Lag

月那

文字の大きさ
上 下
19 / 33
-19-

Lag

しおりを挟む
 こちらに来て四日目、仕事を終えたひかるはまっすぐ家へと帰った。
 というのも、紀子は友達と約束があるらしくて構ってくれない上に、朋之も残業で遅くなるらしく。
 かといって他の友人に「あきら」と呼ばれるのもいい気分はしないので、結局そのまま自宅へと向かった。
「ただいま」
 三台分の駐車スペースの右端に愛車を停めると、まだあまり慣れない重厚な玄関扉を開ける。
「おかえり、ひかる」
 と、迎えてくれたのは祖父であった。
「わ! どしたの、じいちゃん?」
「ん? いや、あつしくんがいないから遊びに来たんだ」
 篤くんとはひかるの父親である。
「親父出張?」
「らしい。季里子きりこがたまには遊びに来たらって言うし、節子せつこと一緒にな」
 母季里子は祖母と一緒に買い物に出ていると言う。
 結局祖父と一緒にリビングへと入った。
「あ、俺着替えて来るわ」
 お役所勤めであるひかるはスーツを着ており、このままでは寛ぐこともできないのでそう言って部屋へと向かった。
 階段を上がって廊下を南側へと歩くと、そこに“あきら”の部屋がある。
 日当たりのいいすっきりとした部屋の中に入ってしまえば、元の世界の自室と同じだ。
 家具も配置も日当たりも。
 唯一違うのは天井の色くらいで。
 そんな部屋だから、不思議と“他人”の部屋だというのに気がねなく落ち着くことができた。
「え。さっきじいちゃん、ひかるって呼ばなかったか?」
 トレーナーにGパンという格好になり、部屋を一歩出た途端ふと気付く。
 階段を降りて風呂場にある洗濯機にカッターシャツを突っ込むと、急いでリビングに戻った。
「じいちゃん! 俺のことひかるって……」
「ん? いいじゃないか。わしはおまえのこと一目見たときから山村ひかるちゃんにそっくりだと思ってたんだから。呼ばせてくれよ」
 ソファに寝そべってテレビを見ていた祖父が、へらへらと笑いながら言う。
 その表情は、いつもひかるに見せている現実の祖父のそれと同じで。
 自分の名前が“ひかる”であることの理由である昔のアイドルの名前を聞いて、そう言えばこの人が名付けたのだったと思い返していた。
「まったくもって、あの新幹線にわしが乗れておったら、おまえにはちゃんとわしが“ひかる”と付けておったのになあ」
「何言ってるんですか、おじいちゃん。あなたがぐずぐずやってるから乗り遅れたんでしょうが」
 嘆くように呟いた祖父に、リビングの入り口からそんな声が返って来る。
「ばあちゃん。おかえり」
「ただいま。お仕事お疲れ様、明」
「今日はまっすぐ帰って来たのね。良かったわ。お父さんいないから今日はおじいちゃんたちと一緒に御飯食べましょうね」
 母に言われ、
「親父がいないからって……?」
 首を傾げたひかるに、祖母がくすくすと笑った。
「ほんと、おじいちゃんも大人気ないんだから。篤さんだってこれだけ偉くなったんだから、いい加減許してあげればいいのに」
「うるさい。市のおえらいさんになったところで、季里子やひかるを放っておくような男は、わしは好かん」
「だからひかるじゃなくてあきらでしょ。いい加減、山村ひかるのことは忘れなさいよ」
 祖母の諭すような言葉に、祖父は「忘れられるか、ばかもの」と言ってしっかりとソファから立ち上がる。
「ひかるちゃんはなあ、若くして亡くなったが、あれは絶対に天下を取る大女優になっていたんだ。そんなひかるちゃんのあのかわいらしい目! わしはひかるを見た途端、これだ! と思ったね。だからひかる、おまえもそのうち芸能界に入るんだ!」
 がし、と両腕を祖父に掴まれ、ひかるは曖昧に笑うしかなかった。
「俺、オトコなんだけど?」
「なーに、構うもんか。最近のテレビ見ておったらわかるだろう? オトコノコでもかわいければ許されるんだ。きっとひかる、おまえならアイドルになれるぞ!」
「いや、てゆーか俺もう二十五だし。アイドルなんてなれねーって」
 なりたくもないし。
「むう。これだから篤くんは気が利かないんだ。市のなんとかキャンペーンとかにひかるを出してみろ。絶対に大人気になるぞ、ひかるは」
 ひかる、と呼ばれることに全く抵抗がない今のひかるは、“あきら”に同情しながら祖父の力説を聞き流していた。
 確かに本当のひかるの祖父も“ひかるちゃん”とひかるをやたらとかわいがるが、それにしてもここまでばかなことは言わない。
きっと初孫に“ひかる”と名付けることができたことで、自分の中の欲求が満たされているからだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

彼者誰時に溺れる

あこ
BL
外れない指輪。消えない所有印。買われた一生。 けれどもそのかわり、彼は男の唯一無二の愛を手に入れた。 ✔︎ 四十路手前×ちょっと我儘未成年愛人 ✔︎ 振り回され気味攻と実は健気な受 ✔︎ 職業反社会的な攻めですが、BL作品で見かける?ようなヤクザです。(私はそう思って書いています) ✔︎ 攻めは個人サイトの読者様に『ツンギレ』と言われました。 ✔︎ タグの『溺愛』や『甘々』はこの攻めを思えば『受けをとっても溺愛して甘々』という意味で、人によっては「え?溺愛?これ甘々?」かもしれません。 🔺ATTENTION🔺 攻めは女性に対する扱いが酷いキャラクターです。そうしたキャラクターに対して、不快になる可能性がある場合はご遠慮ください。 暴力的表現(いじめ描写も)が作中に登場しますが、それを推奨しているわけでは決してありません。しかし設定上所々にそうした描写がありますので、苦手な方はご留意ください。 性描写は匂わせる程度や触れ合っている程度です。いたしちゃったシーン(苦笑)はありません。 タイトル前に『!』がある場合、アルファポリスさんの『投稿ガイドライン』に当てはまるR指定(暴力/性表現)描写や、程度に関わらずイジメ描写が入ります。ご注意ください。 ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 作品は『時系列順』ではなく『更新した順番』で並んでいます。

新緑の少年

東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。 家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。 警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。 悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。 日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。 少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。 少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。 ハッピーエンドの物語。

薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい
BL
代々医師の家系で育った宮野蓮は、受験と親からのプレッシャーに耐えられず、ストレスから目の機能が低下し見えなくなってしまう。 目には包帯を巻かれ、外を遮断された世界にいた蓮の前に現れたのは「かずと先生」だった。 爽やかな声と暖かな気持ちで接してくれる彼に惹かれていく。勇気を出して告白した蓮だが、彼と気持ちが通じ合うことはなかった。 彼が残してくれたものを胸に秘め、蓮は大学生になった。偶然にも駅前でかずとらしき声を聞き、蓮は追いかけていく。かずとは蓮の顔を見るや驚き、目が見える人との差を突きつけられた。 うまく話せない蓮は帰り道、かずとへ文化祭の誘いをする。「必ず行くよ」とあの頃と変わらない優しさを向けるかずとに、振られた過去を引きずりながら想いを募らせていく。  色のある世界で紡いでいく、小さな暖かい恋──。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

処理中です...