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よく晴れたある日の昼休み、というほのぼのとした空気の中、金木犀の咲き乱れる中庭の芝生に眠っている涼の姿を目にした瞬間、土岐が駆け寄った。
辺りを見回しても恵那の姿はなく、この無防備な状態でくーかくーかと眠っている眠り姫を、そのまま放置して通り過ぎることは、土岐にはできなかった。
「涼、涼。おまえ、こんなトコで寝てんなよ」
声を、掛ける。
「……ん……んん……?」
完全に寝ぼけ眼で見上げて来た涼が、恵那と間違えたのかふにゃふにゃと微笑んで、両腕を伸ばしてきた。
「おい、こら。恵那じゃないぞ、俺は」
自分に絡みついてきた腕をそっと引き剥がしながらも、とりあえず横に座る。
「ん……あれ?」
「悪いな、恵那じゃなくて。つか、なんでおまえ一人でこんなトコで寝てんだよ? 風邪ひくぞ?」
いくら晴れていて暖かいとは言え、木陰だし何より今は十一月で。
「せめて陽に当たるトコで……つーかそういう問題でもないけど」
「焼けるの、ヤ」ぽやん、と涼が答えて起き上がり、目を擦った。
その背中をぱたぱたと軽く叩いて草を払ってやる。
「焼けるほどの日差しじゃないけどな。とにかく、こんなトコで一人で寝てたらあ」
危ないだろう、と言いかけてやめる。何が危ないかって、それはこの学校に少なからずいる“狼”の存在で、けれどもそれを指摘するということは涼の一番イヤがる“可愛い”を表すことになり。
とにかく一言一言に気を遣ってしまう土岐だから。
一瞬でそこまで考えてしまって口を噤んだ。
「えっと。じゃなくて。恵那はどうした?」
いつだって涼を護るとくっついている兄の存在が、今いないことを訝る。
「んー……日直さんだから、先生に呼ばれてった」
まだまだ完全に覚醒しているわけじゃないようで。ほけっとしている。
「だからって一人でいなくても」
「だって、響も土岐も、今忙しいじゃん? あ、土岐、こんなトコでのんびりしてていいの?」
このところずっと、バスケ部は昼休みも“昼練”していたりミーティングをしていたりで、まともに四人で御飯を食べることもできていないから。
「いや、大丈夫。つか、俺らじゃなくても、他に誰でもいいから傍に置いとけ」
「いいよお。恵那とか土岐とかいないなら、別に一人でも」
だからそれは危険なんだって。と、やっぱり言っていいか悪いか、微妙な案件で。
本当は今もミーティングで先輩のトコに集合がかかっているのだけれど、ちょっと野暮用で遅れたから一人で向かっていた土岐としては。もはやそれよりも、このふわふわなお姫様を一人にしていくなんてできないから。
「僕、そんなに友達、いないし」
えなみたく面白いこと言えないし、といつものように言って。
「まああいつの場合、世界中みんなオトモダチだろうけどな」
「んふ、ほんとだね。あの、誰にも何の躊躇もなく話しかけられる性格、羨ましい」
「同じ遺伝子を持ってるとは、俺も思えない」
土岐が言うと涼がふわふわと笑った。
「あ、そだ。丁度良かった。土岐に聞きたいことあったんだ」
笑顔に見惚れていた、のを誤魔化すように軽く首を振って、「何?」と問いかける。
一応、涼は兄である恵那と付き合ってるらしい、から。
そう、自分に言い聞かせる。
「えっとね。今月末、土岐と恵那、お誕生日でしょ? 何プレゼントしたらいいか、わかんなくて」
「あ……そう、言えばそうだな。忘れてた」
「もお、自分の誕生日でしょ?」
漸く目が覚めて来たらしく、涼がさっきよりもちゃんとした表情になっていて。
「僕、ね。サプライズとかそーゆーの、苦手だから。もう、はっきり訊いちゃえって思ったんだ。いらないモノ貰うより、これが欲しいってゆーの、貰った方が嬉しいでしょ?」
「思ったより現実的だな」
「うん。えなならちゃんとサプライズすんだろうけどねー。ほら、夏のめっちゃくちゃ忙しい時も、響のお誕生日にちゃーんとプレゼント渡してたじゃない? あーゆーの、偉いなーって思う」
よく晴れたある日の昼休み、というほのぼのとした空気の中、金木犀の咲き乱れる中庭の芝生に眠っている涼の姿を目にした瞬間、土岐が駆け寄った。
辺りを見回しても恵那の姿はなく、この無防備な状態でくーかくーかと眠っている眠り姫を、そのまま放置して通り過ぎることは、土岐にはできなかった。
「涼、涼。おまえ、こんなトコで寝てんなよ」
声を、掛ける。
「……ん……んん……?」
完全に寝ぼけ眼で見上げて来た涼が、恵那と間違えたのかふにゃふにゃと微笑んで、両腕を伸ばしてきた。
「おい、こら。恵那じゃないぞ、俺は」
自分に絡みついてきた腕をそっと引き剥がしながらも、とりあえず横に座る。
「ん……あれ?」
「悪いな、恵那じゃなくて。つか、なんでおまえ一人でこんなトコで寝てんだよ? 風邪ひくぞ?」
いくら晴れていて暖かいとは言え、木陰だし何より今は十一月で。
「せめて陽に当たるトコで……つーかそういう問題でもないけど」
「焼けるの、ヤ」ぽやん、と涼が答えて起き上がり、目を擦った。
その背中をぱたぱたと軽く叩いて草を払ってやる。
「焼けるほどの日差しじゃないけどな。とにかく、こんなトコで一人で寝てたらあ」
危ないだろう、と言いかけてやめる。何が危ないかって、それはこの学校に少なからずいる“狼”の存在で、けれどもそれを指摘するということは涼の一番イヤがる“可愛い”を表すことになり。
とにかく一言一言に気を遣ってしまう土岐だから。
一瞬でそこまで考えてしまって口を噤んだ。
「えっと。じゃなくて。恵那はどうした?」
いつだって涼を護るとくっついている兄の存在が、今いないことを訝る。
「んー……日直さんだから、先生に呼ばれてった」
まだまだ完全に覚醒しているわけじゃないようで。ほけっとしている。
「だからって一人でいなくても」
「だって、響も土岐も、今忙しいじゃん? あ、土岐、こんなトコでのんびりしてていいの?」
このところずっと、バスケ部は昼休みも“昼練”していたりミーティングをしていたりで、まともに四人で御飯を食べることもできていないから。
「いや、大丈夫。つか、俺らじゃなくても、他に誰でもいいから傍に置いとけ」
「いいよお。恵那とか土岐とかいないなら、別に一人でも」
だからそれは危険なんだって。と、やっぱり言っていいか悪いか、微妙な案件で。
本当は今もミーティングで先輩のトコに集合がかかっているのだけれど、ちょっと野暮用で遅れたから一人で向かっていた土岐としては。もはやそれよりも、このふわふわなお姫様を一人にしていくなんてできないから。
「僕、そんなに友達、いないし」
えなみたく面白いこと言えないし、といつものように言って。
「まああいつの場合、世界中みんなオトモダチだろうけどな」
「んふ、ほんとだね。あの、誰にも何の躊躇もなく話しかけられる性格、羨ましい」
「同じ遺伝子を持ってるとは、俺も思えない」
土岐が言うと涼がふわふわと笑った。
「あ、そだ。丁度良かった。土岐に聞きたいことあったんだ」
笑顔に見惚れていた、のを誤魔化すように軽く首を振って、「何?」と問いかける。
一応、涼は兄である恵那と付き合ってるらしい、から。
そう、自分に言い聞かせる。
「えっとね。今月末、土岐と恵那、お誕生日でしょ? 何プレゼントしたらいいか、わかんなくて」
「あ……そう、言えばそうだな。忘れてた」
「もお、自分の誕生日でしょ?」
漸く目が覚めて来たらしく、涼がさっきよりもちゃんとした表情になっていて。
「僕、ね。サプライズとかそーゆーの、苦手だから。もう、はっきり訊いちゃえって思ったんだ。いらないモノ貰うより、これが欲しいってゆーの、貰った方が嬉しいでしょ?」
「思ったより現実的だな」
「うん。えなならちゃんとサプライズすんだろうけどねー。ほら、夏のめっちゃくちゃ忙しい時も、響のお誕生日にちゃーんとプレゼント渡してたじゃない? あーゆーの、偉いなーって思う」
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