コレは誰の姫ですか?

月那

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 その日、涼が恵那の部屋に泊まった。
 翌日はコンサート本番で。
朝から集合して準備しないといけないから、と恵那が「泊まってけ」なんて言い出して。
 キリエは櫻子の運転手がそのまま自宅まで送り届けるから、と帰ってしまったし。
 それなら久々にラブラブしよーぜ、と恵那が誘ったのだ。

「テナーサックスの美穂ちゃん、ってわかる?」
 夕食も終え、ベッドでまったり動画なんて観ていて、ふと思い出したように恵那が言った。
「わかんないよお。きーちゃんときーちゃんのお友達くらいとしか、お話してないもん、僕」
 えなは女子に囲まれて楽しそうだったみたいだけど、と軽くイヤミは言っておく。

「まあまあ、それはともかく。美穂ちゃんってさ、一年生なんだけど。お姉ちゃんが三年でチアやってんだって」
「あ、じゃあ甲子園の応援に来てたの?」
「らしいよー。で、美穂ちゃんたちもさ、ほんとは応援行きたかったんだって」
「ええー、モノ好きだなー」
「いやいや。涼みたいなヤツのが珍しいって。みんな甲子園なんて、行きたいに決まってんじゃん」
「初戦敗退しちゃったけど?」
「あの場に行けるってことだけで凄いんだっつの。要は全国大会ってことだぜー?」
「あー、ま、そっかー」

 シングルベッドで、身体をぴったりくっつけて。お互いの体温を感じるけど、でもそれ以上のことはしない。
 涼が嫌がるのをわかっているから。
 でも一緒に寝ることも、くっつくことも、キスだって涼は嬉しそうに甘えてくれる。
 だから、恵那は涼を誘う。
 土岐じゃなくて、自分こそが涼の隣にいることが自然なのだと、涼に刻み付ける。
 下らない話でいい。なんでもいいから、涼を笑わせていたい。

 きっとどこかで、トラウマになっている自分にとっての土岐の存在。
 初恋の女の子もどれだけ自分が笑わせても、結局土岐を好きになった。
 そんな過去をまた繰り返すなんて、嫌だ。
 涼は、土岐に取られたくない。

「M女のチア、可愛かったなー」
「うんうん。あれは、僕も見れて良かった」
 深緑と臙脂と濃紺。制服に使われている基本の三色。その色のポンポンを振り回して、恵那たちが演奏する校歌や、他にもいろんな曲に併せて元気よく踊っていたM女のチアメンバーを涼も思い出す。

 突然の甲子園へのチケットに学校中で大騒動になって、当然吹部だって振り回されたけれど。
 おまけに散々ドタバタした挙句にあっさり初戦敗退なんて結果ではあったけれど。
 でも、いい思い出になったのは事実で。
 涼の体力のなさを河野先生もわかっていたから、声出し応援だけでいいと言ってくれて。そんなの涼だけじゃなくて、何人もいたし。
 実際、遠征の荷物を減らす目的も相俟ってブラスメンバーは最終的に希望者のみとなった。けれど、応援団としては野球部の保護者やOB、吹部のOBもいたからかなりの大所帯で。涼もただただあの空間を楽しんだ。

「涼、あれに紛れてもバレんかったんじゃね?」
「もお、怒るよお。僕の女装なんて誰が喜ぶんだよ?」
「えー。見たいヤツ結構いたと思うけど」
「いないし!」
 僕はオトコだ、といつものように主張しようとした瞬間、
「少なくとも、俺は見たかったなー」なんて恵那が笑って。
 でもその顔は全然バカにしてる感じじゃなくて。
 目を細めて、その目が“可愛い”って言っているから。

「……りょお」甘い声で名前を呼んで、そっと涼の頭を引き寄せた。
 目を閉じた涼に唇を重ねて。
 好きだと、伝える。
 何度も啄むようにキス。そして、抱き寄せて舌を絡ませて。

 めったに二人きりになれることなんてないから、久しぶりに濃厚なキス。
 本音を言えば理性なんてクソくらえ、な恵那だけれど。
 そんなことをして涼を手放すなんて、愚の骨頂。
 だから、ぎゅっと抱きしめて腕の中で冷静に涼を味わう。
 それでいい。
 それだけで、いい。

 ただこの腕の中にいてくれるだけでいいのだ。
 この温もりを、いつまでも傍に感じていたいから。
 誰にも、渡したくないから。

 これは、俺だけのモノだから……。
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