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「佐竹。ちょい、いい?」
吹部は基本、放課後練習は個人練習とパート練習から始まる。
クラスや学年によって授業の終わる時間はバラバラだから、まず音楽室で楽器の準備をして軽くウォーミングアップの音出し、基礎練。一年よりは二年、二年よりは三年の授業が終わる時間が遅いのが当たり前だから、それをやっているうちに大抵パートリーダーが顔を出す。そしてそこからパート練習となるわけだ。
で、音楽室で楽器を準備していると三宅にちょいちょい、と手招きされ。
「ん。何?」と、とりあえず楽器を置いて後に従った。
そのまま音楽室を出て、階段の踊り場で向かい合って。
「その……いろいろ、考えたんだ」
目を合わせることはしないまま、何やら言い淀んでいる三宅に涼が首を傾げた。
「わかってるし。恵那と涼がその……付き合ってるのも、知ってるし、邪魔するつもりは、ないんだ」
「え?」
「ただ……ただもう、とにかく伝えることだけ、したくて」
「へ?」
意を決したように涼の目を見た三宅は、後ろ手に持っていた紙袋を突き出した。
「佐竹のことが好きだ」
ストレートな告白。
に。
涼は瞠目して固まる。
本日、もはや何度目かわからないこの状況。
まさか、同じホルンパートの一年生でいろいろお世話になっている三宅に、面と向かってされるとは思っていなかった告白。
「こういう日だから、とにかく伝えたかった。答えなんて全然わかってるし、それに対して何かリアクションが欲しいなんて全然ないんだ。いや、むしろ今までと同じ態度で接して欲しいと思う。でも……ごめんだけど、俺がこんな気持ちのまま黙って佐竹の横にいるのはもう、辛くて。ただ、ただ知っておいて欲しいだけなんだ」
佐竹と初めて逢った時、同じホルンを希望している一年生同士だと顔を合わせた瞬間「よろしくね」と微笑みかけられた瞬間の、あのトキメキはもう忘れられない衝撃だった。
中学時代にちょっとした初恋は味わっていて、それは当たり前に片想いで終わった案件だったけれど、まるでその時と同じような、いやその時以上の湧き上がってくる想いが止められなくて。
一目惚れ、なんてものを始めて味わった。
可愛い。ただ、可愛い。
普通に女の子じゃん、としか思えなくて。
あまりの衝撃に目を逸らしてしまったら、それから暫く目も合わせて貰えなかったのは、ただ人見知りしていただけだと後に聞かされた。
少しずつ話をするようになって、普段は人前に出るような人間じゃないのに、ホルンを吹いている時だけは堂々としていて。音楽が大好きだと、その小さな体中で表現しているから。
見たまんまのふわふわな子じゃ、ないんだとわかった。
いや、見た目はそのまんまふわふわ女の子みたいだけれど。
でも中身は。凛としていて芯の通ったコだと。
こんな見た目だからもっとナヨナヨしているのだろうと思っていた。でも、全然そんなこと、ないのだ。
だって、ちょっと自分がビビってしまう恵那に対しても、当たり前に睨んだりして対抗しているし。先輩たちにも、自分の意見はちゃんと言っている。
尊敬に値する人間だと思ったらもう、好きが止まらなくなった。
自分のモノになんて、なるわけがない。そんなの、もうわかっている。
護ってあげたい存在だけれど、でもそうすべき相手として自分が相応しいとは到底思えない。
だから。
ただ傍にいたいと思う。
友達としてでいいから、ずっと傍にいたいと思う。
そう、思ったから。
けじめを付けたくて。
告白して、ちゃんとフられて、それで友達になりたかった。
「……あ……僕」
「いいんだ。ちゃんと、フってくれるかな? せめて、佐竹の友人でいたいんだ。ちゃんと、このヨコシマな気持ちだけ、切り捨てたいから」
紙袋の中には、ちゃんとチョコレートが入っている。
ちゃんと、佐竹はきっとこんなのが似合うだろうと思って買ったものだ。
でも……受け取って貰えない覚悟も、ちゃんと持っているから。
差し出した紙袋は、ただただ揺れていて。
「あのね……友チョコ、として受け取っても、いい?」
涼が、目を合わせて言う。
「僕、三宅くんのことは友達として、好きだよ? それでもいいかな?」
今日。
今まで誰からの想いも受け取っていない。
それは自分がちゃんと別に好きな人がいて、その人への想いだけを大事にしたいと思っているから。
でも。
このチョコだけは。受け取りたいと思った。
一緒に演奏していて、目を見合わせたら次にどんな音が来るかわかる。だからお互いに次はこうしようって、目で会話ができると思っている友人だから。
「佐竹……ありがとう」
「んふ。ありがとう、はこっちだよ。僕、チョコ大好きなんだ。しかもコレ、GODIVAじゃん。美味しくイタダキマス」
いつものように笑って。
これまでもこれからも、変わらない、それは目を合わせることできちんと理解できた。
三宅くんは友達だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
一番大切な、友達だ。
涼がそう思ったように、三宅も想いにケリを付けた。いや、正直まだ本人を前にして“可愛い”と思う気持ちは消えないけれど。
今日こうしてちゃんと向かい合えたこと。
ちゃんと、友達、という立ち位置を確保できたこと。
それで、きっと前に進める。
「あ、何やってんのー? そろそろパー練始めるよお」
音楽室から二年棟へと向かうべく出てきた新田が二人に声を掛けた。
「先に二Cの教室行ってるから。楽器持って早くおいでよー」
新田に言われて、二人も慌てて音楽室へと楽器を取りに戻った。
それからはもう、いつも通りの部活が始まって。
セクション練習も、合奏も、いつものように過ごせたからきっと、二人共同じ気持ちだったのだろう。
「佐竹。ちょい、いい?」
吹部は基本、放課後練習は個人練習とパート練習から始まる。
クラスや学年によって授業の終わる時間はバラバラだから、まず音楽室で楽器の準備をして軽くウォーミングアップの音出し、基礎練。一年よりは二年、二年よりは三年の授業が終わる時間が遅いのが当たり前だから、それをやっているうちに大抵パートリーダーが顔を出す。そしてそこからパート練習となるわけだ。
で、音楽室で楽器を準備していると三宅にちょいちょい、と手招きされ。
「ん。何?」と、とりあえず楽器を置いて後に従った。
そのまま音楽室を出て、階段の踊り場で向かい合って。
「その……いろいろ、考えたんだ」
目を合わせることはしないまま、何やら言い淀んでいる三宅に涼が首を傾げた。
「わかってるし。恵那と涼がその……付き合ってるのも、知ってるし、邪魔するつもりは、ないんだ」
「え?」
「ただ……ただもう、とにかく伝えることだけ、したくて」
「へ?」
意を決したように涼の目を見た三宅は、後ろ手に持っていた紙袋を突き出した。
「佐竹のことが好きだ」
ストレートな告白。
に。
涼は瞠目して固まる。
本日、もはや何度目かわからないこの状況。
まさか、同じホルンパートの一年生でいろいろお世話になっている三宅に、面と向かってされるとは思っていなかった告白。
「こういう日だから、とにかく伝えたかった。答えなんて全然わかってるし、それに対して何かリアクションが欲しいなんて全然ないんだ。いや、むしろ今までと同じ態度で接して欲しいと思う。でも……ごめんだけど、俺がこんな気持ちのまま黙って佐竹の横にいるのはもう、辛くて。ただ、ただ知っておいて欲しいだけなんだ」
佐竹と初めて逢った時、同じホルンを希望している一年生同士だと顔を合わせた瞬間「よろしくね」と微笑みかけられた瞬間の、あのトキメキはもう忘れられない衝撃だった。
中学時代にちょっとした初恋は味わっていて、それは当たり前に片想いで終わった案件だったけれど、まるでその時と同じような、いやその時以上の湧き上がってくる想いが止められなくて。
一目惚れ、なんてものを始めて味わった。
可愛い。ただ、可愛い。
普通に女の子じゃん、としか思えなくて。
あまりの衝撃に目を逸らしてしまったら、それから暫く目も合わせて貰えなかったのは、ただ人見知りしていただけだと後に聞かされた。
少しずつ話をするようになって、普段は人前に出るような人間じゃないのに、ホルンを吹いている時だけは堂々としていて。音楽が大好きだと、その小さな体中で表現しているから。
見たまんまのふわふわな子じゃ、ないんだとわかった。
いや、見た目はそのまんまふわふわ女の子みたいだけれど。
でも中身は。凛としていて芯の通ったコだと。
こんな見た目だからもっとナヨナヨしているのだろうと思っていた。でも、全然そんなこと、ないのだ。
だって、ちょっと自分がビビってしまう恵那に対しても、当たり前に睨んだりして対抗しているし。先輩たちにも、自分の意見はちゃんと言っている。
尊敬に値する人間だと思ったらもう、好きが止まらなくなった。
自分のモノになんて、なるわけがない。そんなの、もうわかっている。
護ってあげたい存在だけれど、でもそうすべき相手として自分が相応しいとは到底思えない。
だから。
ただ傍にいたいと思う。
友達としてでいいから、ずっと傍にいたいと思う。
そう、思ったから。
けじめを付けたくて。
告白して、ちゃんとフられて、それで友達になりたかった。
「……あ……僕」
「いいんだ。ちゃんと、フってくれるかな? せめて、佐竹の友人でいたいんだ。ちゃんと、このヨコシマな気持ちだけ、切り捨てたいから」
紙袋の中には、ちゃんとチョコレートが入っている。
ちゃんと、佐竹はきっとこんなのが似合うだろうと思って買ったものだ。
でも……受け取って貰えない覚悟も、ちゃんと持っているから。
差し出した紙袋は、ただただ揺れていて。
「あのね……友チョコ、として受け取っても、いい?」
涼が、目を合わせて言う。
「僕、三宅くんのことは友達として、好きだよ? それでもいいかな?」
今日。
今まで誰からの想いも受け取っていない。
それは自分がちゃんと別に好きな人がいて、その人への想いだけを大事にしたいと思っているから。
でも。
このチョコだけは。受け取りたいと思った。
一緒に演奏していて、目を見合わせたら次にどんな音が来るかわかる。だからお互いに次はこうしようって、目で会話ができると思っている友人だから。
「佐竹……ありがとう」
「んふ。ありがとう、はこっちだよ。僕、チョコ大好きなんだ。しかもコレ、GODIVAじゃん。美味しくイタダキマス」
いつものように笑って。
これまでもこれからも、変わらない、それは目を合わせることできちんと理解できた。
三宅くんは友達だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
一番大切な、友達だ。
涼がそう思ったように、三宅も想いにケリを付けた。いや、正直まだ本人を前にして“可愛い”と思う気持ちは消えないけれど。
今日こうしてちゃんと向かい合えたこと。
ちゃんと、友達、という立ち位置を確保できたこと。
それで、きっと前に進める。
「あ、何やってんのー? そろそろパー練始めるよお」
音楽室から二年棟へと向かうべく出てきた新田が二人に声を掛けた。
「先に二Cの教室行ってるから。楽器持って早くおいでよー」
新田に言われて、二人も慌てて音楽室へと楽器を取りに戻った。
それからはもう、いつも通りの部活が始まって。
セクション練習も、合奏も、いつものように過ごせたからきっと、二人共同じ気持ちだったのだろう。
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