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土岐の告白の後、涙というものが好きじゃない恵那がいつものように“パン”と一つ手を叩くと、空気を入れ替えるように「ケーキ食おうぜ」なんて再び誕生日会モードに仕切りなおした。
二人が手を繋いでいる、なんてトコ以外は今までと変わりない状態でみんなで盛り上がり、涼の誕生日をお祝いする。
涼の幸せそうな笑顔が何よりもその場を彩っていて。
痛くて堪らなかった心が癒されていくのを恵那は感じていた。
これが見たかったから。
あの日の全力疾走も、隣で無理矢理笑っていた哀しみも、やっと報われる。
もうそれを自分に向けてくれないのはわかっているけれど、それでもこうして傍で見ることができるならそれで構わないのだ。
だって、涼は親友であることには変わりないのだから。
おまけに、弟の恋人なんだから。
いつだって傍で見守ることができる。
それだけでいい。笑ってさえいてくれればいい。
そう思いながら、五人の時間を心行くまで楽しんだ。
日曜日とは言え定演の練習はあったので、パーティの始まりは夕方だったし、既に夜の十時を過ぎていたから。
土岐はこのまま涼の部屋に泊まるよう恵那から言い渡され、三人はとっととお暇しよう、となったのだが。
「ところで、えなのカノジョって誰なのさ?」
そろそろお開きとばかりに、土岐を置いて三人で涼の家を出ようとした瞬間、涼が思い出したように訊いてきた。
「え?」
「これからデートするんでしょ? 誰? 僕の知ってる人?」
まさかの忘れ去られているだろう案件を、涼が掘り返してきた。
そんなのいるわけない、とばかりに完全に疑いの目で見るから。
「星羅」
仕方なく、思いついた名前を恵那がしれっと口にした。
「は?」
「キリエの友達の星羅だよ。こないだ響たちと会ってさ、そんで付き合おって」
恵那のその返事を聞いて、涼が大きくため息を吐く。
「違うでしょ、相手が」嘘つき、と睨む。
「なんで?」
「星羅ちゃんはえなのこと、趣味じゃないの知ってるし。それに……もう僕、わかってるから」
涼が腕を組んで仁王立ちになると。
「彼女、じゃないでしょ? えな、甲斐くんと付き合ってるんでしょ?」
人差し指を立てながら、はっきりと言い切られてしまう。
「はあ? なんで!」
「だって、こないだえなが合コンしまくってるって、甲斐くん怒ってたじゃん。えなだって、慌ててそれ言い訳に走ってたし。もうずっと、えなは甲斐くんのことばっかりじゃん」
まるで今までのイジりの仕返しの如く、ニヤニヤと嗤いながら涼が言う。
どうやら涼としては、恵那との関係は完全に“友達”に戻せたようで、もはや怖いものなし、という状態である。
「いやいやいやいや! 違うし! 絶対違うから! あいつは、ない、絶対ない!」
「なんで? お似合いだよ?」
「ちげーし! ありえねーし! あんなん、ただのクソガキじゃねえか!」
まさか涼から悠平イジりされるなんて思ってもみなくて。
ぶんぶんと首を振りながら否定する。
「俺の趣味、おまえだってわかってるだろーがよ!」
「知ってるよー、勿論。えなは、かーわいいコが好みだよね」
恵那の専売特許のくふくふ嗤いを見せて来る涼に。
「あいつのどこが可愛いってんだ! え? デケーしアホだしガツガツしてっし、どっこも可愛くねーだろがよ!」
「ガツガツってことは、何? そんなに迫られてんの?」
ふ、と不敵な表情で涼が言うと、恵那が真っ赤になって口ごもった。
その様子から“語るに落ちたな”と土岐にも言われ。
「で、今から会うわけね、甲斐くんと」
涼のそのセリフには慌てて「会うけど、ただの打合せだ!」と赤く染まったまま主張する。
「ええー? だって、もうこんな時間だよ?」
何打合せするって言うの? と涼が目を細めるから。
「いや、あいつが誕生日会の後でいいからって言って……」
「いつ終わるかなんてわかってなかったのに?」
「終わるまで待ってるからって……」
佐竹先輩とケリ付けてから、ゆっくり俺んトコ来たらいいから。と悠平が真面目な顔で言っていた。
「愛されてるねえ」
「されて、ねえし! だから定演の打合せだっつの! もうケツが見えてんだから、どんな時間になったって打合せはしなきゃなんねんだっつの!」
「でも二人きり、でしょ?」
「悪いか! 徹先輩たちへのサプライズ企画だから少人数で進めてんだ! しょーがねーだろ!」
響と土岐が今まで見慣れていた、恵那が涼に翻弄されている姿、というものがそこにはあって。
やっといつもの二人が見られたことが嬉しくて。
恐らく、他の誰も気付いていないのだろうけれど。
実は涼が恵那を操っている、という事実は限られた人間しか知らない。
「もう、観念しなよ。えなは甲斐くんのお姫様なんだから」
涼にそう言われて、真っ赤になって否定しまくるけれど、もう誰にも相手にされない恵那がいて。
最後まで「違う! 違う!」と喚き散らしている恵那は、仕方ないから響とキリエが回収して涼の家を出て行った。
土岐の告白の後、涙というものが好きじゃない恵那がいつものように“パン”と一つ手を叩くと、空気を入れ替えるように「ケーキ食おうぜ」なんて再び誕生日会モードに仕切りなおした。
二人が手を繋いでいる、なんてトコ以外は今までと変わりない状態でみんなで盛り上がり、涼の誕生日をお祝いする。
涼の幸せそうな笑顔が何よりもその場を彩っていて。
痛くて堪らなかった心が癒されていくのを恵那は感じていた。
これが見たかったから。
あの日の全力疾走も、隣で無理矢理笑っていた哀しみも、やっと報われる。
もうそれを自分に向けてくれないのはわかっているけれど、それでもこうして傍で見ることができるならそれで構わないのだ。
だって、涼は親友であることには変わりないのだから。
おまけに、弟の恋人なんだから。
いつだって傍で見守ることができる。
それだけでいい。笑ってさえいてくれればいい。
そう思いながら、五人の時間を心行くまで楽しんだ。
日曜日とは言え定演の練習はあったので、パーティの始まりは夕方だったし、既に夜の十時を過ぎていたから。
土岐はこのまま涼の部屋に泊まるよう恵那から言い渡され、三人はとっととお暇しよう、となったのだが。
「ところで、えなのカノジョって誰なのさ?」
そろそろお開きとばかりに、土岐を置いて三人で涼の家を出ようとした瞬間、涼が思い出したように訊いてきた。
「え?」
「これからデートするんでしょ? 誰? 僕の知ってる人?」
まさかの忘れ去られているだろう案件を、涼が掘り返してきた。
そんなのいるわけない、とばかりに完全に疑いの目で見るから。
「星羅」
仕方なく、思いついた名前を恵那がしれっと口にした。
「は?」
「キリエの友達の星羅だよ。こないだ響たちと会ってさ、そんで付き合おって」
恵那のその返事を聞いて、涼が大きくため息を吐く。
「違うでしょ、相手が」嘘つき、と睨む。
「なんで?」
「星羅ちゃんはえなのこと、趣味じゃないの知ってるし。それに……もう僕、わかってるから」
涼が腕を組んで仁王立ちになると。
「彼女、じゃないでしょ? えな、甲斐くんと付き合ってるんでしょ?」
人差し指を立てながら、はっきりと言い切られてしまう。
「はあ? なんで!」
「だって、こないだえなが合コンしまくってるって、甲斐くん怒ってたじゃん。えなだって、慌ててそれ言い訳に走ってたし。もうずっと、えなは甲斐くんのことばっかりじゃん」
まるで今までのイジりの仕返しの如く、ニヤニヤと嗤いながら涼が言う。
どうやら涼としては、恵那との関係は完全に“友達”に戻せたようで、もはや怖いものなし、という状態である。
「いやいやいやいや! 違うし! 絶対違うから! あいつは、ない、絶対ない!」
「なんで? お似合いだよ?」
「ちげーし! ありえねーし! あんなん、ただのクソガキじゃねえか!」
まさか涼から悠平イジりされるなんて思ってもみなくて。
ぶんぶんと首を振りながら否定する。
「俺の趣味、おまえだってわかってるだろーがよ!」
「知ってるよー、勿論。えなは、かーわいいコが好みだよね」
恵那の専売特許のくふくふ嗤いを見せて来る涼に。
「あいつのどこが可愛いってんだ! え? デケーしアホだしガツガツしてっし、どっこも可愛くねーだろがよ!」
「ガツガツってことは、何? そんなに迫られてんの?」
ふ、と不敵な表情で涼が言うと、恵那が真っ赤になって口ごもった。
その様子から“語るに落ちたな”と土岐にも言われ。
「で、今から会うわけね、甲斐くんと」
涼のそのセリフには慌てて「会うけど、ただの打合せだ!」と赤く染まったまま主張する。
「ええー? だって、もうこんな時間だよ?」
何打合せするって言うの? と涼が目を細めるから。
「いや、あいつが誕生日会の後でいいからって言って……」
「いつ終わるかなんてわかってなかったのに?」
「終わるまで待ってるからって……」
佐竹先輩とケリ付けてから、ゆっくり俺んトコ来たらいいから。と悠平が真面目な顔で言っていた。
「愛されてるねえ」
「されて、ねえし! だから定演の打合せだっつの! もうケツが見えてんだから、どんな時間になったって打合せはしなきゃなんねんだっつの!」
「でも二人きり、でしょ?」
「悪いか! 徹先輩たちへのサプライズ企画だから少人数で進めてんだ! しょーがねーだろ!」
響と土岐が今まで見慣れていた、恵那が涼に翻弄されている姿、というものがそこにはあって。
やっといつもの二人が見られたことが嬉しくて。
恐らく、他の誰も気付いていないのだろうけれど。
実は涼が恵那を操っている、という事実は限られた人間しか知らない。
「もう、観念しなよ。えなは甲斐くんのお姫様なんだから」
涼にそう言われて、真っ赤になって否定しまくるけれど、もう誰にも相手にされない恵那がいて。
最後まで「違う! 違う!」と喚き散らしている恵那は、仕方ないから響とキリエが回収して涼の家を出て行った。
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