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「朋樹。デートしよ」
レポートを書く為にパソコンの前で呻っていた朋樹が、手元で鳴った電話に何の気なしに出た瞬間、そんな声が聴こえて。
あ、出ちゃダメだったかも、と一瞬悩む。
とは言え、出てしまったものは仕方がないから。
「さっくん、俺、忙しいってゆってんじゃん」
一応、ちゃんと断る。
櫂斗に“恋人”と言われて、調べた結果によるとどうやら「一生をかけて大切にしたいと思える相手、お互いを助け支えあう存在、寄り添って支え合う関係」なんてことらしくて。
きっと櫂斗がそんな風に誠実に自分に対して気持ちをぶつけてきてくれるのならば、自分もそれに応えないといけないと思ったし、今は応えたいって、思えるから。
「今日、バイト休みだろ?」
「あれ。さっくん、よく知ってるねえ」
「…………店、定休日じゃん」
「あ、そっか」
「……ま、そーゆートコも、可愛くていいんだけどね」
朔の声が半分呆れ返っていて。
朋樹もへらへら笑った。
「今、何してる?」
「レポート書いてる」
「じゃあ、八時にエッグで会おう。一時間ありゃ、終わるだろ?」
「終わるわけねーじゃん。五千字だぜ? まだ半分も埋まってねーもん」
「わかった。じゃあ九時」
「やだ、行かない」
はっきりと、断る。
朋樹のその返答に、
「なんで? 晩飯おごるよ? 頭使って疲れてんだろ。美味しいもん、食わせてやるから」
朔がつるつるとナンパ文句を並べたてる。
「行かないよお」
口調は、いつもの朋樹のふわふわしたもので。
「朋樹?」
「ごめんね、さっくん。俺、なんかもう、櫂斗のモノになっちゃったみたいなんだ」
「はあ?」
「だからさ、浮気なんかしちゃ、ダメじゃん?」
トモさんは俺のだから。
今この場にいないのに、櫂斗の可愛い声が朋樹には聴こえる気がしてくすくす笑う。
「……ヤったのかよ?」
「何を?」
「あいつ、高校生だろ? まだセックスなんて知らねーだろーが。絶対俺のが気持ちよくさせてやるから、あんなガキと寝てんじゃねーよ」
思い切り明確にソノコトについて言われ、ちょっと恥ずかしくなった朋樹が
「もお、何てこと言うかな。さっくん、即物的過ぎ。櫂斗とはそんな関係じゃないよ」少し照れながら言う。
その口ぶりが、甘くて。
朔は悔しさに歯噛みする。
「そーゆーんじゃなくて、なんてゆーか。ぎゅって感じ」
「は?」
「櫂斗、可愛いじゃん? それはさっくんだって認めるだろ?」
実際、タイプかそうでないかとの二択であれば、確実に前者だから。朔は口籠ってしまう。
「だからね。俺は櫂斗のこと護ってやりたいなって思うし、櫂斗も俺のことそんな風に思ってくれてるってのがわかるからさ。だから、俺は櫂斗のモンだし、櫂斗も……うん、俺の、かな」
言ってから、まともに恥ずかしさが込み上げてきて。
朋樹は顔が赤くなるのがわかって、掌でぱたぱたと自分を扇いだ。
そんな大量の砂を吐かされてしまった朔としては、もう二の句が告げられなくて。
「さっくん、本気じゃないでしょ、俺のこと」
「え?」
「さすがに俺だって、わかるよ、そんくらい。さっくん、軽過ぎ。俺、ナンパなんかしたことねーけど、さすがにさっくんみたいな誘い方は違うと思うなー。もおちょっと、大事にしようよ、自分のこと」
「は?」
「体当たりも時にはいいと思うけど、強引過ぎるのは引いちゃうって」
「朋樹……?」
「俺、さっくんのこと嫌いじゃないよ。だから今度、デートじゃなくてみんなで会お? 櫂斗とほのかと、一緒に遊ぼうよ」
ふわふわ、ふわふわと。
朋樹が柔らかい言葉と声で、朔を叩きのめす。
「二人きりでは、会わないでおくね。さすがに、さっくんと寝る気、ないから」
櫂斗の“トモさん、あいつに食われるから会っちゃダメ”って言葉を思い出す。
そう簡単にヤられるつもりはないけれど、櫂斗のイヤがることはしたくないから。
「……朋樹」
「ね。だから、普通に友達としてでいいから、また店に来てね。まあ、俺の顔も見たくないってんなら無理強いはできないけど」
これでお客さんが減ったら、女将さんに立つ瀬がない。
朋樹が申し訳なさそうに言うと。
「……朋樹、本気で、惚れた?」
朔の呟きには、さすがに諦めの色が含まれていた。
「わかんない。けど、大切にしたい気持ちってのは、なんか、あるかな」
トモさん、大好き。
という櫂斗の言葉が、今の朋樹には温かく響く。
その理由が“惚れた”ということならば、きっとそうで。
「…………わかった」
ぽつりと、朔が言う。
「さっくん?」
「本気か本気じゃなかったか、は別として。俺が朋樹のことを可愛いって思ってんのは本当だから」
「あ……それは、どおも。ありがとう」
「いつか抱きたいって思ってるのはもう、これは全然消えないんだけどさ。でも、まあ今の朋樹が大人しく俺に抱かれてくれるとは、さすがに思えないから。だから、一旦、諦める」
「えっと……それは、どーゆーこと?」
櫂斗やほのかじゃないから、言葉の中にある含みなんて、読めやしないわけで。
「朋樹のことが可愛いからさ。引いてやるっつってんの。でも、俺はおまえのこと諦めるつもりはないから、どっか隙見つけたら、いつでも食ってやるから」
鼻で笑って、そんな風に言うけれど。
その言葉が優しかったから。
「食われる気、ないから。さっくんとはお店でしか会わないよ?」
「しょーがないから、店に会いに行ってやるよ」
やっぱり憎めないなーと朋樹は笑うしかなかった。
レポートを書く為にパソコンの前で呻っていた朋樹が、手元で鳴った電話に何の気なしに出た瞬間、そんな声が聴こえて。
あ、出ちゃダメだったかも、と一瞬悩む。
とは言え、出てしまったものは仕方がないから。
「さっくん、俺、忙しいってゆってんじゃん」
一応、ちゃんと断る。
櫂斗に“恋人”と言われて、調べた結果によるとどうやら「一生をかけて大切にしたいと思える相手、お互いを助け支えあう存在、寄り添って支え合う関係」なんてことらしくて。
きっと櫂斗がそんな風に誠実に自分に対して気持ちをぶつけてきてくれるのならば、自分もそれに応えないといけないと思ったし、今は応えたいって、思えるから。
「今日、バイト休みだろ?」
「あれ。さっくん、よく知ってるねえ」
「…………店、定休日じゃん」
「あ、そっか」
「……ま、そーゆートコも、可愛くていいんだけどね」
朔の声が半分呆れ返っていて。
朋樹もへらへら笑った。
「今、何してる?」
「レポート書いてる」
「じゃあ、八時にエッグで会おう。一時間ありゃ、終わるだろ?」
「終わるわけねーじゃん。五千字だぜ? まだ半分も埋まってねーもん」
「わかった。じゃあ九時」
「やだ、行かない」
はっきりと、断る。
朋樹のその返答に、
「なんで? 晩飯おごるよ? 頭使って疲れてんだろ。美味しいもん、食わせてやるから」
朔がつるつるとナンパ文句を並べたてる。
「行かないよお」
口調は、いつもの朋樹のふわふわしたもので。
「朋樹?」
「ごめんね、さっくん。俺、なんかもう、櫂斗のモノになっちゃったみたいなんだ」
「はあ?」
「だからさ、浮気なんかしちゃ、ダメじゃん?」
トモさんは俺のだから。
今この場にいないのに、櫂斗の可愛い声が朋樹には聴こえる気がしてくすくす笑う。
「……ヤったのかよ?」
「何を?」
「あいつ、高校生だろ? まだセックスなんて知らねーだろーが。絶対俺のが気持ちよくさせてやるから、あんなガキと寝てんじゃねーよ」
思い切り明確にソノコトについて言われ、ちょっと恥ずかしくなった朋樹が
「もお、何てこと言うかな。さっくん、即物的過ぎ。櫂斗とはそんな関係じゃないよ」少し照れながら言う。
その口ぶりが、甘くて。
朔は悔しさに歯噛みする。
「そーゆーんじゃなくて、なんてゆーか。ぎゅって感じ」
「は?」
「櫂斗、可愛いじゃん? それはさっくんだって認めるだろ?」
実際、タイプかそうでないかとの二択であれば、確実に前者だから。朔は口籠ってしまう。
「だからね。俺は櫂斗のこと護ってやりたいなって思うし、櫂斗も俺のことそんな風に思ってくれてるってのがわかるからさ。だから、俺は櫂斗のモンだし、櫂斗も……うん、俺の、かな」
言ってから、まともに恥ずかしさが込み上げてきて。
朋樹は顔が赤くなるのがわかって、掌でぱたぱたと自分を扇いだ。
そんな大量の砂を吐かされてしまった朔としては、もう二の句が告げられなくて。
「さっくん、本気じゃないでしょ、俺のこと」
「え?」
「さすがに俺だって、わかるよ、そんくらい。さっくん、軽過ぎ。俺、ナンパなんかしたことねーけど、さすがにさっくんみたいな誘い方は違うと思うなー。もおちょっと、大事にしようよ、自分のこと」
「は?」
「体当たりも時にはいいと思うけど、強引過ぎるのは引いちゃうって」
「朋樹……?」
「俺、さっくんのこと嫌いじゃないよ。だから今度、デートじゃなくてみんなで会お? 櫂斗とほのかと、一緒に遊ぼうよ」
ふわふわ、ふわふわと。
朋樹が柔らかい言葉と声で、朔を叩きのめす。
「二人きりでは、会わないでおくね。さすがに、さっくんと寝る気、ないから」
櫂斗の“トモさん、あいつに食われるから会っちゃダメ”って言葉を思い出す。
そう簡単にヤられるつもりはないけれど、櫂斗のイヤがることはしたくないから。
「……朋樹」
「ね。だから、普通に友達としてでいいから、また店に来てね。まあ、俺の顔も見たくないってんなら無理強いはできないけど」
これでお客さんが減ったら、女将さんに立つ瀬がない。
朋樹が申し訳なさそうに言うと。
「……朋樹、本気で、惚れた?」
朔の呟きには、さすがに諦めの色が含まれていた。
「わかんない。けど、大切にしたい気持ちってのは、なんか、あるかな」
トモさん、大好き。
という櫂斗の言葉が、今の朋樹には温かく響く。
その理由が“惚れた”ということならば、きっとそうで。
「…………わかった」
ぽつりと、朔が言う。
「さっくん?」
「本気か本気じゃなかったか、は別として。俺が朋樹のことを可愛いって思ってんのは本当だから」
「あ……それは、どおも。ありがとう」
「いつか抱きたいって思ってるのはもう、これは全然消えないんだけどさ。でも、まあ今の朋樹が大人しく俺に抱かれてくれるとは、さすがに思えないから。だから、一旦、諦める」
「えっと……それは、どーゆーこと?」
櫂斗やほのかじゃないから、言葉の中にある含みなんて、読めやしないわけで。
「朋樹のことが可愛いからさ。引いてやるっつってんの。でも、俺はおまえのこと諦めるつもりはないから、どっか隙見つけたら、いつでも食ってやるから」
鼻で笑って、そんな風に言うけれど。
その言葉が優しかったから。
「食われる気、ないから。さっくんとはお店でしか会わないよ?」
「しょーがないから、店に会いに行ってやるよ」
やっぱり憎めないなーと朋樹は笑うしかなかった。
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