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こちらに来て四日目、仕事を終えたひかるはまっすぐ家へと帰った。
というのも、紀子は友達と約束があるらしくて構ってくれない上に、朋之も残業で遅くなるらしく。
かといって他の友人に「あきら」と呼ばれるのもいい気分はしないので、結局そのまま自宅へと向かった。
「ただいま」
三台分の駐車スペースの右端に愛車を停めると、まだあまり慣れない重厚な玄関扉を開ける。
「おかえり、ひかる」
と、迎えてくれたのは祖父であった。
「わ! どしたの、じいちゃん?」
「ん? いや、篤くんがいないから遊びに来たんだ」
篤くんとはひかるの父親である。
「親父出張?」
「らしい。季里子がたまには遊びに来たらって言うし、節子と一緒にな」
母季里子は祖母と一緒に買い物に出ていると言う。
結局祖父と一緒にリビングへと入った。
「あ、俺着替えて来るわ」
お役所勤めであるひかるはスーツを着ており、このままでは寛ぐこともできないのでそう言って部屋へと向かった。
階段を上がって廊下を南側へと歩くと、そこに“あきら”の部屋がある。
日当たりのいいすっきりとした部屋の中に入ってしまえば、元の世界の自室と同じだ。
家具も配置も日当たりも。
唯一違うのは天井の色くらいで。
そんな部屋だから、不思議と“他人”の部屋だというのに気がねなく落ち着くことができた。
「え。さっきじいちゃん、ひかるって呼ばなかったか?」
トレーナーにGパンという格好になり、部屋を一歩出た途端ふと気付く。
階段を降りて風呂場にある洗濯機にカッターシャツを突っ込むと、急いでリビングに戻った。
「じいちゃん! 俺のことひかるって……」
「ん? いいじゃないか。わしはおまえのこと一目見たときから山村ひかるちゃんにそっくりだと思ってたんだから。呼ばせてくれよ」
ソファに寝そべってテレビを見ていた祖父が、へらへらと笑いながら言う。
その表情は、いつもひかるに見せている現実の祖父のそれと同じで。
自分の名前が“ひかる”であることの理由である昔のアイドルの名前を聞いて、そう言えばこの人が名付けたのだったと思い返していた。
「まったくもって、あの新幹線にわしが乗れておったら、おまえにはちゃんとわしが“ひかる”と付けておったのになあ」
「何言ってるんですか、おじいちゃん。あなたがぐずぐずやってるから乗り遅れたんでしょうが」
嘆くように呟いた祖父に、リビングの入り口からそんな声が返って来る。
「ばあちゃん。おかえり」
「ただいま。お仕事お疲れ様、明」
「今日はまっすぐ帰って来たのね。良かったわ。お父さんいないから今日はおじいちゃんたちと一緒に御飯食べましょうね」
母に言われ、
「親父がいないからって……?」
首を傾げたひかるに、祖母がくすくすと笑った。
「ほんと、おじいちゃんも大人気ないんだから。篤さんだってこれだけ偉くなったんだから、いい加減許してあげればいいのに」
「うるさい。市のおえらいさんになったところで、季里子やひかるを放っておくような男は、わしは好かん」
「だからひかるじゃなくてあきらでしょ。いい加減、山村ひかるのことは忘れなさいよ」
祖母の諭すような言葉に、祖父は「忘れられるか、ばかもの」と言ってしっかりとソファから立ち上がる。
「ひかるちゃんはなあ、若くして亡くなったが、あれは絶対に天下を取る大女優になっていたんだ。そんなひかるちゃんのあのかわいらしい目! わしはひかるを見た途端、これだ! と思ったね。だからひかる、おまえもそのうち芸能界に入るんだ!」
がし、と両腕を祖父に掴まれ、ひかるは曖昧に笑うしかなかった。
「俺、オトコなんだけど?」
「なーに、構うもんか。最近のテレビ見ておったらわかるだろう? オトコノコでもかわいければ許されるんだ。きっとひかる、おまえならアイドルになれるぞ!」
「いや、てゆーか俺もう二十五だし。アイドルなんてなれねーって」
なりたくもないし。
「むう。これだから篤くんは気が利かないんだ。市のなんとかキャンペーンとかにひかるを出してみろ。絶対に大人気になるぞ、ひかるは」
ひかる、と呼ばれることに全く抵抗がない今のひかるは、“あきら”に同情しながら祖父の力説を聞き流していた。
確かに本当のひかるの祖父も“ひかるちゃん”とひかるをやたらとかわいがるが、それにしてもここまでばかなことは言わない。
きっと初孫に“ひかる”と名付けることができたことで、自分の中の欲求が満たされているからだろう。
というのも、紀子は友達と約束があるらしくて構ってくれない上に、朋之も残業で遅くなるらしく。
かといって他の友人に「あきら」と呼ばれるのもいい気分はしないので、結局そのまま自宅へと向かった。
「ただいま」
三台分の駐車スペースの右端に愛車を停めると、まだあまり慣れない重厚な玄関扉を開ける。
「おかえり、ひかる」
と、迎えてくれたのは祖父であった。
「わ! どしたの、じいちゃん?」
「ん? いや、篤くんがいないから遊びに来たんだ」
篤くんとはひかるの父親である。
「親父出張?」
「らしい。季里子がたまには遊びに来たらって言うし、節子と一緒にな」
母季里子は祖母と一緒に買い物に出ていると言う。
結局祖父と一緒にリビングへと入った。
「あ、俺着替えて来るわ」
お役所勤めであるひかるはスーツを着ており、このままでは寛ぐこともできないのでそう言って部屋へと向かった。
階段を上がって廊下を南側へと歩くと、そこに“あきら”の部屋がある。
日当たりのいいすっきりとした部屋の中に入ってしまえば、元の世界の自室と同じだ。
家具も配置も日当たりも。
唯一違うのは天井の色くらいで。
そんな部屋だから、不思議と“他人”の部屋だというのに気がねなく落ち着くことができた。
「え。さっきじいちゃん、ひかるって呼ばなかったか?」
トレーナーにGパンという格好になり、部屋を一歩出た途端ふと気付く。
階段を降りて風呂場にある洗濯機にカッターシャツを突っ込むと、急いでリビングに戻った。
「じいちゃん! 俺のことひかるって……」
「ん? いいじゃないか。わしはおまえのこと一目見たときから山村ひかるちゃんにそっくりだと思ってたんだから。呼ばせてくれよ」
ソファに寝そべってテレビを見ていた祖父が、へらへらと笑いながら言う。
その表情は、いつもひかるに見せている現実の祖父のそれと同じで。
自分の名前が“ひかる”であることの理由である昔のアイドルの名前を聞いて、そう言えばこの人が名付けたのだったと思い返していた。
「まったくもって、あの新幹線にわしが乗れておったら、おまえにはちゃんとわしが“ひかる”と付けておったのになあ」
「何言ってるんですか、おじいちゃん。あなたがぐずぐずやってるから乗り遅れたんでしょうが」
嘆くように呟いた祖父に、リビングの入り口からそんな声が返って来る。
「ばあちゃん。おかえり」
「ただいま。お仕事お疲れ様、明」
「今日はまっすぐ帰って来たのね。良かったわ。お父さんいないから今日はおじいちゃんたちと一緒に御飯食べましょうね」
母に言われ、
「親父がいないからって……?」
首を傾げたひかるに、祖母がくすくすと笑った。
「ほんと、おじいちゃんも大人気ないんだから。篤さんだってこれだけ偉くなったんだから、いい加減許してあげればいいのに」
「うるさい。市のおえらいさんになったところで、季里子やひかるを放っておくような男は、わしは好かん」
「だからひかるじゃなくてあきらでしょ。いい加減、山村ひかるのことは忘れなさいよ」
祖母の諭すような言葉に、祖父は「忘れられるか、ばかもの」と言ってしっかりとソファから立ち上がる。
「ひかるちゃんはなあ、若くして亡くなったが、あれは絶対に天下を取る大女優になっていたんだ。そんなひかるちゃんのあのかわいらしい目! わしはひかるを見た途端、これだ! と思ったね。だからひかる、おまえもそのうち芸能界に入るんだ!」
がし、と両腕を祖父に掴まれ、ひかるは曖昧に笑うしかなかった。
「俺、オトコなんだけど?」
「なーに、構うもんか。最近のテレビ見ておったらわかるだろう? オトコノコでもかわいければ許されるんだ。きっとひかる、おまえならアイドルになれるぞ!」
「いや、てゆーか俺もう二十五だし。アイドルなんてなれねーって」
なりたくもないし。
「むう。これだから篤くんは気が利かないんだ。市のなんとかキャンペーンとかにひかるを出してみろ。絶対に大人気になるぞ、ひかるは」
ひかる、と呼ばれることに全く抵抗がない今のひかるは、“あきら”に同情しながら祖父の力説を聞き流していた。
確かに本当のひかるの祖父も“ひかるちゃん”とひかるをやたらとかわいがるが、それにしてもここまでばかなことは言わない。
きっと初孫に“ひかる”と名付けることができたことで、自分の中の欲求が満たされているからだろう。
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