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「俺たちは今からなんだよ。だから今日だって朝からずっと筋トレで身体作ってるし、死ぬほど走り込んで肺鍛えて、このクソ暑い中千本シュートしてんだよ。てめーらみたいに涼しい部屋ん中で優雅に音楽奏でてるだけのヤツが、疲れた疲れたゆってんじゃねーよ」
BGMにゴングが鳴ったような気がしたのは、恐らく二人共。
だって、土岐のその発言の直後、恵那から膝蹴りが炸裂していたから。
「てめえ、今、なんつった? え?」
既に恵那の目が座っている。
「ってーな、なにしやがる!」土岐が蹴られた足を抑えながら、恵那のシャツの襟元を掴み上げた。
「誰が優雅だって? 涼しい部屋ん中だって?」
「だろーがよ! 屋内でちーちーぱっぱやってるだけのヤツに、俺らが真夏の炎天下でどれだけ身体イジメてるかわかんねーだろ!」
そして再び恵那の膝蹴りが出ようとした瞬間、先にその足を掴んだ土岐が恵那をその体ごとソファに投げていた。
昔のように簡単に殴られるような体格ではない土岐である。対する恵那にはもう、手を使って喧嘩することに対しての恐怖心があるせいで、ただでさえ体格差があるのに武器を減らされていることで土岐に敵うはずもなく。
軽くあしらわれて簡単に投げられた自分が更にショックだった。
何せ、土岐相手に喧嘩で負けたのなんて、初めてだったから。
その上、目を見開いてショックを受けている恵那を押し倒して両腕をソファに抑えつけると、激おこモードな低音で「怪我、させたくねーから。大人しくメシ食って寝な」と囁いて。
冷ややかな視線だけを投げると、読んでいたマンガを持って自分の部屋へと帰って行った。
あまりのことに、茫然とするしかなくて。
そのままソファに寝そべりながら空を睨む。
僅か数年で、こんなにも体格差が出て、こんなことになるなんて。
悔しくて仕方ない。
いつだって、恵那が睨みつければ泣きじゃくり、蹴り上げればもうごめんなさいとしか言わなかった土岐が。
こっちが蹴った場所なんて蚊にでも刺されたような仕草で。軽く襟元を捻り上げて、剰え何の躊躇もなく自分を放り投げた。
……いや、実際そんなの体格を見ればわかっていたことで。
喧嘩をしなくなったのは、多分心のどこかでもう敵わないことを本能がわかっていたから。
いつの間にか、非力になってしまった自分があまりにも情けなくて。
おまけに……怪我させたくない、なんて。情けをかけられてしまうなんて。
悔しくて、悔しくて。
……そして、情けなくて。
いつだって自信満々に何事にも向かい合える自分というのは、きっと幼い頃に土岐に対して優越感を持っていたせい。
同じ時に生まれ、同じように育った弟に対して威厳を見せて力で抑えつけて、それによって培われたただの夜郎自大。
今、完全にその鼻っ柱をへし折られたような気がした。
何だろう、あまりにも自分がちっぽけで下らなく思える。
こんなにも非力な自分が恥ずかしくて。
――っ土岐なんかに……!
くるりと反転して、ソファに拳を叩きつける。
自分が楽器を扱っていて、しかも今がどれだけ大事な時かがわかっているから、こんな時でさえあくまでも叩きつけるのは柔らかいソファに対して。
人を殴る、なんてことには間違っても使えない。
けれど、じゃあそんなことに構わないで土岐を殴れたとしても。
きっと……敵わない。
こっちが全力で殴っても、きっと今の土岐はもう倒れたりなんてしない。
悔しくて歯噛みした。
奥歯が、ギリ、なんて音を立てる。
――ムカつく! なんでっ……!
なんで、こんなに体格差ができた? あの頃は同じ背格好だったのに。
こんなにも自分は細く華奢で。
握りしめた拳だって、土岐の掌にならきっと簡単に受け止められてしまう。
体格も力も、あまりにも違いすぎる。
だからこそ土岐は怪我をさせたくないと冷静に言い放ち、軽くあしらって自分の拳は振り上げようともしなかったのだ。
そして。
ソファに沈み込みながら。
姫扱いされる涼のイラつきを、恵那は初めて理解した。
BGMにゴングが鳴ったような気がしたのは、恐らく二人共。
だって、土岐のその発言の直後、恵那から膝蹴りが炸裂していたから。
「てめえ、今、なんつった? え?」
既に恵那の目が座っている。
「ってーな、なにしやがる!」土岐が蹴られた足を抑えながら、恵那のシャツの襟元を掴み上げた。
「誰が優雅だって? 涼しい部屋ん中だって?」
「だろーがよ! 屋内でちーちーぱっぱやってるだけのヤツに、俺らが真夏の炎天下でどれだけ身体イジメてるかわかんねーだろ!」
そして再び恵那の膝蹴りが出ようとした瞬間、先にその足を掴んだ土岐が恵那をその体ごとソファに投げていた。
昔のように簡単に殴られるような体格ではない土岐である。対する恵那にはもう、手を使って喧嘩することに対しての恐怖心があるせいで、ただでさえ体格差があるのに武器を減らされていることで土岐に敵うはずもなく。
軽くあしらわれて簡単に投げられた自分が更にショックだった。
何せ、土岐相手に喧嘩で負けたのなんて、初めてだったから。
その上、目を見開いてショックを受けている恵那を押し倒して両腕をソファに抑えつけると、激おこモードな低音で「怪我、させたくねーから。大人しくメシ食って寝な」と囁いて。
冷ややかな視線だけを投げると、読んでいたマンガを持って自分の部屋へと帰って行った。
あまりのことに、茫然とするしかなくて。
そのままソファに寝そべりながら空を睨む。
僅か数年で、こんなにも体格差が出て、こんなことになるなんて。
悔しくて仕方ない。
いつだって、恵那が睨みつければ泣きじゃくり、蹴り上げればもうごめんなさいとしか言わなかった土岐が。
こっちが蹴った場所なんて蚊にでも刺されたような仕草で。軽く襟元を捻り上げて、剰え何の躊躇もなく自分を放り投げた。
……いや、実際そんなの体格を見ればわかっていたことで。
喧嘩をしなくなったのは、多分心のどこかでもう敵わないことを本能がわかっていたから。
いつの間にか、非力になってしまった自分があまりにも情けなくて。
おまけに……怪我させたくない、なんて。情けをかけられてしまうなんて。
悔しくて、悔しくて。
……そして、情けなくて。
いつだって自信満々に何事にも向かい合える自分というのは、きっと幼い頃に土岐に対して優越感を持っていたせい。
同じ時に生まれ、同じように育った弟に対して威厳を見せて力で抑えつけて、それによって培われたただの夜郎自大。
今、完全にその鼻っ柱をへし折られたような気がした。
何だろう、あまりにも自分がちっぽけで下らなく思える。
こんなにも非力な自分が恥ずかしくて。
――っ土岐なんかに……!
くるりと反転して、ソファに拳を叩きつける。
自分が楽器を扱っていて、しかも今がどれだけ大事な時かがわかっているから、こんな時でさえあくまでも叩きつけるのは柔らかいソファに対して。
人を殴る、なんてことには間違っても使えない。
けれど、じゃあそんなことに構わないで土岐を殴れたとしても。
きっと……敵わない。
こっちが全力で殴っても、きっと今の土岐はもう倒れたりなんてしない。
悔しくて歯噛みした。
奥歯が、ギリ、なんて音を立てる。
――ムカつく! なんでっ……!
なんで、こんなに体格差ができた? あの頃は同じ背格好だったのに。
こんなにも自分は細く華奢で。
握りしめた拳だって、土岐の掌にならきっと簡単に受け止められてしまう。
体格も力も、あまりにも違いすぎる。
だからこそ土岐は怪我をさせたくないと冷静に言い放ち、軽くあしらって自分の拳は振り上げようともしなかったのだ。
そして。
ソファに沈み込みながら。
姫扱いされる涼のイラつきを、恵那は初めて理解した。
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