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ほんとに、これが気になって仕方なくて。
取柄なんてないし、どこにでもいるただの男子大学生で、しかも高校時代から付き合ってた彼女には大学入ってから“遠距離なんだからもうちょっと気にかけてくれてもいいでしょ”と、ばっさり切られたし。
人間として“つまらない”ヤツだという自覚だけはあるから、櫂斗が“トモさん、トモさん”と懐いて来てくれるのは、嬉しい反面、理解できなくて。
「楽しいから、ココにいるんだけど?」
真顔で、返された。
おにぎりが、喉に詰まりそうになって味噌汁で流し込む。
少し噎せて咳き込むと、「大丈夫?」なんて背中をさすってくれるし。
「トモさんは、自分が可愛いって自覚、ない?」
「はいいいい?」
ハタチ過ぎた男に“可愛い”だと? しかもそれを、老若男女問わず誰からも“可愛い”と称されるだろう、おまえが言うのか? と朋樹はまじまじと櫂斗を見つめた。
「すっごいまじめに箸の在庫数えてるトコも、醤油瓶の輪っかの染みを必死でダスターで拭いてるトコも、空いた皿と勘違いしてまだ唐揚げ残ってんのに下げようとするトコも、全部可愛い以外の何物でもないんだけど?」
……よく、見てますね?
全く、何も意識しないでやっている行動一つ一つを拾われて、赤面してしまう。
「最初、ね。俺のごはん用意してくれようとして、で、慌てちゃって食器壊しちゃったでしょ?」
中学生の櫂斗が帰宅して、バイト用夕賄いを自分の夕飯として店から家に持って行くという習慣だった頃。
女将さんが不在でバイトもその時は自分しかいなくて。朋樹がその準備をしようとした時、誤ってお茶碗を一個、割ってしまったのだ。
焦っているうちに、他の食器も落としそうになったから、櫂斗がそっとその手を止めさせて「いいよ、俺自分でできるから」と可愛く笑ってくれたのが、初対面だった。
でも、どこをどう切り取っても、それはボケ朋樹と優しく可愛い櫂斗という光景以外、何にもならないもので。
「そん時に、あーなんて可愛いんだろー、この人、俺がいないとダメだー、って思ったんだ」
「……んな、情けない状態の俺見て、そこに可愛いって形容詞くっつけるのは有り得ないと思うんだけど」
「だって、可愛いじゃん。そん時のトモさんの小動物感、ハンパなかったもん」
「小動物感って……」
「護ってあげたい」
そう言って、櫂斗は朋樹の頬に付いていたご飯粒をそっとつまむと、口に入れて微笑んだ。
それはもう、可愛い、ではなく明らかに“オトコを誘う目”をしていて。
時間にして、恐らく僅か数秒のことだろう。
半開きの櫂斗の目は、窓からの朝日を受けて煌めいていて。
薄い唇の間に、細長い指の先端がそっと咥えられ、チラリと見える舌はピンク色。
「あ……え……」
これ、ノっていいヤツなのか、と朋樹がその目に吸い寄せられるように顔を近づける。
こっちの意思なんて、完全に操られているから、“理性”なんてネジは完全にぶっ飛んでしまっていて。
目を、閉じることすらできない。
唇の距離があと十センチ。
になったその瞬間。
朋樹のスマホが、鳴った。
ぱん、と弾かれるように朋樹がすっと姿勢を正す。
呪文が、解ける。
「……ちっ」
せっかく作り上げた空気を壊され、櫂斗が舌打ちした。
画面を見るとゼミの仲間からの電話で、昨夜資料作成していた時に連絡を取っていた相手だったから。
「あ。ごめん、ちょっと」と朋樹がリビングを出て行く。
一応、本業だからそっちが大事なわけで。
残された櫂斗は、ちょっと膨れて「もう、チャンスだったのに」と呟いてペットボトルの水を飲んだ。
櫂斗の今日の目標の一つが「トモさんと初ちゅう」だったりするのだが。
最低でも、手を握りたいってのがあって。
「あー。ちょっと早まったかなあ。先に手、握っとけばよかった」
しくったなー、と右手をわきわきさせる。
気持ちはきっと、伝わっていて。
半分くらいは多分、傾いてくれているハズ。
だって、さっきもあと一歩できっと目を閉じてくれていただろうし。
自分自身、キスなんて誰ともしたことないから。そこは、恐らく経験者な朋樹にリードして貰いたいけど。
トモさん、誘ったらオちそうなんだけどなー。
思ったより、自分への傾斜角度が大きいという手応えを感じているから、櫂斗としては一気に距離を詰めたい。
だからこそ、思い切り二人きりの空間を楽しめる“おうちデート”を提案したわけだけど。
ふわふわと流されるままに流されてくれそうな雰囲気の朋樹に、押し倒す気満々でいる櫂斗としても、さすがに自分自身の経験値が全くのゼロだから。
「ムズいー」
「何が?」
きょとん、とした顔なのがまた、可愛さ余って憎さ百倍。
電話を終えて戻って来た朋樹に、櫂斗は平静を装いながら隣に座るように促す。
少しでも、近くにいたい。
から。
逃げられないよう、下心は一旦ぐっと押し隠す。
取柄なんてないし、どこにでもいるただの男子大学生で、しかも高校時代から付き合ってた彼女には大学入ってから“遠距離なんだからもうちょっと気にかけてくれてもいいでしょ”と、ばっさり切られたし。
人間として“つまらない”ヤツだという自覚だけはあるから、櫂斗が“トモさん、トモさん”と懐いて来てくれるのは、嬉しい反面、理解できなくて。
「楽しいから、ココにいるんだけど?」
真顔で、返された。
おにぎりが、喉に詰まりそうになって味噌汁で流し込む。
少し噎せて咳き込むと、「大丈夫?」なんて背中をさすってくれるし。
「トモさんは、自分が可愛いって自覚、ない?」
「はいいいい?」
ハタチ過ぎた男に“可愛い”だと? しかもそれを、老若男女問わず誰からも“可愛い”と称されるだろう、おまえが言うのか? と朋樹はまじまじと櫂斗を見つめた。
「すっごいまじめに箸の在庫数えてるトコも、醤油瓶の輪っかの染みを必死でダスターで拭いてるトコも、空いた皿と勘違いしてまだ唐揚げ残ってんのに下げようとするトコも、全部可愛い以外の何物でもないんだけど?」
……よく、見てますね?
全く、何も意識しないでやっている行動一つ一つを拾われて、赤面してしまう。
「最初、ね。俺のごはん用意してくれようとして、で、慌てちゃって食器壊しちゃったでしょ?」
中学生の櫂斗が帰宅して、バイト用夕賄いを自分の夕飯として店から家に持って行くという習慣だった頃。
女将さんが不在でバイトもその時は自分しかいなくて。朋樹がその準備をしようとした時、誤ってお茶碗を一個、割ってしまったのだ。
焦っているうちに、他の食器も落としそうになったから、櫂斗がそっとその手を止めさせて「いいよ、俺自分でできるから」と可愛く笑ってくれたのが、初対面だった。
でも、どこをどう切り取っても、それはボケ朋樹と優しく可愛い櫂斗という光景以外、何にもならないもので。
「そん時に、あーなんて可愛いんだろー、この人、俺がいないとダメだー、って思ったんだ」
「……んな、情けない状態の俺見て、そこに可愛いって形容詞くっつけるのは有り得ないと思うんだけど」
「だって、可愛いじゃん。そん時のトモさんの小動物感、ハンパなかったもん」
「小動物感って……」
「護ってあげたい」
そう言って、櫂斗は朋樹の頬に付いていたご飯粒をそっとつまむと、口に入れて微笑んだ。
それはもう、可愛い、ではなく明らかに“オトコを誘う目”をしていて。
時間にして、恐らく僅か数秒のことだろう。
半開きの櫂斗の目は、窓からの朝日を受けて煌めいていて。
薄い唇の間に、細長い指の先端がそっと咥えられ、チラリと見える舌はピンク色。
「あ……え……」
これ、ノっていいヤツなのか、と朋樹がその目に吸い寄せられるように顔を近づける。
こっちの意思なんて、完全に操られているから、“理性”なんてネジは完全にぶっ飛んでしまっていて。
目を、閉じることすらできない。
唇の距離があと十センチ。
になったその瞬間。
朋樹のスマホが、鳴った。
ぱん、と弾かれるように朋樹がすっと姿勢を正す。
呪文が、解ける。
「……ちっ」
せっかく作り上げた空気を壊され、櫂斗が舌打ちした。
画面を見るとゼミの仲間からの電話で、昨夜資料作成していた時に連絡を取っていた相手だったから。
「あ。ごめん、ちょっと」と朋樹がリビングを出て行く。
一応、本業だからそっちが大事なわけで。
残された櫂斗は、ちょっと膨れて「もう、チャンスだったのに」と呟いてペットボトルの水を飲んだ。
櫂斗の今日の目標の一つが「トモさんと初ちゅう」だったりするのだが。
最低でも、手を握りたいってのがあって。
「あー。ちょっと早まったかなあ。先に手、握っとけばよかった」
しくったなー、と右手をわきわきさせる。
気持ちはきっと、伝わっていて。
半分くらいは多分、傾いてくれているハズ。
だって、さっきもあと一歩できっと目を閉じてくれていただろうし。
自分自身、キスなんて誰ともしたことないから。そこは、恐らく経験者な朋樹にリードして貰いたいけど。
トモさん、誘ったらオちそうなんだけどなー。
思ったより、自分への傾斜角度が大きいという手応えを感じているから、櫂斗としては一気に距離を詰めたい。
だからこそ、思い切り二人きりの空間を楽しめる“おうちデート”を提案したわけだけど。
ふわふわと流されるままに流されてくれそうな雰囲気の朋樹に、押し倒す気満々でいる櫂斗としても、さすがに自分自身の経験値が全くのゼロだから。
「ムズいー」
「何が?」
きょとん、とした顔なのがまた、可愛さ余って憎さ百倍。
電話を終えて戻って来た朋樹に、櫂斗は平静を装いながら隣に座るように促す。
少しでも、近くにいたい。
から。
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