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スウェーデンリレーにエントリーしている恵那の、担当区間は三百メートル。さすがにトリは陸上部がシめてくれることにはなっていたが、とにかく陸上部に負けず足の速い恵那は、他にもいくつか走っていて。
配点の大きなリレー系にはほぼ総て顔を出しているが、そのどれもで安定の走りを見せていた。
「おまえ、何で文化部なわけ? 普通に陸上部、入れよ」と陸上部の友人に苦笑いされる。
「俺は楽器演奏する方が好きなんだよ」と綺麗なアルカイックスマイルで返しているが、そんなことは小学生時代から言われている。
何故か足の速さだけはクラスでいつも上位であり、運動会、体育祭では常に走っている恵那である。
今日だけで一体何メートル走っているのか、もうわからないくらい。
しかもその合間合間で楽器を演奏しているわけで。
さすがに疲労もピークではあったが、このスウェーデンは本日のメインレースであり、この結果が体育祭の勝敗を決めることになっているから弱音なんて吐いていられない。
スウェーデン前の綱引きで黄色は二位となっていたので、ここは何が何でも一位を取って優勝したい。
綱引きの間、ウルトラソウルからワタリドリまでやたらとノリノリなヒットソングメドレーなんてのを演奏していたから、疲れてはいるけれど気持ち的には結構ハイテンションな恵那である。
本日のメインレースではあるが、そこは前座としてまずは一年生。
スタートの合図で走りだしたメンバーに声援をかけまくり、気合充分に走り出した時の順位は六チーム中三位で。
何が何でも一人は抜きたい。
最後のヤツで二人抜けってのは絶対キツいだろうから、俺が絶対に一人は抜いとく! と、今日イチの気合で走り出し、ラスト十メートル程のところでなんとか一人を追い抜き、アンカーへとバトンを手渡した。
と。
同時に世界が歪む。
バトンを手渡した瞬間、めまいがしてその場に倒れ込んだ。
しかしレースはまだ続いているし、その場のほぼ全員がそれぞれのアンカーの走りに夢中になっていて。
まずいと思って何とか力を振り絞ってコース上から離れると、グランドでぐったりと寝そべった。
三百メートルという距離だから、走り終えた選手がぐったりしている光景なんて珍しくないから、誰もがそんな恵那のことも放置していたのだが。
ぐらぐらと回る視界が気持ち悪い。
目を閉じて体を丸めて深呼吸しようとするが、全力疾走の後のせいかうまく呼吸もできなくて。
これは、かなりヤバい気がする。と思っているけれど、盛り上がっているこの場でそんな恵那に気付く人間なんているはずもなく。
短く、荒い呼吸をゼイゼイと繰り返しながら、気持ちの悪さを何とか誤魔化そうと胸を抑えて寝返りを打ちながらその場でもがいていると。
「恵那、大丈夫か?」
レースのどさくさに紛れて、土岐がグランドに入っていた。
力なく首を振る恵那を横抱きにすると、「救護テント、連れてくから」とその場にいた実行委員に声をかけ、すたすたと歩きだしていた。
「と……き……」
「おまえ、張り切り過ぎ」
誰もがレースに釘付けになっている隙をついて、救護テントの保健委員に声を掛けて簡易ベッドに寝かせた。
「ちょー……かっこわりー」
ぐったりとしながら恵那が言って。
「無理するからだろ。ばかだな」
「るせ……」
落ち着いて大きく息を吐け、と言われて何とか呼吸を通常に戻す。
過呼吸状態だったようで、吐くことを意識すると少しずつ呼吸が楽になって来た。
咳き込みながらも深呼吸ができるようになると、強張っていた体が漸く弛緩した。
経口補水液の入ったペットボトルで水分補給すると体も随分ラクになる。どうやら忙し過ぎて熱中症も半分入っていたようだ。
ふう、と大きく息を吐き、それと同時に土岐を見上げる。
「くそ……おまえみたいな底なし体力があればいいのに」
回復した途端に憎まれ口になるのは、多分照れ隠しもあるけれど。
まさか、土岐に助けられるなんて思ってもいなかった。
「そんだけありゃ、充分だろーが。今日のおまえは限界超えてる」
「おまえに負けてんのが、ムカつく」
「別に、負けてねーじゃん。走るの、速いし」
「小学生かよ」
「ダンスできるし」
「土岐、リズム感ねーしな」
「うるせーな」
「でも……もう、おまえに、敵わねえ……」
憎まれ口を叩いていた恵那が、そう言って握った手の甲で顔を隠した。
スウェーデンリレーにエントリーしている恵那の、担当区間は三百メートル。さすがにトリは陸上部がシめてくれることにはなっていたが、とにかく陸上部に負けず足の速い恵那は、他にもいくつか走っていて。
配点の大きなリレー系にはほぼ総て顔を出しているが、そのどれもで安定の走りを見せていた。
「おまえ、何で文化部なわけ? 普通に陸上部、入れよ」と陸上部の友人に苦笑いされる。
「俺は楽器演奏する方が好きなんだよ」と綺麗なアルカイックスマイルで返しているが、そんなことは小学生時代から言われている。
何故か足の速さだけはクラスでいつも上位であり、運動会、体育祭では常に走っている恵那である。
今日だけで一体何メートル走っているのか、もうわからないくらい。
しかもその合間合間で楽器を演奏しているわけで。
さすがに疲労もピークではあったが、このスウェーデンは本日のメインレースであり、この結果が体育祭の勝敗を決めることになっているから弱音なんて吐いていられない。
スウェーデン前の綱引きで黄色は二位となっていたので、ここは何が何でも一位を取って優勝したい。
綱引きの間、ウルトラソウルからワタリドリまでやたらとノリノリなヒットソングメドレーなんてのを演奏していたから、疲れてはいるけれど気持ち的には結構ハイテンションな恵那である。
本日のメインレースではあるが、そこは前座としてまずは一年生。
スタートの合図で走りだしたメンバーに声援をかけまくり、気合充分に走り出した時の順位は六チーム中三位で。
何が何でも一人は抜きたい。
最後のヤツで二人抜けってのは絶対キツいだろうから、俺が絶対に一人は抜いとく! と、今日イチの気合で走り出し、ラスト十メートル程のところでなんとか一人を追い抜き、アンカーへとバトンを手渡した。
と。
同時に世界が歪む。
バトンを手渡した瞬間、めまいがしてその場に倒れ込んだ。
しかしレースはまだ続いているし、その場のほぼ全員がそれぞれのアンカーの走りに夢中になっていて。
まずいと思って何とか力を振り絞ってコース上から離れると、グランドでぐったりと寝そべった。
三百メートルという距離だから、走り終えた選手がぐったりしている光景なんて珍しくないから、誰もがそんな恵那のことも放置していたのだが。
ぐらぐらと回る視界が気持ち悪い。
目を閉じて体を丸めて深呼吸しようとするが、全力疾走の後のせいかうまく呼吸もできなくて。
これは、かなりヤバい気がする。と思っているけれど、盛り上がっているこの場でそんな恵那に気付く人間なんているはずもなく。
短く、荒い呼吸をゼイゼイと繰り返しながら、気持ちの悪さを何とか誤魔化そうと胸を抑えて寝返りを打ちながらその場でもがいていると。
「恵那、大丈夫か?」
レースのどさくさに紛れて、土岐がグランドに入っていた。
力なく首を振る恵那を横抱きにすると、「救護テント、連れてくから」とその場にいた実行委員に声をかけ、すたすたと歩きだしていた。
「と……き……」
「おまえ、張り切り過ぎ」
誰もがレースに釘付けになっている隙をついて、救護テントの保健委員に声を掛けて簡易ベッドに寝かせた。
「ちょー……かっこわりー」
ぐったりとしながら恵那が言って。
「無理するからだろ。ばかだな」
「るせ……」
落ち着いて大きく息を吐け、と言われて何とか呼吸を通常に戻す。
過呼吸状態だったようで、吐くことを意識すると少しずつ呼吸が楽になって来た。
咳き込みながらも深呼吸ができるようになると、強張っていた体が漸く弛緩した。
経口補水液の入ったペットボトルで水分補給すると体も随分ラクになる。どうやら忙し過ぎて熱中症も半分入っていたようだ。
ふう、と大きく息を吐き、それと同時に土岐を見上げる。
「くそ……おまえみたいな底なし体力があればいいのに」
回復した途端に憎まれ口になるのは、多分照れ隠しもあるけれど。
まさか、土岐に助けられるなんて思ってもいなかった。
「そんだけありゃ、充分だろーが。今日のおまえは限界超えてる」
「おまえに負けてんのが、ムカつく」
「別に、負けてねーじゃん。走るの、速いし」
「小学生かよ」
「ダンスできるし」
「土岐、リズム感ねーしな」
「うるせーな」
「でも……もう、おまえに、敵わねえ……」
憎まれ口を叩いていた恵那が、そう言って握った手の甲で顔を隠した。
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