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「トモさん、おっはよー」
 日曜日午前九時。
 当たり前のように櫂斗は朋樹の部屋のインターフォンを鳴らす。

 そして朋樹は、もはやそれに応えることもしないでエントランスの自動ドアを遠隔で開けると、その足で玄関のカギを開けるわけだけど。

「これ、あげる」
 玄関の扉を開けて、おはようのキスなんてのをした直後。
 朋樹は櫂斗に合鍵を手渡した。

「俺、日曜の朝はゆっくり寝てたいから。櫂斗、それで勝手に入って来てよ」
「うそーん。すっごい嬉しいんだけどー。まじで? ねえ、トモさん、ほんとに俺、これ貰っていいの?」
 めんどくさいから渡しただけ、という朋樹のテンションとは違い、大好きな人から初めて貰うプレゼントがその人の家の合鍵なんて、そんな幸せなことってある? と櫂斗は目をキラキラさせて小躍りしていて。

「エントランスもそれで開くから。俺、昨夜寝たの四時前だから、お願い、もちょっと寝させて」
 そう言って、朋樹は再びベッドに沈んだ。

「ええー……トモさーん。俺いるのに寝るって、俺、どーしたらいんだよ?」
 ベッドの朋樹をつんつんしながら櫂斗が言うと。
「んー? じゃ、一緒に寝る?」
 と布団を上げて中に誘った。
「え。まじで? いいの?」
「ん」

 恐らく、寝ぼけているのだろう。
 櫂斗は当然きっちり覚醒しているから、もへーんとしている朋樹がきっとただただ眠いだけだってことは、わかるけど。

 でもここは。
 棚ぼたは、美味しく頂いてこその牡丹餅だろう。

 お邪魔しまーす、と朋樹の横に入り込むと。
「ん」
 当たり前のように、抱き枕にされる。

 うっわー、うっわー、何コレ? ちょおあったかいんだけど? まじ、幸せが過ぎない?

 ぎゅ、と朋樹の腕に抱かれ、櫂斗は緊張してるんだか、興奮してるんだか、とにかく言葉にできない高揚感に完全に固まってしまって。

「と……トモ、さーん?」
 さすがに、親に抱っこされて寝てた記憶なんてもう、ない。
 だから、誰かの腕に抱かれて寝る、なんて櫂斗にとっては完全に初めての経験で。
 硬直したまま、朋樹の名前を小さく呼んでみたけれど、既に朋樹は熟睡しているらしく、返事なんてないから。

「えー。コレ、まじ俺、どーすりゃいいのさ?」

 中学校時代は野球の試合があったから土日は五時起きが当たり前で、平日は今もなお毎朝六時には起きて朝食の準備をしている櫂斗である。
 今日だって、当たり前だけれど家からここまで自転車を漕いできているわけで。
 既に完全に目が覚めている櫂斗にしてみれば、大好きな人の隣でスヤスヤ眠れるような状態では、ない。

 暫く固まったまま、朋樹の寝息を聞いていて。
 それでも少しずつ解凍されてくると、ゆっくりと体を動かした。
 よっぽど疲れていたのだろう、それくらいでは目を覚まさないから、体勢を変えて朋樹の寝顔を見つめる。

「トーモさん」
 今度は起こさないように、小さく呼んでみる。

 睫毛、長いなーとか、目を閉じてても二重ってわかるんだー、とか。
 大好きだから、眠っている顔を見ているだけでも、十分にタンノーできる。
 やっぱ、髭は生えるよね、当たり前だけど。
 綺麗に整っている朋樹の寝顔を観察。

 指の甲で頬をそっと撫でる。そして今度は、指先で鼻筋を辿り、そのまま少し開いている唇に、触れてみる。
 ふにふにとその柔らかさを愉しんでいると、はむ、と甘噛みされた。
「え?」驚いて手を引くと。
 朋樹がうっすらと目を開き、櫂斗の後頭部に手を回すとそのまま引き寄せ、唇を重ねてきた。

そして「あと五分ー」とだけ言うと、再びぎゅうっと抱きしめられるから。
 
 トモさんって……元カノにこんなこと、してたんだ。

 朋樹からの濃厚なキスに溺れそうになった櫂斗だったけれど、ふと、そんなことが思い浮かんでしまって。

 そりゃ、そうだよなー。
 こんなイケメンなトモさんが、今まで彼女いなかったわけ、ないよなー。
 おまけに、オトナなわけだし、こうやって女の子抱いて寝るのなんて、当たり前のこと、なんだろうなー。

 わかってはいたことだけど、少し切なくなる。
 櫂斗だって、過去にはほんのりとした恋心を抱いた相手なんて、勿論いる。
 でも、ちゃんとした彼女なんて――いや彼氏にしてもだが――いたことはないし、中三の終わり頃に朋樹に出逢ってからはもう、朋樹しか目に入ってないわけで。

 だから。
 初めて、の相手が朋樹なのはすごく嬉しいけど、でも朋樹にとっての櫂斗は全然初めての相手じゃないって事実は、やっぱりちょっとだけ切ない。

 朋樹の温かい腕の中、包み込まれている幸せと同時に、これを他の女が既に味わったのか、なんて思うと。
「あー、俺、心狭いなー」とわかってはいるけれど、やっぱりジェラ。

 うー。頭来んなーもう。
 何でトモさん、こんなイケメンなのかなあ。
 全然モテないヤツだったら、俺、安心してられんのに。

 自分を包み込む腕や胸の筋肉はしっかりしたものがちゃんと付いていて、きっとそれは中高時代やっていたというサッカーで鍛えられたものだろう。
 そんな体の上には、きっとこれを嫌いだという女子なんていないだろう、甘い顔が乗っかっていて。
 しかもそれを鼻にかけないで、誰彼構わずふわふわと優しく笑っている朋樹は。
 本人は“モテない”って主張するけれど、きっと陰で憧れている女の子なんて山ほどいるのだろう。

 でも。
 とりあえず。
 今は俺のモノ。

 櫂斗はぐっと拳を握りしめる。

 この腕の中にいるのは、絶対的に俺だから。
 寝ぼけて誰かと間違えたのだとしても、でも、面と向かって招き入れた相手が俺だってことはわかってるハズだから。

 誰にも譲るつもり、ないから。
 過去の元カノなんか、気にしてられるかっつの。
 とにかく今は、誰が何と言おうとも。
 “俺のトモさん”なのは間違いないから。

「もお、絶対今日は、最後までヤっちゃうからね」
 櫂斗は呟いて、スマホを取り出すと一時間だけタイマーセット。
「起きたら覚えてろよ。絶対襲ってやるんだから」
 そう、一時間だけこの腕の中で温もりを感じていようと。
 櫂斗は大人しく、眠れないだろうけど目を閉じた。
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