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「櫂斗、訊かないよね」
 朋樹は相変わらず多忙らしく、本日もほのかと櫂斗の二人体制。
 夕賄いの時、ぽつりとほのかが言った言葉に、
「ほのかがちゃんと話したいって思った時に、訊く」ときっちり答える。

 櫂斗が“聡い”と思う瞬間だ。
 前後の会話なんて全く関係のない、思いついてしまったから発した言葉だったにも関わらず、言わんとしていることを確実に捉えているから。

 だからこそ、思う。
 なんだって、あのポンコツに惚れたんだろうか、と。

 総てを吐き出し、自己嫌悪の塊になっているほのかを肯定してくれた櫂斗は、その後一切その事実に触れない。
 だから、ほのかはほのかのままでいいと、そう言ってくれているように思えて。

 櫂斗の持つ空気感は、ほのかにはただひたすらに“癒し”で。
 そんな人間、周りにいなかった。
 恋愛感情なんて全く起こらないけれど、一緒にいてこんなに居心地のいい相手は他にいないから。
 それはこんなプライベートなことだけに限らず、仕事をしていても感じることができる。
 欲しいところに次の手を差し出していてくれる、なんて数えきれないくらいあるから。

 勿論、言葉で伝えることは当たり前で。
 お互いに現状と一瞬先との境目に欲しい“一手”は言葉があれば当然事足りるのだけれど。
 それよりも短い瞬間は。
 きっとアイコンタクトだけで通じるお互いの呼吸感。
 そしてそれは、繋がった瞬間最高に気持ちが良くて。

 女将さんがこの間話していた。
 ホールを二人で回していた時に、予想していた以上に櫂斗が使えたから助かったと。
 それは、いつだってほのかも感じていることで。

 とても些細なことではある。
 たとえば、今ここにある空いたグラスは、新しいトレイさえあれば総てを一気に片付けることができる、と思った瞬間に、櫂斗は何も言わずとも当たり前に空のトレイを手元に置いてくれている。
 そんな、こっちの心の裡を何気なく掬い取り、行動に移しているというのに、更に当人はそれが無意識で。

 居酒屋のバイトは初めてだけれど、以前喫茶店のウェイトレスは経験していて。
 その頃感じていたちょっとしたストレスは、そんな微妙な呼吸が伝わらないという本当に些細なことで。

 今この店で毎日バカみたいにバイトしていられるのは、櫂斗――いや恐らく女将さんも――の持つこの不思議な共感力が、異様なほどに心地いいから。
 
 だからこそ、思う、本当に。
 なんで、こいつはあのバカが好きなんだろうか、と。

「帰り、ちょっとだけ付き合える?」
 本気で櫂斗の本心が知りたくなったから。
「じゃ、賄い食った後で」


 一度部屋に戻った櫂斗が、再び夜賄いに顔を出し、ほのかと一緒に中華丼――これは恐らくそろそろメニューに登場させるつもりだとほのかは踏んでいる――を食べると、
「ちょっと散歩してくるから」とだけ言って二人で店を出た。

「別に、無理して話さなくてもいんだけど」
 店を出て、横断歩道を渡ると駅。
「無理に話すつもりなんて、ないわよ。逆にあんたの話、聞いてやろうと思っただけよ」
 こんな時間だから信号は点滅していて、車なんて殆ど通らないからそのまま渡ろうとして。

「櫂斗、くん」
 声を掛けられた。

「ん? ……あ、えっと、ジュンさんだ。キョウさんトコの」
 数える程しか来店してはいないけれど、杏輔がつい先日連れて来たばかりだったから。
 櫂斗が「こないだはどおもー」と笑いかけた。

「あの、さ。ちょっと話したいんだけど、いいかな?」
 純也の含みのある言葉に、ほのかがはっと気付く。
「え、俺? 別に、いいけど。店入る? 何もないけど、まだ電気点いてるし」
 きっと女将さんがレジ締め作業や片づけをしているから。

「んーん、そこのベンチで、いい」
「ごめん、同席させて」
 ほのかが咄嗟に被せた。
「ほのか?」様子がおかしいと思って、櫂斗が訝ると。
「さっくんのことでしょ?」とほのかがはっきり言う。

「……知ってんだ?」
 純也が呟く。
「いや、気付いただけ。でも、なんで櫂斗?」

「ちょい待ち。俺無視すんなよ。いくらなんでも、ヒント無さ過ぎだろ」
 二人だけで通じる内容が、櫂斗には見えなくて。
 それが、悔しい。
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