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「でね、でね、手繋ぎデート。ちゃんと、こーゆーヤツ」
 月曜日、ほのかはうんざりしながら櫂斗の惚気話を聞かされていた。

 何やら本気で忙しいらしく、朋樹はバイトをお休みしていて。
 “おがた”のアルバイト体制は基本的に、二人共“いる”ことが前提のシフトとなっている。が、試験期間に入ったり、あるいは予定が入ってバイトに来れない日、という予定だけは女将さんに伝えておく、というのがこの店のルール。

 二年生のほのかより、やっぱり本格的に専門分野の勉強に入っている朋樹は時々こうして休まざるを得ない状況になるから。
 俺はバイトじゃない、なんて言っているけれど、櫂斗はもはや完全にバイトの一人である。

「最初ー、様子見ながら指先でつんつんって触ったら、ふつーに手、繋いでくれてー。で、俺が恋人繋ぎしたら、ちょっとだけびっくりした顔したけど、でも、そのまま繋いでてくれたんだよ。ねえ、めっちゃいい感じでしょ?」

 夕賄い中、延々と続く櫂斗の惚気が、はっきり言ってうっとおしい。
 ほのかは、冷めた目つきのままおにぎりを頬張る。

「これはね。も、絶対俺のモンってことで、決まりでしょ。うん」
「……ヤったの?」
 一応、訊いてやる。いや、完全に好奇心だけど。
 ほのかの問いに。
「それはまだ。さすがに、俺まだ経験ないからどうしたらいいかわかんないし」
「…………」正直に答えるのか、この男は。
「でも、ちゅうはした」
 くふ、と笑ってガッツポーズなんてする櫂斗。に、ほのかは小さくため息を吐いた。

「芳賀の意思って、そこにあるわけ?」
「どーゆー意味さ?」
「だってあいつ、ただただ流されてるだけっぽくない? こないだのさっくん押し倒し事件だって、あれ、あいつ多分何も考えてなくてただただ流されて押し倒されてただけっぽいじゃん」
「それな」
 櫂斗がむ、とふくれっ面になる。

「トモさん、まじ、そーゆートコあんだよなー。俺にはね、いんだよ、流されてくれて。全然おけ。てか、それで俺は押し切りたいってのもあるし」
「おいおい」
「でもさー、やっぱあいつガタイいいし、俺より押しつけがましいし、ナンパヤロウだから手慣れてるしさ」
「だから、芳賀の意思は? つってんの」
「トモさんはね、絶対に俺のこと、好きだよ。だって、考えてみてよ。こーんな可愛くたって、俺一応オトコだぜ? でも、トモさん俺がちゅーしても全然嫌な顔しなかったし、ハグなんて全然応えてくれるもん」

 表情がくるくると変わる。
 朋樹の名前を呼ぶ、少し鼻にかかった声。
 朔に対して敵意をむき出しにしてキツイ顔をしてみせるのに、再び朋樹との惚気話になるとふにゃふにゃのうっとり顔になって。
 誰が見ても“可愛い”と評される、櫂斗の一番の魅力。

 ほのかは呆れながらも、そんな無邪気な様子を見せる櫂斗に、少しだけ憧憬の念を抱いていた。

 だって、自分にはできない。

 実はほのかにはずっと抱えている課題、がある。
 誰にも言えなくて、どこにも吐き出せない想いを抱えて、爆発しそうな感情を絶対に表には出せない。

 唯一それを知られてしまっている櫂斗に話せばきっと、出してしまえばいい、なんて簡単に言うだろう。
 でも、それはできない。
 元々感情を表に出すのは苦手で。
 昔からずっと大人っぽいなんて言われてきたけれど、それはただ単に、櫂斗のように素直に感情を表現できないから。
 それはコンプレックス。

 必ず、物事を俯瞰から眺める癖があることは自覚しているから。
 今、自分が溺れている状況なのも、そんなのイヤって程わかっていて。
 苦しくて、もがいてる。
 けれどそれは、誰にも見せない。見せたくないし、見せるわけにはいかない。

「いつかはさ、当然そーゆーコトもするつもりでいるけど。でも、こればっかりはさ、トモさんだって流されてくれるとは思えないからなー」
「櫂斗が押し倒せば、流されるんじゃね?」
「うん。それも、アリっちゃーアリ。でも、やっぱ初めてって、もっとこう、ロマンチックなのがいいじゃん」
「うわ、乙女がいる」
「えー、だってハツタイケンってヤツだよ。俺まだ童貞だしさ、ヤるにしてもヤられるにしても、初めての想い出はキレーなの、作りたい」
「芳賀に伝えとこーか?」
「ヤだよそんなん。ほのか、可愛くない」
「可愛くなくて結構」
「あでも。初ちゅうは我ながら、なかなかだったと思う」
「それ、聞かないとダメ?」
「んふ。聴きたい?」
「たいわけねーだろ。あほか。ほら、仕事するよ」
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