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「わ、今日超アタリな日じゃん」
朋樹の「いらっしゃいませ」を聞いた瞬間、来店した朔が破顔した。
「アタリって?」カウンターにコースターを置き、おしぼりを手渡しながら朋樹が問う。
朔相手だから、女将さんも「いらっしゃい」とだけ言って接客を朋樹に任せ、他の客の注文に応えて小鉢の準備を続ける。
「邪魔者がいないってこと。朋樹、口説き放題じゃん」
櫂斗は明日から期末試験ということで、さすがに今日は部屋に籠って勉強している。
平日なので、本来のバイトであるほのかと朋樹の二人体制でも十分回せる。
七時代はそれでも二人がくるくると忙しく動き回っていたが、八時半を過ぎてからは少し落ち着き、常連がまったりと楽しむ状況になっていて。
ほのかは座敷の客の追加オーダーに対応中。
朋樹もテーブルの片付けを終え、丁度シンクに食器を下げたところで。
いつもなら洗い物は櫂斗が率先してやっているけれど、今日はいないから朋樹がその作業に入る。朔の話相手も兼ねる為だ。
女将さんから「気を付けてね」と小さな声がかかり、気合を入れる。
今日こそ、一個も割らずに洗い物を終えてみせる。
「朋樹、今日ここ終わった後空いてる?」
朔が生ビールをジョッキ半分飲み干すと、早速誘いの声をかけた。
「俺、今ゼミの関係で忙しいんだよ。帰って資料作んないといけなくてさ」
そんなに高級な器を使っているわけではないけれど、それでも大将の昔から付き合いがある窯元で店の名入りの物を焼いて貰っているから。
洗い物は丁寧に、溜めないでこまめに洗っておくのが基本ルール。
とは言えジョッキやグラスなんて、いつの間にか大量にシンクに溜まってしまうから、そんな時は焦ってしまうもので。
粗忽者の自覚はちゃんとあるから、洗い物と向き合う時は心の中でいつも「慎重に、慎重に」と唱えている。
「芳賀。チェンジ。もうすぐ座敷のアラ炊きが上がるから、それ運んで」
ほのかが朋樹の作業を止めさせた。
「え。いいよ、俺洗い物するし」
「そこで割られると困るから。いいから、代わって。お料理運んだら、あとはいくらでもさっくんに口説かれてりゃいいから」
シンクで食器を割られると、本当に後始末が面倒で。
「トモくん、ほのかちゃんに任せて」
女将さんもそんなことはわかっているから、くすくす笑いながら言う。
「もうかなり落ち着いたし、さっくんの横に侍ってていいわよ」
「女将さん、じゃあ俺指名料払うわー」
「あら、高くつくわよ?」
「おさわりオッケーならいくらでも払うよ」
「そこは本人との交渉次第じゃない? ま、頑張って」
朋樹が本気で嫌がるならば、女将さんだってこんなことは言わないけれど。
同い年の友人としてじゃれているのがわかるから、敢えて朔を止めない。
櫂斗がいればこうはいかないだろうし、半分面白がっている。
実際、ピークを過ぎた店内はまったりとした空気が流れているから。
ほのかも手早く洗い物を済ませると――朋樹と違って手際も要領もいい――、時々出る追加オーダーに対応しつつも、大将から料理のちょっとしたコツなんて教えて貰ったり。
「大学生って、ヒマだと思ってた」
横に座ることはないが、とりあえず朔の話相手として横に立っている朋樹は、手持ち無沙汰にカウンターに置いてある醤油瓶の輪染みをダスターで拭く。
一瞬、櫂斗の言葉を思い出して内心笑ってしまう。
「んなわけないじゃん、さっくんしつれーだな。ほのかも俺も、毎日バイト終わってから課題やってんだよ。ね?」
カウンターのほのかに促すと。
「ま、一応ね」と返って来た。
「そっか。頑張ってんだな」
「ん。あでも、社会人やってるさっくんのが多分もっと大変なんだろうけどさ」
「俺? あー、まあイロイロね。あるっちゃーあるよ。流れは掴めても、お客さん相手だからさ、みんながみんな同じ対応してればいいってわけじゃねーし、営業によってやり方も違うし」
「さっくん、オトナだねえ」
「大人ですよ、勿論。だからさ、朋樹。大人な俺とオトナな関係になろうよ」
ニヤリと嗤って、朔がダスターを持っている朋樹の手を掴んだ。
朋樹の「いらっしゃいませ」を聞いた瞬間、来店した朔が破顔した。
「アタリって?」カウンターにコースターを置き、おしぼりを手渡しながら朋樹が問う。
朔相手だから、女将さんも「いらっしゃい」とだけ言って接客を朋樹に任せ、他の客の注文に応えて小鉢の準備を続ける。
「邪魔者がいないってこと。朋樹、口説き放題じゃん」
櫂斗は明日から期末試験ということで、さすがに今日は部屋に籠って勉強している。
平日なので、本来のバイトであるほのかと朋樹の二人体制でも十分回せる。
七時代はそれでも二人がくるくると忙しく動き回っていたが、八時半を過ぎてからは少し落ち着き、常連がまったりと楽しむ状況になっていて。
ほのかは座敷の客の追加オーダーに対応中。
朋樹もテーブルの片付けを終え、丁度シンクに食器を下げたところで。
いつもなら洗い物は櫂斗が率先してやっているけれど、今日はいないから朋樹がその作業に入る。朔の話相手も兼ねる為だ。
女将さんから「気を付けてね」と小さな声がかかり、気合を入れる。
今日こそ、一個も割らずに洗い物を終えてみせる。
「朋樹、今日ここ終わった後空いてる?」
朔が生ビールをジョッキ半分飲み干すと、早速誘いの声をかけた。
「俺、今ゼミの関係で忙しいんだよ。帰って資料作んないといけなくてさ」
そんなに高級な器を使っているわけではないけれど、それでも大将の昔から付き合いがある窯元で店の名入りの物を焼いて貰っているから。
洗い物は丁寧に、溜めないでこまめに洗っておくのが基本ルール。
とは言えジョッキやグラスなんて、いつの間にか大量にシンクに溜まってしまうから、そんな時は焦ってしまうもので。
粗忽者の自覚はちゃんとあるから、洗い物と向き合う時は心の中でいつも「慎重に、慎重に」と唱えている。
「芳賀。チェンジ。もうすぐ座敷のアラ炊きが上がるから、それ運んで」
ほのかが朋樹の作業を止めさせた。
「え。いいよ、俺洗い物するし」
「そこで割られると困るから。いいから、代わって。お料理運んだら、あとはいくらでもさっくんに口説かれてりゃいいから」
シンクで食器を割られると、本当に後始末が面倒で。
「トモくん、ほのかちゃんに任せて」
女将さんもそんなことはわかっているから、くすくす笑いながら言う。
「もうかなり落ち着いたし、さっくんの横に侍ってていいわよ」
「女将さん、じゃあ俺指名料払うわー」
「あら、高くつくわよ?」
「おさわりオッケーならいくらでも払うよ」
「そこは本人との交渉次第じゃない? ま、頑張って」
朋樹が本気で嫌がるならば、女将さんだってこんなことは言わないけれど。
同い年の友人としてじゃれているのがわかるから、敢えて朔を止めない。
櫂斗がいればこうはいかないだろうし、半分面白がっている。
実際、ピークを過ぎた店内はまったりとした空気が流れているから。
ほのかも手早く洗い物を済ませると――朋樹と違って手際も要領もいい――、時々出る追加オーダーに対応しつつも、大将から料理のちょっとしたコツなんて教えて貰ったり。
「大学生って、ヒマだと思ってた」
横に座ることはないが、とりあえず朔の話相手として横に立っている朋樹は、手持ち無沙汰にカウンターに置いてある醤油瓶の輪染みをダスターで拭く。
一瞬、櫂斗の言葉を思い出して内心笑ってしまう。
「んなわけないじゃん、さっくんしつれーだな。ほのかも俺も、毎日バイト終わってから課題やってんだよ。ね?」
カウンターのほのかに促すと。
「ま、一応ね」と返って来た。
「そっか。頑張ってんだな」
「ん。あでも、社会人やってるさっくんのが多分もっと大変なんだろうけどさ」
「俺? あー、まあイロイロね。あるっちゃーあるよ。流れは掴めても、お客さん相手だからさ、みんながみんな同じ対応してればいいってわけじゃねーし、営業によってやり方も違うし」
「さっくん、オトナだねえ」
「大人ですよ、勿論。だからさ、朋樹。大人な俺とオトナな関係になろうよ」
ニヤリと嗤って、朔がダスターを持っている朋樹の手を掴んだ。
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