コレは誰の姫ですか?

月那

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 あれから。
 涼の気持ちが土岐に行ってるのか、それともちゃんと自分に向いているのか。そんなことを気にしていられる状況ではなくなった。

 吹奏楽コンクール、支部大会に向けて朝から夜までひたすら楽器と向き合う毎日となり、合奏練習は連日ホールを使用して本番さながらの緊張感を持って臨む。その場には河野の怒声が響き渡り、もはや鬼の形相となっているから全員が食い殺されかねない勢いである。

 支部大会で金賞、なんてのはもう当たり前。それだけじゃなく全国大会出場権を獲得する為にはそこで最高評価をもらわなければいけない。
 一音のミスも許されないし、どのフレーズにも一切の妥協は許されない。
 
 総てが部活中心の生活になっていたから、涼も恵那の家に寄ることもなく学校と家の往復を藤堂の送迎に甘えていた。

 だから。
 その支部大会が終わった日。
「明日、響の誕生日会、ウチでやるぞ」
 と恵那が涼に言ってきたのは、結果がダメ金で全国への切符を逃し、三年生が打ちひしがれている最中で。
「え?」
「土岐と響も、今日合宿から帰って来るからさ。明日、どーせ俺らも一日休みだし、夕方集まろう」

 切り替えが早いにも程がある、と涼が呆れ返っていると。
「だって終わっちまったモンはもう、どーしよーもねーじゃん。俺ら、まだ来年もあるし、とっとと切り替えよーぜー」
 と恵那がいつものようにへらへらと言った瞬間、徹の鉄拳が飛んだ。

「ってーな、何すんだよ!」
「だからおまえはデリカシーがねー、つってんだ!」
「何がとっとと切り替えよーぜ、だ、あほか! おまえには、俺ら先輩を労うって気持ちはねーのかよ!」
 徹に続いて辰巳も怒声を恵那に浴びせる。

「なんだよ、ここで先輩らと一緒に俺も泣いてやりゃいいのかよ? 違うだろ? 俺ら全員、出しきったじゃん! 全力でやったし、後悔するような演奏はしてねーし!」
 恵那が言い放つと、周囲にいた全員、俯いていた顔を上げた。

「ミスなんか、誰もしてねーし。ちゃんと、やれることやった。評価は、だって金じゃん。そりゃ、代表目指してたからそこに至らなかったっつーのは、悔しいよ。でも、そんなんグダグダやってもしょーがねーじゃん」
 恵那のセリフに、
「そうだな。恵那の言う通りだ。おまえらの演奏は、どこに出しても恥ずかしくない、立派なモンだったよ」
 と河野が、ここ数日の鬼の形相が嘘のように、穏やかで温かい笑顔を見せた。

「先生……」
「今日一日は、泣いてもいいさ。悔し泣き、必要だと思うよ。でもさ、いつまでも悔やんでる必要なんかないから。みんなが今日まで頑張ったこと、今日全力で楽しんで演奏したこと、それを誇りに思えばいい。全部全部、みんなの人生の糧になってるから」
 河野が言うと、三年がほぼ全員男泣きする。

 本番に向けて、部員一丸となって目標に向かっていたし、それに誰よりも寄り添っていた監督である河野。
 その人の心からの労いの言葉に、三年生だけじゃなく部員全員が感動の涙を流し、舞台に乗れなかったメンバーさえもが次への想いに胸を撃たれていて。
 誰もが隣の者と肩を組んでお互いの健闘を讃え合っていた中。

「だから! 俺、湿っぽいのヤなんだよ。先生、泣かすなよー、もう」
 恵那が眉を寄せ、フンと鼻を鳴らす。
 目をうるうるさせていた涼の頭をポンポンしながら「やってらんねー」なんて呟いた。
 けれども、恵那の言葉に込められたその何よりも前向きな態度は徹たち三年生にもちゃんと伝わっているから。
「恵那はもう、黙りなさいって。ほんとは先輩たちのこと一番尊敬してんのなんか、みんなわかってんだから。わざわざ憎まれ口、叩かない」
 河野が苦笑すると、さすがに照れ隠しのように口を尖らせて。

「んじゃ。とにかく今日はお疲れ様。みんな、明日は一日ゆっくり休んで、明後日から、今度は文化祭に向けての練習始めるから」
 ぱん、と手を叩いて指示を出すと。
「三年にとってはラストコンサートだ。俺らに最後までついて来てくれ」
 徹も部長として普段見せない真面目な顔でその場を締めた。
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