたら親が迎えに来てくれるし、自分は大丈夫」
実際“おがた”から駅は徒歩三分なわけで。
そうと決まれば、ほのかを早く帰らせる方がいいので、夜賄いの代わりに小鉢の残り物をタッパーに詰めておにぎりと一緒に持たせると。
「じゃあ俺、ほのか駅まで送ってく。トモさんかーちゃんと締め作業してて」
大き目の傘を家から持ってきた櫂斗が言い、当たり前のようにほのかをエスコートして駅まで送り届けた。
その間、朋樹の出る幕無しである。
判断力、行動力共に、下手な大人よりも優れている櫂斗に、朋樹は茫然と従うだけで。
「着替えは櫂斗の、使ったらいいわ。どうせ店の制服とかも洗うから、全部一緒に洗濯機入れとけば、朝までには乾いてるし。櫂斗が戻ったら寝間着用意させとくから、先にお風呂入っちゃって」
「ええ! 女将さん、それはさすがに」
「ああ、気にしなくていいから。今、パパが入ってるし」
言われてみれば、大将の姿は既に店にはない。
早朝から市場へ仕入れに出掛ける大将は、店の閉店作業より先に帰宅するのがいつものことで。
バイトの夜賄いを用意して、自分もそれを食べると、とっとと店を後にする。
「てか。女将さん、パパって……」
そんな呼び方をしてるのは、初めて耳にしたので。
「ん? あ、そっか。櫂斗もとーちゃんって呼んでるもんねえ。なんか、あたしだけ、櫂斗が赤ちゃんの時の呼び方が残っちゃってて。時々呼んじゃう」
くふ、なんて櫂斗とそっくりな可愛い笑顔を見せる。
「仲、いいですよねー、お二人って」
朋樹が、明日の定食屋開店の準備作業をしながら、レジ締めしている女将さんと話をする。
普段この作業は、昼の定食屋の時に入るパートさんがやっているのだが、手持ち無沙汰だったので少しやっておくことにする。
大した作業でもないし。
「そおかな? 普通じゃない? トモくんちは? ご両親、仲いい?」
「あー……そっすね。父は会社員だし、母は近所のスーパーでレジ打ちのパートやってるし。なんか、普通です」
「いいよね、普通。普通が最高。妹ちゃんがいるんだっけ?」
「まだ小学生なんで、たまに帰ったら子守させられます」
「やん、可愛い。あたしも櫂斗に弟か妹、作ったげたかったなー」
少し遠い目をして言う。
「女将さん、まだ頑張れるんじゃないッスか?」
「あたしもう、四十過ぎてるもん。むーりー」
くすくす笑うけれど、見た目はマイナス十歳。
「櫂斗とトモくんじゃ、孫は無理だしなー。ほのかちゃんがいつかベビ連れて来てくれるの、期待してる」
さらっと言ってレジから離れると、トレイを二つ用意して賄いのカレーライスとサラダを準備する。
「お……女将さん?」
「トモくんお手伝いありがと。お風呂入らせてあげれば良かったけどタイミングずれちゃった。もう櫂斗も帰るから、一緒にこれ食べてね」
「女将さん」
縋るように見つめると、
「あたしにナイショで交際、なんて無理に決まってるでしょ。いいわよ、櫂斗のこと大事にしてね」
櫂斗そっくりの綺麗なウィンクを決める。
“おがた”は駅前にあるので、あまり天候に左右されることはないが。
しかし。
開店した頃はまだ大して降ってはいなかったが、ピークを迎える七時を過ぎた辺りから本格化し始めると、八時半以降強まった雨足と反比例するように来客は途絶え、店には雨宿りとして居座っている客のみ、という状況になり。
飲み物の追加オーダーこそ、ぽつりぽつりと出るが、九時を過ぎた頃にはもはや料理のオーダーは全く入らなくなったので。
「も、大将いいよ。下がって休みなよ」という常連の声に、女将さんも苦笑して。
「雨雲レーダーとか見てても、この後更に本格化とかって出てるし、これはお客さんも追い出しちゃった方が無難かもねー」
櫂斗がスマホで天気状況を確認する。
季節外れの嵐来訪に、従業員総出で目を見合わせると。
「そうね。まだ今なら電車も動いてるし、このままねばって電車止まったら大変だもんね」
女将さんが判断を下すと、残っていた客に声を掛けて回り、まだ九時半という時間ではあったが暖簾をしまうことにした。
十時を迎える頃には横殴りの雨が店の扉に叩きつけられる程の暴風雨となった為、
「俺シャッターも降ろしてくるよ」と櫂斗と朋樹で店の周りを点検がてら外に出て。
「トモさん、こんな雨の中チャリで帰るの?」
「んー、まあねー。明日もガッコあるし」
「うち、泊ってけば? どうせ風呂入って寝るだけでしょ?」
「えー、悪いよ」
シャッターを閉め、店内に戻ると。
「かーちゃん、トモさんウチ、泊めるよ」
「あ、そうね。かなり雨酷くなっちゃったし。ほのかちゃんも泊まってく?」
女将さんがほのかに問うと。
「電車まだあるから。駅降りたら親が迎えに来てくれるし、自分は大丈夫」
実際“おがた”から駅は徒歩三分なわけで。
そうと決まれば、ほのかを早く帰らせる方がいいので、夜賄いの代わりに小鉢の残り物をタッパーに詰めておにぎりと一緒に持たせると。
「じゃあ俺、ほのか駅まで送ってく。トモさんかーちゃんと締め作業してて」
大き目の傘を家から持ってきた櫂斗が言い、当たり前のようにほのかをエスコートして駅まで送り届けた。
その間、朋樹の出る幕無しである。
判断力、行動力共に、下手な大人よりも優れている櫂斗に、朋樹は茫然と従うだけで。
「着替えは櫂斗の、使ったらいいわ。どうせ店の制服とかも洗うから、全部一緒に洗濯機入れとけば、朝までには乾いてるし。櫂斗が戻ったら寝間着用意させとくから、先にお風呂入っちゃって」
「ええ! 女将さん、それはさすがに」
「ああ、気にしなくていいから。今、パパが入ってるし」
言われてみれば、大将の姿は既に店にはない。
早朝から市場へ仕入れに出掛ける大将は、店の閉店作業より先に帰宅するのがいつものことで。
バイトの夜賄いを用意して、自分もそれを食べると、とっとと店を後にする。
「てか。女将さん、パパって……」
そんな呼び方をしてるのは、初めて耳にしたので。
「ん? あ、そっか。櫂斗もとーちゃんって呼んでるもんねえ。なんか、あたしだけ、櫂斗が赤ちゃんの時の呼び方が残っちゃってて。時々呼んじゃう」
くふ、なんて櫂斗とそっくりな可愛い笑顔を見せる。
「仲、いいですよねー、お二人って」
朋樹が、明日の定食屋開店の準備作業をしながら、レジ締めしている女将さんと話をする。
普段この作業は、昼の定食屋の時に入るパートさんがやっているのだが、手持ち無沙汰だったので少しやっておくことにする。
大した作業でもないし。
「そおかな? 普通じゃない? トモくんちは? ご両親、仲いい?」
「あー……そっすね。父は会社員だし、母は近所のスーパーでレジ打ちのパートやってるし。なんか、普通です」
「いいよね、普通。普通が最高。妹ちゃんがいるんだっけ?」
「まだ小学生なんで、たまに帰ったら子守させられます」
「やん、可愛い。あたしも櫂斗に弟か妹、作ったげたかったなー」
少し遠い目をして言う。
「女将さん、まだ頑張れるんじゃないッスか?」
「あたしもう、四十過ぎてるもん。むーりー」
くすくす笑うけれど、見た目はマイナス十歳。
「櫂斗とトモくんじゃ、孫は無理だしなー。ほのかちゃんがいつかベビ連れて来てくれるの、期待してる」
さらっと言ってレジから離れると、トレイを二つ用意して賄いのカレーライスとサラダを準備する。
「お……女将さん?」
「トモくんお手伝いありがと。お風呂入らせてあげれば良かったけどタイミングずれちゃった。もう櫂斗も帰るから、一緒にこれ食べてね」
「女将さん」
縋るように見つめると、
「あたしにナイショで交際、なんて無理に決まってるでしょ。いいわよ、櫂斗のこと大事にしてね」
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