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「あんたさ、今自分がどんな顔してるかわかってる?」
パート練習の合間、ぼーっとしていた恵那に悠平が話しかけてきた。
「へ?」
「いや、まあいっけど。あのさ、ダンスメドレーの練習いつやんのさ?」
定期演奏会でもダンス部とコラボ曲がある。充樹が演奏は任せていいと言ってくれたので、恵那もダンスに加わることにした。そして恵那が踊る以上、悠平だってそっちに参加するわけで。
ようやく受験を終えた徹と辰巳も一緒に踊るのは決まっていた。
「あ。やべ、スケジュール組むの忘れてた」
「おいおい、しっかりしろよ。俺らもうヒマ持て余してんだからさ」
パート練習に参加していた辰巳が突っ込んでくる。
「あんたらは演奏の練習してろよな。二部から載るんだろ?」
「田丸っちの仕切りだから、あんなんノリで行けるっつの。恵那も真面目に練習してんの一部の曲ばっかだろがよ」
第二部の指揮者である田丸教諭は、結構ナめられている感は否めない。
実際、地元のゆるキャラみたいな雰囲気の先生だから、指揮はしているけれど曲の流れは基本的にパーカッションが引っ張っていて。ただの“お飾り指揮者”である。
「奏がドラムやってる曲は、俺ら完璧だからね」
メインのジャズは毎年恒例の曲もあるから、定演練習期間が短い三年生も余裕。むしろ第三部の曲の方が、最新曲が多いので練習は必要なのだ。指揮も河野先生だから気を抜けないし。
「一年で踊るのは悠平だけ?」
徹が訊くと「あー、サックスは。でも日向も踊るし、他にも何人かいますよ」とちゃんと敬語で喋る。
悠平はちょっとだけこの徹先輩に対してビビっていたりする。どうしても“部長”という肩書が光って見えるらしい。恵那はいつもそれを鼻で嗤っているけれど。
「一曲まるっと完コピすんだろ? 大丈夫なのか?」徹が眉を寄せるから「自信ねーなら演奏しとけよ」と恵那がニヤニヤと嗤う。
「おまえなあ。どっからどう見ても先輩に対する態度じゃねーだろ!」さすがに徹がキれると。
「えー、ちゃんと敬意払ってんじゃん。俺、徹先輩のことはちゃんと先輩呼びしてっし」
「呼び方だけだろがよ。ったく。しょーがねーからスケジュール管理、俺らがやってやるよ。おまえ、ステージ演出で忙しいんだろ?」
去年部長として定演の演出で駆け回っていた徹である。肩書こそ“部長”ではないが、恵那こそが裏の部長ということはわかっているから。芝崎を立てながら陰で駆け回っているのは見えている。
「それなら悠平、おまえ徹先輩に付いとけ」
「え?」
「あー、いらんいらん。来年の勉強なら恵那のフォローのが大事」
さすがに恵那が悠平に何をさせたいのかは徹にもわかる。
いわば自分の後継者として悠平を選んだのだろう。企画の話をする時には悠平を立ち会わせているし、時には悠平にも発言させる。
「俺がやることなんて大したことじゃねーからな。あと一か月ちょいだから、悠平は恵那にくっついとけ」
それに。
恵那にフォローが必要なのは、きっとプライベートに関しても。
涼との関係が上手く行っていないことは、徹も気付いていた。かと言って、それを表に出すこともしなければ自分たちを頼ることもしないだろうことも、わかっていて。
受験で忙しい時に一度だけ見せた弱音を自分たちは見ないふりをしたから。
代わりに悠平に託した。
だから、今恵那に必要なのは自分達三年じゃなく、恵那を慕っているこの番犬みたいな存在だろう。
「これからしばらく、死ぬほど忙しいからな、恵那は。おまえがフォローしてやれよ。来年定演のメインで動くのはおまえらの代なんだから」
徹が言うと辰巳も横で頷いた。
「あんたさ、今自分がどんな顔してるかわかってる?」
パート練習の合間、ぼーっとしていた恵那に悠平が話しかけてきた。
「へ?」
「いや、まあいっけど。あのさ、ダンスメドレーの練習いつやんのさ?」
定期演奏会でもダンス部とコラボ曲がある。充樹が演奏は任せていいと言ってくれたので、恵那もダンスに加わることにした。そして恵那が踊る以上、悠平だってそっちに参加するわけで。
ようやく受験を終えた徹と辰巳も一緒に踊るのは決まっていた。
「あ。やべ、スケジュール組むの忘れてた」
「おいおい、しっかりしろよ。俺らもうヒマ持て余してんだからさ」
パート練習に参加していた辰巳が突っ込んでくる。
「あんたらは演奏の練習してろよな。二部から載るんだろ?」
「田丸っちの仕切りだから、あんなんノリで行けるっつの。恵那も真面目に練習してんの一部の曲ばっかだろがよ」
第二部の指揮者である田丸教諭は、結構ナめられている感は否めない。
実際、地元のゆるキャラみたいな雰囲気の先生だから、指揮はしているけれど曲の流れは基本的にパーカッションが引っ張っていて。ただの“お飾り指揮者”である。
「奏がドラムやってる曲は、俺ら完璧だからね」
メインのジャズは毎年恒例の曲もあるから、定演練習期間が短い三年生も余裕。むしろ第三部の曲の方が、最新曲が多いので練習は必要なのだ。指揮も河野先生だから気を抜けないし。
「一年で踊るのは悠平だけ?」
徹が訊くと「あー、サックスは。でも日向も踊るし、他にも何人かいますよ」とちゃんと敬語で喋る。
悠平はちょっとだけこの徹先輩に対してビビっていたりする。どうしても“部長”という肩書が光って見えるらしい。恵那はいつもそれを鼻で嗤っているけれど。
「一曲まるっと完コピすんだろ? 大丈夫なのか?」徹が眉を寄せるから「自信ねーなら演奏しとけよ」と恵那がニヤニヤと嗤う。
「おまえなあ。どっからどう見ても先輩に対する態度じゃねーだろ!」さすがに徹がキれると。
「えー、ちゃんと敬意払ってんじゃん。俺、徹先輩のことはちゃんと先輩呼びしてっし」
「呼び方だけだろがよ。ったく。しょーがねーからスケジュール管理、俺らがやってやるよ。おまえ、ステージ演出で忙しいんだろ?」
去年部長として定演の演出で駆け回っていた徹である。肩書こそ“部長”ではないが、恵那こそが裏の部長ということはわかっているから。芝崎を立てながら陰で駆け回っているのは見えている。
「それなら悠平、おまえ徹先輩に付いとけ」
「え?」
「あー、いらんいらん。来年の勉強なら恵那のフォローのが大事」
さすがに恵那が悠平に何をさせたいのかは徹にもわかる。
いわば自分の後継者として悠平を選んだのだろう。企画の話をする時には悠平を立ち会わせているし、時には悠平にも発言させる。
「俺がやることなんて大したことじゃねーからな。あと一か月ちょいだから、悠平は恵那にくっついとけ」
それに。
恵那にフォローが必要なのは、きっとプライベートに関しても。
涼との関係が上手く行っていないことは、徹も気付いていた。かと言って、それを表に出すこともしなければ自分たちを頼ることもしないだろうことも、わかっていて。
受験で忙しい時に一度だけ見せた弱音を自分たちは見ないふりをしたから。
代わりに悠平に託した。
だから、今恵那に必要なのは自分達三年じゃなく、恵那を慕っているこの番犬みたいな存在だろう。
「これからしばらく、死ぬほど忙しいからな、恵那は。おまえがフォローしてやれよ。来年定演のメインで動くのはおまえらの代なんだから」
徹が言うと辰巳も横で頷いた。
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