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「相手、わかった」
辰巳と奏に徹がそう言ったのは数日後の昼休憩。
「三年の嘉山。サッカー部の元主将だ。今は引退して受験勉強してる」
どこからともなく、恵那の喧嘩の相手情報を仕入れて来た徹は、三人でそいつを襲撃する計画を立てていた。
「あの、顔腫らしてるヤツ」
三年校舎の方を見ながら徹が嘉山を目で教える。
言われてみれば、恵那と同じように顔が傷だらけになっているのがわかる。
数人で談笑している姿を見て、「ああ、なんか見たことある。イケメンが台無しだな、あの傷」と辰巳が呟いた。
奏はニヤニヤと嗤いながら早くも指を鳴らしているから、
「いや、待てよ、奏。今じゃない、今じゃ。気が早えーよ」と徹が慌てて制する。
「なんでだよ? あっちも三人じゃん。イけるイける」
「あほか。ガッコで喧嘩してどーするよ。見つかったら定演できなくなる」
徹が冷静に突っ込んで。
「じゃあ、帰りに? 俺らが俺らってバレないように、何か覆面でもしてボコってやるか?」
辰巳も奏と同じく、やる気満々で右の拳を左掌にぶつけていて。
「いや、直接手を出すのはまずいから。そうだな、それこそ階段から落ちて貰うか、池に落ちて貰うか」
徹が腕を組んで思案して。
「自分で勝手に事故りました、っつのが理想だから。じゃないと俺らがとばっちり食っちまう」
基本的に頭を使って喧嘩しようとするのが徹で。喧嘩慣れしているわけでもなければ腕っぷしが強いわけでもないから、策略を練って相手を陥れる。
奏に関しては中学時代から目つきの悪さでよく上級生から絡まれていたから、喧嘩慣れしているし、人を殴り倒すことを厭わないタイプである。
そして辰巳は元々体つきが小さくすばしっこい逃げ足だけがウリで、相手のスキをついて攻撃しては素早く逃げるというパターンで。そうそう喧嘩をするわけではないが、子供の頃はそんな悪ガキだったのは確かである。
「さて。どうやって死んでもらおうか」
「何を物騒なこと、言ってんだ?」
徹の呟きに、背後から声がかかった。
「え!」
振り返ると、三年の元サックスパートリーダー重松が、横に大熊な南を引き連れて立っていた。
「三年生に、何か用?」
「重松先輩……」
「よく知ってる後輩が、なんか怖い目をしてぶつぶつゆってんだもん、気になるよー」
声は柔らかいけれど、その目つきは確実に三人の後輩を制している目で。
「あのね、キミらが何やろうとしてるか、ここで大声で言っちゃおうか?」
重松の言葉に、三人とも何も言えなくて。
「恵那の噂は聞いたよ。それに、俺ら三年だからその相手が誰かってのも、勿論すぐにわかった。でも、二人共ちゃんと、冷静に事を荒立てない方向で話に片を付けたんだよね?」
南と重松、二人で三人の背中を押して嘉山から遠ざけるように校舎裏へと連行する。
「徹たちがさ、恵那のこと可愛がってんの、わかってるし。あいつがあんな顔してたら、そりゃー仕返ししてやりたくなる気持ちは俺だってわかるよ。でも、それはしちゃダメって、わかるでしょ?」
人影のない場所で、小柄な重松が自分より体格のいい三人相手に説教、という状況で。実際それは傍から見れば、きっと鼻で笑われるような光景だろう。しかし重松の横にいるのは熊のような南だから。腕を組んで三人を見下ろしている南が、威圧感をしっかりと醸し出している。
ただ、実際のところ重松の冷静な言葉に、三人とも何も反論なんてできないのだが。
「吹部の為にも、恵那の為にも。キミらは黙ってなさい。ここでキミらがしゃしゃってんのは、恵那のプライドを傷つけるってこと、わかろう?」
重松のその言葉に三人とも、はっとする。
そうだ。
ここで自分たちが嘉山相手に立ちまわったり、あるいは何かしらの報復をした場合。恵那は逆にプライドを傷つけられるだろう。だって恵那だってあれだけの傷を相手に負わせるだけの反撃をしたのだ。それ以上のことは、蛇足でしか、ない。恵那の傷は佐竹を護ろうとした、いわば名誉の負傷だから。
「他の誰でもない、恵那があれを喧嘩じゃないと主張しているんだ。おまえらは黙って、ただ恵那を護ってやりゃ、いいだろ」
南が、低い声で言う。それはもう、本当にただの正論で。
自分たちがやろうとしていたのは、ただただ自分たちのエゴでしかないことを思い知らされる。
結局のところ。恵那、というクソ生意気な後輩が可愛くて仕方ないのだ。
見た目だけならただの“姫”なくせに、くふくふふざけて嗤って、周囲を欺いて楽しんで、絶対に“姫”であることを認めない。口は悪いし、売られた喧嘩は簡単に買うし、鼻持ちならないオレサマヤロウなのに、どうしても可愛くて仕方ないのだ。
三人揃って、あのクソガキに振り回されるのに。でも、やっぱりどこか、護りたい想いがあるから。
あんな怪我、見たくなかった。
利き腕である左手が大きく腫れているのが、巻かれている包帯の上からもわかるのが痛々しくて。
せっかくの綺麗な顔が、あちこち青地になって腫れていて。
きっとあの細い体だって傷だらけなのだろうことは、わかるから。
切なくて。そして相手にムカついて。
でも。
それを相手にぶつけて、あの男を三人がかりでフルボッコにしたところで、恵那には迷惑にしかならない。
重松と南に言われてやっとそれに気付いて。
「ほんと、罪なオトコだね、あいつは」
重松がふ、と鼻で笑った。
「さ。わかったら大人しく部活に精を出しなさいよ。俺も南も、定演には乗るからさ」
「あ、まじっすか?」
ポンポン、と肩を叩かれた徹が何とか気を取り直して笑顔を見せた。
「ん。あとは今月末のガッコだけだし、それ終わったら練習、顔出すよ」
どうやら二人共受験はそろそろケリがつくようで。
実際推薦組や、エスカレータ組に関しては既に、定期演奏会に向けての練習に顔を出す三年生もちらほら出て来ていて。
「じゃあ先輩、待ってますよ」
「おう。おまえらも、学年末テストは頑張れよー」
「うわ、めっちゃ痛いトコ刺されたー」
辰巳が胸を抑えて言うと、「進級できなかったら定演どころじゃねえぞ」と南に笑われた。
「相手、わかった」
辰巳と奏に徹がそう言ったのは数日後の昼休憩。
「三年の嘉山。サッカー部の元主将だ。今は引退して受験勉強してる」
どこからともなく、恵那の喧嘩の相手情報を仕入れて来た徹は、三人でそいつを襲撃する計画を立てていた。
「あの、顔腫らしてるヤツ」
三年校舎の方を見ながら徹が嘉山を目で教える。
言われてみれば、恵那と同じように顔が傷だらけになっているのがわかる。
数人で談笑している姿を見て、「ああ、なんか見たことある。イケメンが台無しだな、あの傷」と辰巳が呟いた。
奏はニヤニヤと嗤いながら早くも指を鳴らしているから、
「いや、待てよ、奏。今じゃない、今じゃ。気が早えーよ」と徹が慌てて制する。
「なんでだよ? あっちも三人じゃん。イけるイける」
「あほか。ガッコで喧嘩してどーするよ。見つかったら定演できなくなる」
徹が冷静に突っ込んで。
「じゃあ、帰りに? 俺らが俺らってバレないように、何か覆面でもしてボコってやるか?」
辰巳も奏と同じく、やる気満々で右の拳を左掌にぶつけていて。
「いや、直接手を出すのはまずいから。そうだな、それこそ階段から落ちて貰うか、池に落ちて貰うか」
徹が腕を組んで思案して。
「自分で勝手に事故りました、っつのが理想だから。じゃないと俺らがとばっちり食っちまう」
基本的に頭を使って喧嘩しようとするのが徹で。喧嘩慣れしているわけでもなければ腕っぷしが強いわけでもないから、策略を練って相手を陥れる。
奏に関しては中学時代から目つきの悪さでよく上級生から絡まれていたから、喧嘩慣れしているし、人を殴り倒すことを厭わないタイプである。
そして辰巳は元々体つきが小さくすばしっこい逃げ足だけがウリで、相手のスキをついて攻撃しては素早く逃げるというパターンで。そうそう喧嘩をするわけではないが、子供の頃はそんな悪ガキだったのは確かである。
「さて。どうやって死んでもらおうか」
「何を物騒なこと、言ってんだ?」
徹の呟きに、背後から声がかかった。
「え!」
振り返ると、三年の元サックスパートリーダー重松が、横に大熊な南を引き連れて立っていた。
「三年生に、何か用?」
「重松先輩……」
「よく知ってる後輩が、なんか怖い目をしてぶつぶつゆってんだもん、気になるよー」
声は柔らかいけれど、その目つきは確実に三人の後輩を制している目で。
「あのね、キミらが何やろうとしてるか、ここで大声で言っちゃおうか?」
重松の言葉に、三人とも何も言えなくて。
「恵那の噂は聞いたよ。それに、俺ら三年だからその相手が誰かってのも、勿論すぐにわかった。でも、二人共ちゃんと、冷静に事を荒立てない方向で話に片を付けたんだよね?」
南と重松、二人で三人の背中を押して嘉山から遠ざけるように校舎裏へと連行する。
「徹たちがさ、恵那のこと可愛がってんの、わかってるし。あいつがあんな顔してたら、そりゃー仕返ししてやりたくなる気持ちは俺だってわかるよ。でも、それはしちゃダメって、わかるでしょ?」
人影のない場所で、小柄な重松が自分より体格のいい三人相手に説教、という状況で。実際それは傍から見れば、きっと鼻で笑われるような光景だろう。しかし重松の横にいるのは熊のような南だから。腕を組んで三人を見下ろしている南が、威圧感をしっかりと醸し出している。
ただ、実際のところ重松の冷静な言葉に、三人とも何も反論なんてできないのだが。
「吹部の為にも、恵那の為にも。キミらは黙ってなさい。ここでキミらがしゃしゃってんのは、恵那のプライドを傷つけるってこと、わかろう?」
重松のその言葉に三人とも、はっとする。
そうだ。
ここで自分たちが嘉山相手に立ちまわったり、あるいは何かしらの報復をした場合。恵那は逆にプライドを傷つけられるだろう。だって恵那だってあれだけの傷を相手に負わせるだけの反撃をしたのだ。それ以上のことは、蛇足でしか、ない。恵那の傷は佐竹を護ろうとした、いわば名誉の負傷だから。
「他の誰でもない、恵那があれを喧嘩じゃないと主張しているんだ。おまえらは黙って、ただ恵那を護ってやりゃ、いいだろ」
南が、低い声で言う。それはもう、本当にただの正論で。
自分たちがやろうとしていたのは、ただただ自分たちのエゴでしかないことを思い知らされる。
結局のところ。恵那、というクソ生意気な後輩が可愛くて仕方ないのだ。
見た目だけならただの“姫”なくせに、くふくふふざけて嗤って、周囲を欺いて楽しんで、絶対に“姫”であることを認めない。口は悪いし、売られた喧嘩は簡単に買うし、鼻持ちならないオレサマヤロウなのに、どうしても可愛くて仕方ないのだ。
三人揃って、あのクソガキに振り回されるのに。でも、やっぱりどこか、護りたい想いがあるから。
あんな怪我、見たくなかった。
利き腕である左手が大きく腫れているのが、巻かれている包帯の上からもわかるのが痛々しくて。
せっかくの綺麗な顔が、あちこち青地になって腫れていて。
きっとあの細い体だって傷だらけなのだろうことは、わかるから。
切なくて。そして相手にムカついて。
でも。
それを相手にぶつけて、あの男を三人がかりでフルボッコにしたところで、恵那には迷惑にしかならない。
重松と南に言われてやっとそれに気付いて。
「ほんと、罪なオトコだね、あいつは」
重松がふ、と鼻で笑った。
「さ。わかったら大人しく部活に精を出しなさいよ。俺も南も、定演には乗るからさ」
「あ、まじっすか?」
ポンポン、と肩を叩かれた徹が何とか気を取り直して笑顔を見せた。
「ん。あとは今月末のガッコだけだし、それ終わったら練習、顔出すよ」
どうやら二人共受験はそろそろケリがつくようで。
実際推薦組や、エスカレータ組に関しては既に、定期演奏会に向けての練習に顔を出す三年生もちらほら出て来ていて。
「じゃあ先輩、待ってますよ」
「おう。おまえらも、学年末テストは頑張れよー」
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