コレは誰の姫ですか?

月那

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「おいおい、そんだけかよ?」
 と、突然そんな声がかかった。コソコソと覗いていたらしい辰巳だ。

「なん? 俺が喧嘩おっぱじめるとでも思ってたのかよ?」
 驚いて固まっている悠平の横で、振り返った恵那がくふくふ嗤う。
「思ってたさ、当たり前だろ。そーなったら俺、恵那蹴とばしてでも止めねーといかんなーって思ってたんだけどな」
「おいおい、なんで俺が蹴られんだよ?」
「そりゃ、可愛い一年生護ってやんのが、三年生のツトメって奴だから」
 辰巳がへらへら笑う。

「だから、俺はもう喧嘩はしねーっつの」
「お? どうした、殊勝なこと言って」
 辰巳の横で徹が驚くから。
「そういう約束なんだよ。涼の傍いるためには、俺はイイコじゃなきゃいけねーの」
「恵那がイイコねえ。ま、いつまでそんな可愛いコト言ってられんのか知らんが」
「おいおい、俺は最初っからいっつもイイコだろお?」
「ああ、はいはい。イイコイイコ。あ、悠平。おまえ、アルトでいいよ。こないだから音聴いてたけど、音程しっかりしてるし指もしっかり動いてるし。このままアルトね」
 徹が悠平の肩を叩いた。

「え?」急にそんなことを言われて、何もついていけてなくて。
 まさか、自分と恵那とのやり取りも全部この先輩たちが聞いていたのかと思うと、それはそれで怖いし、でもそんな事実すら当たり前のように流してしまう恵那が、もうただただ“なんだコイツ”としか思えなくて。

「テナーがなー。やっぱ、ちょっと不安ではあるんだけど。芝崎が上手いから、一年が多少モタついても何とかなるかねえ」
 悠平にも、教室戻るぞと声を掛けて。
 徹が新一年のパート振り分けについて恵那にも意見を求めてきた。
「ま、ダイジョブだろ。芝っちょの音って、基本に忠実で綺麗だからさ。一年で太さだけ出してやりゃ、あとは何とかなる気はするよ、多分」
「それな。あいつ、見た目よか音が繊細だから笑ける」辰巳が笑うから。
「芝っちょは本来繊細なコなんスよ。ま、俺が神経の方はぶっとくしてやっけど。音の太さは一年に任すよ」
「逆におまえの神経は、もちょっと細くならんのか?」
「いやーん、こんなデリケートなイケメンに、ひどいこと言わないでえー」
「きしょいからやめれ」徹が恵那を軽く小突いた。

 悠平としては、もう何が何やらわからないけれど、この三人の先輩の後をついていくしかないわけで。
 日向に聞いた恵那が怖い先輩であるという事実が、やっぱり本当だったのかと思うとちょっとぞっとする。
 さっき、必死な思いで告げた“佐竹先輩につきまとうのはおかしい”なんて内容も、きっとこの人は右から左に聞き流している様子で、恐らく自分が言ったことなんて気にも留めていないのだろう。
 
 それに。
 結局徹先輩も辰巳先輩も、常に恵那先輩の援護をしているから、だから強いんだ。
 と、思う。
 きっと恵那先輩に手出しする輩がいれば、このガラの悪い――いや徹先輩は普通だけど――先輩たちが返り討ちにしてしまう。
 そうやって、多分大して強くなんてないだろう恵那先輩がどんどん調子に乗っているのだと思うと。
 悠平にはやっぱりムカつく先輩だとしか思えない。

 前を歩く恵那の背中を、悠平は少し不貞腐れながら睨みつけていた。
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