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カウンター席に座る常連には、当然ながら女将さん目当てという客も少なからずいる。
女将さんは実は“おがた”の初代アルバイトで。つまり、要は大将が好みの女の子をバイトとして雇い入れた上、そのコを落として嫁にした、というのが簡単な歴史だったりするのだが。
大将が嫁である女将――夢乃――にベタ惚れである為、カウンターでどれだけ常連が女将さんを口説こうとも、大将の目というものが横で光っているわけで。
そんな状況下で自分を口説く、というツワモノは実は彼女の大好物である。
「夢乃ちゃーん。今度、俺と一緒にゴルフ行かない? 俺、手取り足取り、教えるよ?」
大将の幼馴染というこの男、中野がツワモノその一である。
近所で自転車屋を経営しているのだが、当然妻子がある。何なら、遠方に孫もいる。
けれどもほぼ毎日この店で瓶ビールを一本から二本飲んで、気持ちよく酔っ払って帰るのが日課となっているので、既に大将もこの男の誘いには眉一つ動かさない。
「んー。もーちょっと若かったらノってたかもー。あたし、運動神経ないんですよねー」
別の客の注文である小鉢を大皿から盛り付けながら、女将が笑う。
「中野さん、よく大将の前で堂々と女将さん口説きますよねー」
こちらも一人で飲んでいた杏輔が、感心して言う。
「そりゃそーよ。夢乃ちゃんはおいらの憧れだぜえ? も、何年も手を変え品を変え口説いてるさ」
へらへら笑いながら中野が答える。
「中野さんが口説いてくれるから、あたしは若さを保ってられるのー。あ、櫂斗。小鉢、座敷に」
「おけ」
櫂斗がコップ酒を用意し、それと一緒に女将の用意した小鉢を座敷へと運ぶ。
今日は火曜日。
平日だしピークを過ぎた時間だから店内はゆったりと動いていて。
「櫂ちゃん、大きくなったよなー」
杏輔が、空いた皿を下げてカウンターの中に戻ってきた櫂斗に目を細めた。
「えー。俺でも、まだあとちょっと背、おっきくなりたい」
シンクに溜まった洗い物の処理をしながら、櫂斗が主張する。
「いやいや、そーゆー意味じゃなくて。俺が初めて見た時の櫂ちゃんって中学生だったじゃん」
「おいらなんか、櫂ちゃんが生まれた時から知ってるぜ?」
中野がドヤる。
「おっちゃんはもう、客と思ってねーし、俺」
「なんだよ、そりゃ」
「親戚のおっちゃんだよなー。あ、ほのかごめん、座敷の灰皿下げてきて。さっき交換したけど、置きっぱだった」
今日は朋樹がゼミの集まりだとかでバイトは休み。ほのか一人でも大丈夫そうではあったが、ヒマだからと櫂斗がヘルプで入っているのだ。
「てかさー、そろそろ櫂ちゃん、やめよーよお。俺もう高二だよ? 櫂ちゃん、って」
昔馴染みの常連客は、いつだって櫂斗を子供扱いする。
「櫂ちゃんは櫂ちゃんだよ。おめえはいっつも夢乃ちゃんにくっついて、ぴーぴー泣いてやがって」
「やめてえ。もお、そんな百年も昔の話してんじゃねーよ」
「ばか言え、わずか数年前じゃ。おいらんとっちゃ、一週間前だね」
「このくそじじー。朋樹いる時にそんな話したら、出す酒全部ノンアルビールにしてやるからな」
櫂斗が睨むけれど、この場の全員がそんな表情すら“可愛い”としか思ってないから。
杏輔がふにゃふにゃと笑いながら櫂斗を見つめる。
「いやでも、櫂ちゃんが高校生ってのがほんと、信じらんねー」
「えー何でー? キョウさん俺もう二年だし。大人だしー」
「俺んとっては、櫂ちゃんはいつまでも中一の坊主だよ」
「野球止めてからやっと髪伸ばせるようになったんだから、坊主はもうしねーよ」
「いいじゃん坊主頭。櫂斗、夢乃ちゃんに似て可愛い顔してるから、坊主頭でも全然可愛いよ」
中野が笑いながら言う。
昔人間だから、男の子は坊主頭、というのがデフォな世代である。
「目がもう、ほんとにヤバい。男を誘う魔性ってヤツだ」
中野がうんうん頷きながらコップを空ける。
「おっちゃん、人をバケモンみたいに言ってんじゃねーよ」
すると杏輔も、
「いやいや、マジな話。俺も、櫂ちゃんならイケる気がする」目を細めてニヤニヤと嗤う。
「キョウさんどっちもイケる人じゃん」
「おまえら、じじーの前でそーゆーキワドイ話すんなよお。まったく、最近の若いヤツらはじぇんだーなんとかで、男も女もねえしなー」
中野が笑うと。
「さて、と。今日はも、二本空けたし、じじーはお暇するよ」
女将さんは実は“おがた”の初代アルバイトで。つまり、要は大将が好みの女の子をバイトとして雇い入れた上、そのコを落として嫁にした、というのが簡単な歴史だったりするのだが。
大将が嫁である女将――夢乃――にベタ惚れである為、カウンターでどれだけ常連が女将さんを口説こうとも、大将の目というものが横で光っているわけで。
そんな状況下で自分を口説く、というツワモノは実は彼女の大好物である。
「夢乃ちゃーん。今度、俺と一緒にゴルフ行かない? 俺、手取り足取り、教えるよ?」
大将の幼馴染というこの男、中野がツワモノその一である。
近所で自転車屋を経営しているのだが、当然妻子がある。何なら、遠方に孫もいる。
けれどもほぼ毎日この店で瓶ビールを一本から二本飲んで、気持ちよく酔っ払って帰るのが日課となっているので、既に大将もこの男の誘いには眉一つ動かさない。
「んー。もーちょっと若かったらノってたかもー。あたし、運動神経ないんですよねー」
別の客の注文である小鉢を大皿から盛り付けながら、女将が笑う。
「中野さん、よく大将の前で堂々と女将さん口説きますよねー」
こちらも一人で飲んでいた杏輔が、感心して言う。
「そりゃそーよ。夢乃ちゃんはおいらの憧れだぜえ? も、何年も手を変え品を変え口説いてるさ」
へらへら笑いながら中野が答える。
「中野さんが口説いてくれるから、あたしは若さを保ってられるのー。あ、櫂斗。小鉢、座敷に」
「おけ」
櫂斗がコップ酒を用意し、それと一緒に女将の用意した小鉢を座敷へと運ぶ。
今日は火曜日。
平日だしピークを過ぎた時間だから店内はゆったりと動いていて。
「櫂ちゃん、大きくなったよなー」
杏輔が、空いた皿を下げてカウンターの中に戻ってきた櫂斗に目を細めた。
「えー。俺でも、まだあとちょっと背、おっきくなりたい」
シンクに溜まった洗い物の処理をしながら、櫂斗が主張する。
「いやいや、そーゆー意味じゃなくて。俺が初めて見た時の櫂ちゃんって中学生だったじゃん」
「おいらなんか、櫂ちゃんが生まれた時から知ってるぜ?」
中野がドヤる。
「おっちゃんはもう、客と思ってねーし、俺」
「なんだよ、そりゃ」
「親戚のおっちゃんだよなー。あ、ほのかごめん、座敷の灰皿下げてきて。さっき交換したけど、置きっぱだった」
今日は朋樹がゼミの集まりだとかでバイトは休み。ほのか一人でも大丈夫そうではあったが、ヒマだからと櫂斗がヘルプで入っているのだ。
「てかさー、そろそろ櫂ちゃん、やめよーよお。俺もう高二だよ? 櫂ちゃん、って」
昔馴染みの常連客は、いつだって櫂斗を子供扱いする。
「櫂ちゃんは櫂ちゃんだよ。おめえはいっつも夢乃ちゃんにくっついて、ぴーぴー泣いてやがって」
「やめてえ。もお、そんな百年も昔の話してんじゃねーよ」
「ばか言え、わずか数年前じゃ。おいらんとっちゃ、一週間前だね」
「このくそじじー。朋樹いる時にそんな話したら、出す酒全部ノンアルビールにしてやるからな」
櫂斗が睨むけれど、この場の全員がそんな表情すら“可愛い”としか思ってないから。
杏輔がふにゃふにゃと笑いながら櫂斗を見つめる。
「いやでも、櫂ちゃんが高校生ってのがほんと、信じらんねー」
「えー何でー? キョウさん俺もう二年だし。大人だしー」
「俺んとっては、櫂ちゃんはいつまでも中一の坊主だよ」
「野球止めてからやっと髪伸ばせるようになったんだから、坊主はもうしねーよ」
「いいじゃん坊主頭。櫂斗、夢乃ちゃんに似て可愛い顔してるから、坊主頭でも全然可愛いよ」
中野が笑いながら言う。
昔人間だから、男の子は坊主頭、というのがデフォな世代である。
「目がもう、ほんとにヤバい。男を誘う魔性ってヤツだ」
中野がうんうん頷きながらコップを空ける。
「おっちゃん、人をバケモンみたいに言ってんじゃねーよ」
すると杏輔も、
「いやいや、マジな話。俺も、櫂ちゃんならイケる気がする」目を細めてニヤニヤと嗤う。
「キョウさんどっちもイケる人じゃん」
「おまえら、じじーの前でそーゆーキワドイ話すんなよお。まったく、最近の若いヤツらはじぇんだーなんとかで、男も女もねえしなー」
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