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「楽しかったー」と満面の笑みでキリエが言ったのは帰りの車の中。
涼とキリエを車で送迎してくれるのは、佐竹家の運転手、藤堂。他にも運転手はいるが、子供の頃から涼を送迎するのはこのおじさん、というかおじいちゃん。父や母を送迎する運転手はまた別にいる。
高校の毎日の送迎も、入学が決まった時から申し出ていたのだが、涼が「学校くらいちゃんと自分で行ける」と突っぱねた。
ので、現在は涼の気まぐれでしか運転することなんてない。寝過ごして遅刻しそうな時や、コンクール前の早朝や夜遅い場合のバスの便がない時にだけ涼が依頼する。
今日はキリエがいたから、これ以上人の目を気にすることに疲れた涼が迎えに来てと甘えたのだ。
「もお、きーちゃん度胸座り過ぎ。合奏の間、僕もう全然集中できなかったよお」
楽しかったのはキリエ――と恵那――だけで、涼は勿論だがバラされた徹と辰巳も生きた心地がしなかったという。
「なんでバレないかなあ、この、見るからに女の子なきーちゃんなのに」
恵那が言う通り、一人称こそ「ボク」で通したけれど、他はそのまんま、いつものキリエで。
パート練習は初見大会だったし、セクション練習で恵那がニヤニヤ笑っているのも、合奏で「じゃあ、そこソロ吹いてみよっかー」なんて先生から言われてバリっとこなした瞬間の心地よさも。
キリエには何もかもがただただ楽しいという感想しかなくて。
「キリ、明日も行きたいなー」
「やめてええ。僕の心臓がもたないよお」
「でも恵那、明日もおいでって言ってくれたよ?」
「えなの言う事、なんでもかんでもきいちゃダメだよ。いっつもふざけてんだから」
「でもでも、先生もおいでって言ってくれたよ? 日曜日にはおうち帰るし、土曜日はキリ、英恵さん-涼ママ-がお買い物連れてってくれるから」
明日の金曜日、もう一日この緊張感をもって過ごせと言うのか。と涼がシートに沈み込む。
「涼ちゃん、ダメ?」
美少女の上目遣い、というおねだりを突っぱねることができる男なんて、この世にいるわけがない。
「……もお、絶対にバレないように気を付けてよお」
「わーい、ありがと、涼ちゃん。大好き」
ぎゅう、と抱きついてきたキリエの頭をよしよし、と撫でて。
恵那がいつも「可愛い可愛い」ってやってくれるのを、キリエにしてやる。
「あ、そだ。テナーサックスの辰巳先輩? がね、ライン教えてって言ってきたのね。あれってナンパかなあ?」
意外とぬかりのない辰巳の行動に、涼の中で“怖い人”から“軽い人”という位置付けに変更する。
「教えたの?」
「恵那に止められた。恵那、辰巳先輩のことデコピンしてた。凄いね、先輩なのに」
「えなには上下関係、ないもん」
“百万年早いわ!”と結構な威力のデコピンを食らわしている恵那の姿が目に浮かぶ。
「あのね、なんかやっぱ、中学校とはレベチだなーって実感した」
ふふ、と笑った後、急に真面目にそんなことを言い出して。
「みんな仲いいしめっちゃふざけてんのに、先生がタクトをトントンってした瞬間、空気変わっちゃうでしょ? あれ、カッコいい。それに、低音の響きがちょお気持ちいいし、キリ、ソロ吹かせて貰ったけど山崎先輩の音なんてもう、めっちゃくちゃ綺麗なんだもん。ちょっと恥ずかしかったよ」
フルートの山崎はちゃんと個人でレッスンも受けているし、恐らくそのまま音大を受験するはずで。でもせっかくキリエがいるからと、先生に目で合図してソロ演奏をキリエにさせた。
中学生だから拙いのなんて当たり前、なんて思っていた周囲にはキリエの演奏はかなりの腕前だったから、山崎も終わった後ですごく褒めていて。
「凄いよね。全国大会目指してるっての、わかるよ。恵那だっていつもあんなにふざけてるのに、合奏の時の目はちゃんと凛々しくてカッコいいし」
「楽しかったー」と満面の笑みでキリエが言ったのは帰りの車の中。
涼とキリエを車で送迎してくれるのは、佐竹家の運転手、藤堂。他にも運転手はいるが、子供の頃から涼を送迎するのはこのおじさん、というかおじいちゃん。父や母を送迎する運転手はまた別にいる。
高校の毎日の送迎も、入学が決まった時から申し出ていたのだが、涼が「学校くらいちゃんと自分で行ける」と突っぱねた。
ので、現在は涼の気まぐれでしか運転することなんてない。寝過ごして遅刻しそうな時や、コンクール前の早朝や夜遅い場合のバスの便がない時にだけ涼が依頼する。
今日はキリエがいたから、これ以上人の目を気にすることに疲れた涼が迎えに来てと甘えたのだ。
「もお、きーちゃん度胸座り過ぎ。合奏の間、僕もう全然集中できなかったよお」
楽しかったのはキリエ――と恵那――だけで、涼は勿論だがバラされた徹と辰巳も生きた心地がしなかったという。
「なんでバレないかなあ、この、見るからに女の子なきーちゃんなのに」
恵那が言う通り、一人称こそ「ボク」で通したけれど、他はそのまんま、いつものキリエで。
パート練習は初見大会だったし、セクション練習で恵那がニヤニヤ笑っているのも、合奏で「じゃあ、そこソロ吹いてみよっかー」なんて先生から言われてバリっとこなした瞬間の心地よさも。
キリエには何もかもがただただ楽しいという感想しかなくて。
「キリ、明日も行きたいなー」
「やめてええ。僕の心臓がもたないよお」
「でも恵那、明日もおいでって言ってくれたよ?」
「えなの言う事、なんでもかんでもきいちゃダメだよ。いっつもふざけてんだから」
「でもでも、先生もおいでって言ってくれたよ? 日曜日にはおうち帰るし、土曜日はキリ、英恵さん-涼ママ-がお買い物連れてってくれるから」
明日の金曜日、もう一日この緊張感をもって過ごせと言うのか。と涼がシートに沈み込む。
「涼ちゃん、ダメ?」
美少女の上目遣い、というおねだりを突っぱねることができる男なんて、この世にいるわけがない。
「……もお、絶対にバレないように気を付けてよお」
「わーい、ありがと、涼ちゃん。大好き」
ぎゅう、と抱きついてきたキリエの頭をよしよし、と撫でて。
恵那がいつも「可愛い可愛い」ってやってくれるのを、キリエにしてやる。
「あ、そだ。テナーサックスの辰巳先輩? がね、ライン教えてって言ってきたのね。あれってナンパかなあ?」
意外とぬかりのない辰巳の行動に、涼の中で“怖い人”から“軽い人”という位置付けに変更する。
「教えたの?」
「恵那に止められた。恵那、辰巳先輩のことデコピンしてた。凄いね、先輩なのに」
「えなには上下関係、ないもん」
“百万年早いわ!”と結構な威力のデコピンを食らわしている恵那の姿が目に浮かぶ。
「あのね、なんかやっぱ、中学校とはレベチだなーって実感した」
ふふ、と笑った後、急に真面目にそんなことを言い出して。
「みんな仲いいしめっちゃふざけてんのに、先生がタクトをトントンってした瞬間、空気変わっちゃうでしょ? あれ、カッコいい。それに、低音の響きがちょお気持ちいいし、キリ、ソロ吹かせて貰ったけど山崎先輩の音なんてもう、めっちゃくちゃ綺麗なんだもん。ちょっと恥ずかしかったよ」
フルートの山崎はちゃんと個人でレッスンも受けているし、恐らくそのまま音大を受験するはずで。でもせっかくキリエがいるからと、先生に目で合図してソロ演奏をキリエにさせた。
中学生だから拙いのなんて当たり前、なんて思っていた周囲にはキリエの演奏はかなりの腕前だったから、山崎も終わった後ですごく褒めていて。
「凄いよね。全国大会目指してるっての、わかるよ。恵那だっていつもあんなにふざけてるのに、合奏の時の目はちゃんと凛々しくてカッコいいし」
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