コレは誰の姫ですか?

月那

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「先生! これだけはもう、信じて欲しい! 俺らは紳士だ! ジェントルメンだ!」
 と、音楽準備室で徹が主張した。
 今年はシード校として県代表が決まっていたのだが、同じく県代表を勝ち取ったM女と今年もミニコンサートを開催するという話が持ち上がったのは県大会の直後で。
 けれども去年のような、お互いの学校が完全に分離して練習して、合同ステージの練習すらリハで舞台上のみなんてのは、本来の“交流”を目的とするものではないのか、という主張である。

 たまたま県大会後、M女のキリエを仲介して向こうの幹部と話す機会ができた徹たちが、お互いに同じことを考えていたということを知り。
 ならば先生たちに直談判して、もうちょっと交流できる場を作りたいと申し出たのだ。

「男子高女子高なんて別れてるってこと自体、時代遅れなわけだろ? だったらさ、せめて交流があるウチとM女さんがさ、お互いに仲良く交流してよりいい演奏を作り上げるってのは、もう時代の流れ的に当然のことだと思う」
 音楽準備室ではこの日、M女の吹部の指導者と合同でミニコンサートの話し合いが行われており、そこに現役生徒という当事者が入れないのはいかがなものか、ということも前もって徹から話していたから。
 その主張を聞き入れた河野が、会議の途中で徹たち幹部数名を中に入れてくれたのだ。

「河野先生。これは、私どもの学校方針としては今すぐに賛成できる意見ではありません。一度持ち帰りたいと思っていますが」
 M女からは監督である年配の女性教諭と、副顧問の女性、楽器指導の講師が出席していて、額に怒りマークを浮かべつつも静かな口調で監督がそう言った。
「あ、そりゃー勿論です。ただ、私としましては、やはりここは生徒の希望を聞き入れるべきだと思ってますので。高校生ですし、物事の分別はちゃんとつくと信じてますから」
 ふにゃふにゃと笑いながらも、河野の言葉には芯があって。「自分が指導している生徒は、自分が一番信じているのだ」というまるで熱血教師的なニュアンスを込めていた。

 実際。M女にある――恵那の学校にはない――男女交際禁止、という校則は現在校内でも問題視されていて。生徒だけでなく、保護者からもそんな時代錯誤な校則は撤廃すべきだという議題は何度も校内の会議で持ち上がっている。
 しかも、ミニコンサートは総てこちらの学校がホール使用も含め練習場所も提供している状態で開催される。
 男子高に女子生徒が出入りする、という事実を“誰とも接触しないで”実行するなんて、不自然にも程がある。
 去年、どれだけこちらが気を遣ったか、なんてことは当然M女側だってわかっているわけで。

 男子生徒と接触する、即男女交際に発展する、というわけでもないから。
 もはやお互いの生徒の交流を総て頭から否定するなんてことは、人権問題である。

 結局その主張はM女側にも通り。
 まず何が起きたかと言うと。
「ええ! 何、キリエってM女? 女の子お?」と瞠目する二年三年男子と、それを見てくふくふ嗤っている恵那、という図があちこちで発生した。

「ウソだろ? どゆことだ?」
 とりあえず、フルートの山崎に眉をしかめて問い詰められ。
「ま、ちょっとしたサプライズ?」
「だって……あんな、堂々とうちで合奏に入って……」
 クマのぬいぐるみのような山崎が眉間にシワを寄せ、それを指で撫でながら考える人、なポーズをしている姿は、ただの「ミツバチに困っているクマのプーさん」でしかなくて。
 それを遠目に見ていたキリエが「かわいー」なんてクスクス笑っていたのはキリエの友人しか知らない。

「ったく、この男だけは……水ダウかよ」
 サックスのパートリーダー、宮脇が大きくため息を吐いた。
 さすがに、パート練習を合同でするのは本番三日前から、と言われ。
 今はまだ女子は女子で別の教室を使ってパート練習をしている。
 ま、その部屋を覗きに行くのは自由だから、意味もなく廊下をうろつく男子生徒の図、というのはあちこちで見受けられるが。

「辰巳と徹は知ってたのか?」
「まあ、一応な」宮脇に問われた徹が渋々頷く。
「俺もなー、おかしいとは思ったんだよ。ありゃー、いくらなんでも可愛すぎるだろって」
 どこからどう見てもただの美少女なのに、中学生男子です、なんて顔で堂々と演奏していたから。いや、一言も男子ですなんて、キリエは言っていないわけだが。

「でも涼だって可愛いじゃん」
 恵那がドヤると「種類が違うだろ! 可愛いつったって、佐竹はちゃんと男子だ!」と宮脇が突っ込んだ。

「ま、いいや。そんなんもうどーでもいいから、練習しよーぜー」
 くふくふいつものようにふざけた笑いを見せて恵那が言うと。
「おめーが言うな!」とサックス連中に睨まれた。
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