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新入部員も確定し、新体制となった吹奏楽部。
恵那のおかげがどうかは不明だが、例年に較べても確実に人数が多いから、古い楽器をメンテナンスに出したり、予算申請して新しく購入したり。嬉しい悲鳴を上げつつも、少しずつ纏まってきている、という様子で。
六月にはすぐ、市内の吹奏楽交流会があるから、その舞台に向けてある程度カタチにしないといけない。コンクールに向けてはまだまだ何も確定していない状況だから、まずは目先のステージから一つずつ、である。
「恵那先輩って、なんか、びっくり箱」
悠平にそう言ったのは一年のバリトンサックスを担当することになった熊谷充樹。悠平とはクラスも一緒で、元々の友人である日向と三人でいつもつるんでいる。
熊、が名前に付くせいか、とにかく背が高くて横にも大きい。先輩たちが“南先輩そっくり”と言って笑っていて、初心者だけれど“だからバリサクね、クマちゃんは”と言われた。
「何それ?」日向がタコさんウィンナーを箸で刺して問う。
「いっつもふざけてるし、へらへら笑ってんのに、音がやたらと色っぽい」
「あー……うん、それな」
悠平も、認めたくはないけれど、認めざるを得ない。
だって本当に、初めて恵那のちゃんとした演奏を聴いた時に自分だってびっくりしたから。そのちょっとした掠れ具合が絶妙な色気を放っている音は、でも時折ズン、とお腹に響く力強さがあって。
緩急のつけ具合が、聴いている者の一番欲しいトコを擽るから。
色っぽい、というのが一番適切な表現になるのだ。
「めっちゃ怖いって噂、あったじゃん? でも全然違くてさ。一個ずつ丁寧に教えてくれんの。それも、ただ答えを教えるんじゃなくて、答えを導いてくれるっつーか」
充樹が初心者なのはわかっているから、当然だけれど基礎的なことは丁寧に教えてくれる。
でも、それだけじゃなくて、どうやったらこんな音が出るか、とか、フレーズをこんな風に感じると思ったら、それを表現するには何が大事か、というのを教えてくれる。
考えて、自分で出した答えってのを一番大事にしているみたいで、その答えに辿り着く為のヒントを示してくれるのだ。
「なんかさ。三年の先輩たちみんな、あんっなにふざけてる恵那先輩のこと、なんで怒ったりしないんだろって思ってたんだけどさ。なんか、でもわかる気がする。基本的に、あの人可愛いんだよね」
充樹がちょっと目を細めた。
恵那先輩に“可愛い”とはっきり言う人間なんて、誰もいない。そんなの思っていても絶対に言わせないのが恵那だし、大体表面だけ見てたら容姿こそ綺麗な人だけれど、どっからどう見ても“可愛い”なんて表現が値しないから。
ただ。
恵那先輩と佐竹先輩はどうやら付き合っているらしいという事実を、悠平は何故か辰巳先輩から聞かされた。
不貞腐れて恵那を睨んでいた悠平に、「変な誤解してるみたいだから言っとくけど、二人はちゃんと両想いなんだから。そっと見守ってやれ」と。
そんな辰巳先輩の口ぶりは完全に、恵那が可愛くて仕方ない、という感情が含まれているもので。
「日向はさ、三宅先輩派だから佐竹先輩が恵那先輩といるの、ちょっとアレな気がすんだろうけど、俺なんかは結構恵那先輩がモテるの、わかるんだよね」
「三宅先輩派、っつーか。だって佐竹先輩の横にいて一番しっくりくるのって、恵那先輩じゃなくて三宅先輩だと思うし」
「ま、それはわかるよ。二人共同じマイナスイオン出してるっぽいもんな。なんか、癒し空間」
充樹の表現が絶妙で、日向も悠平も“それな!”と思わず頷く。
「ホルンって、三年の先輩も優しそう」
悠平が言うと「うん、めっちゃ優しい。俺なんか、しょっちゅう音外してんのに、大丈夫大丈夫って笑ってくれる」と日向がぶんぶん首を縦に振って。
「いや、外しちゃいかんだろーがよ」
「ホルンは難しいんだってば。基本裏メロばっかだし、裏打ちばっかだしさ」
「でもそれがいんだろ?」
悠平がニヤリと笑う。日向の表情がセリフに伴わず楽しそうなのがわかるから。
「その点アルトサックスは、メロディーばりばりだろ? 目立つし、やっぱカッコイイよなー」
充樹がちょっとだけ羨ましい、という感じで言うから。
「いや、さすがにメロディーはファーストやってる徹先輩だから。木管は基本、連符に振り回されてるからなー」
「俺、悠平の楽譜見ていつもゾっとする。なんか、音符いっぱいあって黒っぽいもんな」
フルートやクラリネットの細かい音の羅列に負けず劣らずアルトサックスも連符まみれで。メロディーはそこそこあるからカッコいいかもしれないが、そればかりじゃないから。
「ま、それぞれオイシイばっかじゃないってね。苦労するから完成したら楽しいし。何より合奏でみんなの音がこう、ばーん! ってなるのがすげー気持ちイイもんな」
悠平が言うと二人とも頷いた。
「俺、やっぱ基本的に恵那先輩はちょっと苦手っつーか、あんま、好きにはなれそうにないけどさ。でも、吹部はめっちゃ楽しい。入って良かった」
「えー。悠平、恵那先輩イイ人だってば」
「充樹にとっては、ね。やっぱ俺も日向と同じ三宅先輩派だな」
「だから、別に俺だって三宅先輩派、ってわけじゃねーって」
変な派閥作るつもりなんてないから、日向が慌てて否定する。
「でも佐竹先輩が三宅先輩とくっついたらいいなーとは思ってるだろ?」
「そりゃ、まあ……」
「だから、三宅先輩のこと、応援してやんのさ」
そう言った悠平の目が。ちょっとだけ光っていて。それは何やら企んでいるように見えたから。
日向と充樹は、このイタズラ坊主が問題を起こさなければいいが、と少し気になった。
新入部員も確定し、新体制となった吹奏楽部。
恵那のおかげがどうかは不明だが、例年に較べても確実に人数が多いから、古い楽器をメンテナンスに出したり、予算申請して新しく購入したり。嬉しい悲鳴を上げつつも、少しずつ纏まってきている、という様子で。
六月にはすぐ、市内の吹奏楽交流会があるから、その舞台に向けてある程度カタチにしないといけない。コンクールに向けてはまだまだ何も確定していない状況だから、まずは目先のステージから一つずつ、である。
「恵那先輩って、なんか、びっくり箱」
悠平にそう言ったのは一年のバリトンサックスを担当することになった熊谷充樹。悠平とはクラスも一緒で、元々の友人である日向と三人でいつもつるんでいる。
熊、が名前に付くせいか、とにかく背が高くて横にも大きい。先輩たちが“南先輩そっくり”と言って笑っていて、初心者だけれど“だからバリサクね、クマちゃんは”と言われた。
「何それ?」日向がタコさんウィンナーを箸で刺して問う。
「いっつもふざけてるし、へらへら笑ってんのに、音がやたらと色っぽい」
「あー……うん、それな」
悠平も、認めたくはないけれど、認めざるを得ない。
だって本当に、初めて恵那のちゃんとした演奏を聴いた時に自分だってびっくりしたから。そのちょっとした掠れ具合が絶妙な色気を放っている音は、でも時折ズン、とお腹に響く力強さがあって。
緩急のつけ具合が、聴いている者の一番欲しいトコを擽るから。
色っぽい、というのが一番適切な表現になるのだ。
「めっちゃ怖いって噂、あったじゃん? でも全然違くてさ。一個ずつ丁寧に教えてくれんの。それも、ただ答えを教えるんじゃなくて、答えを導いてくれるっつーか」
充樹が初心者なのはわかっているから、当然だけれど基礎的なことは丁寧に教えてくれる。
でも、それだけじゃなくて、どうやったらこんな音が出るか、とか、フレーズをこんな風に感じると思ったら、それを表現するには何が大事か、というのを教えてくれる。
考えて、自分で出した答えってのを一番大事にしているみたいで、その答えに辿り着く為のヒントを示してくれるのだ。
「なんかさ。三年の先輩たちみんな、あんっなにふざけてる恵那先輩のこと、なんで怒ったりしないんだろって思ってたんだけどさ。なんか、でもわかる気がする。基本的に、あの人可愛いんだよね」
充樹がちょっと目を細めた。
恵那先輩に“可愛い”とはっきり言う人間なんて、誰もいない。そんなの思っていても絶対に言わせないのが恵那だし、大体表面だけ見てたら容姿こそ綺麗な人だけれど、どっからどう見ても“可愛い”なんて表現が値しないから。
ただ。
恵那先輩と佐竹先輩はどうやら付き合っているらしいという事実を、悠平は何故か辰巳先輩から聞かされた。
不貞腐れて恵那を睨んでいた悠平に、「変な誤解してるみたいだから言っとくけど、二人はちゃんと両想いなんだから。そっと見守ってやれ」と。
そんな辰巳先輩の口ぶりは完全に、恵那が可愛くて仕方ない、という感情が含まれているもので。
「日向はさ、三宅先輩派だから佐竹先輩が恵那先輩といるの、ちょっとアレな気がすんだろうけど、俺なんかは結構恵那先輩がモテるの、わかるんだよね」
「三宅先輩派、っつーか。だって佐竹先輩の横にいて一番しっくりくるのって、恵那先輩じゃなくて三宅先輩だと思うし」
「ま、それはわかるよ。二人共同じマイナスイオン出してるっぽいもんな。なんか、癒し空間」
充樹の表現が絶妙で、日向も悠平も“それな!”と思わず頷く。
「ホルンって、三年の先輩も優しそう」
悠平が言うと「うん、めっちゃ優しい。俺なんか、しょっちゅう音外してんのに、大丈夫大丈夫って笑ってくれる」と日向がぶんぶん首を縦に振って。
「いや、外しちゃいかんだろーがよ」
「ホルンは難しいんだってば。基本裏メロばっかだし、裏打ちばっかだしさ」
「でもそれがいんだろ?」
悠平がニヤリと笑う。日向の表情がセリフに伴わず楽しそうなのがわかるから。
「その点アルトサックスは、メロディーばりばりだろ? 目立つし、やっぱカッコイイよなー」
充樹がちょっとだけ羨ましい、という感じで言うから。
「いや、さすがにメロディーはファーストやってる徹先輩だから。木管は基本、連符に振り回されてるからなー」
「俺、悠平の楽譜見ていつもゾっとする。なんか、音符いっぱいあって黒っぽいもんな」
フルートやクラリネットの細かい音の羅列に負けず劣らずアルトサックスも連符まみれで。メロディーはそこそこあるからカッコいいかもしれないが、そればかりじゃないから。
「ま、それぞれオイシイばっかじゃないってね。苦労するから完成したら楽しいし。何より合奏でみんなの音がこう、ばーん! ってなるのがすげー気持ちイイもんな」
悠平が言うと二人とも頷いた。
「俺、やっぱ基本的に恵那先輩はちょっと苦手っつーか、あんま、好きにはなれそうにないけどさ。でも、吹部はめっちゃ楽しい。入って良かった」
「えー。悠平、恵那先輩イイ人だってば」
「充樹にとっては、ね。やっぱ俺も日向と同じ三宅先輩派だな」
「だから、別に俺だって三宅先輩派、ってわけじゃねーって」
変な派閥作るつもりなんてないから、日向が慌てて否定する。
「でも佐竹先輩が三宅先輩とくっついたらいいなーとは思ってるだろ?」
「そりゃ、まあ……」
「だから、三宅先輩のこと、応援してやんのさ」
そう言った悠平の目が。ちょっとだけ光っていて。それは何やら企んでいるように見えたから。
日向と充樹は、このイタズラ坊主が問題を起こさなければいいが、と少し気になった。
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