4 / 33
-4-
Lag
しおりを挟む
「いい? 関谷さんは今はあきらさんだからね。家には早瀬が車で送るから。人間関係に関しては一応このファイルを渡しとく。それで、はい、これはプリペイド式の携帯電話。ここにいる間はこれ、使ってて。あきらさんの親しい友人には携帯替えたって連絡してください。あと、何かあったら早瀬の携帯番号登録してあるし、僕のも入ってる。心配しなくても、絶対に元の世界に戻してあげるから、一週間だけ我慢してて」
三時間、何度も何度もいろんな形で輝はひかるに説明した。
しかしどうやっても理解できないひかるに、仕方なく中途半端なまま最低限の注意事項のみ言い含めて関谷家へと帰すことにしたのである。
そして今、ひかるは早瀬の助手席に座っている。
窓から見える風景は、まるで普段とは変わりない。
何度か訪れたことのあるY大から自宅への道だ。
ひかるは自分がどうやら異世界に紛れ込んでしまったらしい、ということだけは理解したけれど、だからといってそれが普段とどんな風に違うのか、なんてことまでは理解できないでいた。
「ま、あんまり深く考えるなよ。ほんの少しのずれだからさ、殆ど変わりないと思うし。たった一週間だけだから、もしおかしな行動してもちょっとどうかしてるんだ、って感じで周りの人間も受け止めるだろうしね」
早瀬の運転は意外にも穏やかだった。
がっちりとした体躯と乱暴な口調、鋭い目つきなどからは想像できない。
「早瀬、さんって何歳?」
「お? 俺達の話を聞ける余裕が出てきたか?」
それは違う。
現実から離れてる話を聞いても理解できないから、もっと身近な話を聞こうと思っただけだ。
ひかるは思ったけれど、あえて口にしなかった。
「俺は二十九。Y大出てから薬品関係の仕事してる。Y大には商品卸したりしてるからしょっちゅう顔出してるんでね、輝の手伝いのできることはやってやるんだ」
「……輝って、何者?」
十五歳で博士号なんて、どう考えても普通じゃない。
「あいつはね、天才だよ。俺にも全く理解できないこと、考えてる。だから俺にはパシリしかできねーんだけど。あいつ、護ってやれるのは自分だって自信あるから、だからあいつの傍にいる」
「……輝、男だよな? あんたも。なのに?」
「関係ない。俺は輝が輝だからあいつのことを愛してるし、あいつも俺が男だってことは特になにも気にしてないし。別にオトコ好きってわけじゃないから、おまえのこと襲う気はねーよ」
根っからのストレートであるひかるは、ほっとした自分に気付いて内心苦笑した。
「紀子ちゃんだっけ? こっちにもいるよ。ただ、後でファイルで確認してくれればいいけど、おまえさんの恋人じゃあない」
「え!?」
「残念だったな。おまえの恋人は別人だ。それが誰かってのはおまえにはかなりのショックだろうから、俺の口からは伏せとくよ。とりあえず内海紀子うつみのりこちゃんは親友としておまえの傍にいるみたいだけどな」
何よりも、ショックだった。
どんなことが起きても、生まれ変わっても、自分は彼女と添い遂げるだろうと思えるくらい、恋人である紀子のことを想っているつもりだったから。
なのに、この世界だと自分と紀子は恋人でもなんでもないだなんて。
「の、紀子には恋人がいるのか?」
「さあね。そこまで知らないよ。おまえに関する情報はファイルしてるけど、おまえの友達の交友関係まではどうかと思ったし」
「信じられない……」
「ま、一週間の我慢だからさ。下の事情に関してはこっちの恋人に処理してもらうか、我慢するかしとけ。ムリヤリ紀子ちゃん襲うんじゃないよ」
ひかるは「そんなことしませんよ」とだけ言って、窓の外に目を遣った。
ほんの少し世界が違うだけで、そんなことが変わってしまうなんて。
改めて自分が異世界に放り出されていることを実感する。
「性格とか、おまえ自身に関してはそう変わりないはずだ。そこまでの大きなずれではないから。だから、あまり気にすんなよ」
黙りこんでしまったひかるのことをかわいそうに思ったらしく、早瀬が今までよりもずっと優しい口調で言った。
「別に、気にしてないよ。全然実感わかないし、普通に毎日仕事してりゃいいんだろ?」
「仕事かあ。大丈夫かな? まあ、やってみてだめだって判断したら休んじゃえば? 親父さんの権力あるから、簡単に休めると思うよ?」
早瀬は簡単に言うが、現実には「休みます」なんて簡単に通る職場ではない。
ただ、こっちの世界ではどうやら親父が“市議会議員”だなんて肩書きを持っているらしいから、ひょっとしたらそれも可能なのかもしれないけど。
「恋人に話すかどうかはおまえさんに任せるよ。紀子ちゃんにも。別に何が何でも隠さないといけない事実じゃないし。輝が元に戻せば恐らく総てが“無かった”ことになる。余程のことしなければね。それにまあ、こんなこと話しても誰もまともには受け取ってくれないだろうけど」
それはそうだろう。
現実に自分の身に起きていることだってのに、ひかるにもまだ信じきれないでいるんだから。
「輝も言ってたけど、何かあったら俺に電話しろ。輝は暫くおまえを元に戻すって作業に専念するから。天才ってのは集中力も人並みじゃないからな。邪魔してやるなよ」
「ああ。わかった。まあ、大丈夫だと思う」
「輝の方の準備ができたらまた連絡あると思うし。こっちからは極力連絡はしないようにするよ」
「ん」
そのまま二人は黙り込み。
結局黙ったままひかるは早瀬に送られて、見たことのない大きな家の前で“関谷家”だと降ろされた。
「後はおまえが自分の判断で動け。あまり、深く考えなくても構わないから」
早瀬はそう言い残して去って行った。
三時間、何度も何度もいろんな形で輝はひかるに説明した。
しかしどうやっても理解できないひかるに、仕方なく中途半端なまま最低限の注意事項のみ言い含めて関谷家へと帰すことにしたのである。
そして今、ひかるは早瀬の助手席に座っている。
窓から見える風景は、まるで普段とは変わりない。
何度か訪れたことのあるY大から自宅への道だ。
ひかるは自分がどうやら異世界に紛れ込んでしまったらしい、ということだけは理解したけれど、だからといってそれが普段とどんな風に違うのか、なんてことまでは理解できないでいた。
「ま、あんまり深く考えるなよ。ほんの少しのずれだからさ、殆ど変わりないと思うし。たった一週間だけだから、もしおかしな行動してもちょっとどうかしてるんだ、って感じで周りの人間も受け止めるだろうしね」
早瀬の運転は意外にも穏やかだった。
がっちりとした体躯と乱暴な口調、鋭い目つきなどからは想像できない。
「早瀬、さんって何歳?」
「お? 俺達の話を聞ける余裕が出てきたか?」
それは違う。
現実から離れてる話を聞いても理解できないから、もっと身近な話を聞こうと思っただけだ。
ひかるは思ったけれど、あえて口にしなかった。
「俺は二十九。Y大出てから薬品関係の仕事してる。Y大には商品卸したりしてるからしょっちゅう顔出してるんでね、輝の手伝いのできることはやってやるんだ」
「……輝って、何者?」
十五歳で博士号なんて、どう考えても普通じゃない。
「あいつはね、天才だよ。俺にも全く理解できないこと、考えてる。だから俺にはパシリしかできねーんだけど。あいつ、護ってやれるのは自分だって自信あるから、だからあいつの傍にいる」
「……輝、男だよな? あんたも。なのに?」
「関係ない。俺は輝が輝だからあいつのことを愛してるし、あいつも俺が男だってことは特になにも気にしてないし。別にオトコ好きってわけじゃないから、おまえのこと襲う気はねーよ」
根っからのストレートであるひかるは、ほっとした自分に気付いて内心苦笑した。
「紀子ちゃんだっけ? こっちにもいるよ。ただ、後でファイルで確認してくれればいいけど、おまえさんの恋人じゃあない」
「え!?」
「残念だったな。おまえの恋人は別人だ。それが誰かってのはおまえにはかなりのショックだろうから、俺の口からは伏せとくよ。とりあえず内海紀子うつみのりこちゃんは親友としておまえの傍にいるみたいだけどな」
何よりも、ショックだった。
どんなことが起きても、生まれ変わっても、自分は彼女と添い遂げるだろうと思えるくらい、恋人である紀子のことを想っているつもりだったから。
なのに、この世界だと自分と紀子は恋人でもなんでもないだなんて。
「の、紀子には恋人がいるのか?」
「さあね。そこまで知らないよ。おまえに関する情報はファイルしてるけど、おまえの友達の交友関係まではどうかと思ったし」
「信じられない……」
「ま、一週間の我慢だからさ。下の事情に関してはこっちの恋人に処理してもらうか、我慢するかしとけ。ムリヤリ紀子ちゃん襲うんじゃないよ」
ひかるは「そんなことしませんよ」とだけ言って、窓の外に目を遣った。
ほんの少し世界が違うだけで、そんなことが変わってしまうなんて。
改めて自分が異世界に放り出されていることを実感する。
「性格とか、おまえ自身に関してはそう変わりないはずだ。そこまでの大きなずれではないから。だから、あまり気にすんなよ」
黙りこんでしまったひかるのことをかわいそうに思ったらしく、早瀬が今までよりもずっと優しい口調で言った。
「別に、気にしてないよ。全然実感わかないし、普通に毎日仕事してりゃいいんだろ?」
「仕事かあ。大丈夫かな? まあ、やってみてだめだって判断したら休んじゃえば? 親父さんの権力あるから、簡単に休めると思うよ?」
早瀬は簡単に言うが、現実には「休みます」なんて簡単に通る職場ではない。
ただ、こっちの世界ではどうやら親父が“市議会議員”だなんて肩書きを持っているらしいから、ひょっとしたらそれも可能なのかもしれないけど。
「恋人に話すかどうかはおまえさんに任せるよ。紀子ちゃんにも。別に何が何でも隠さないといけない事実じゃないし。輝が元に戻せば恐らく総てが“無かった”ことになる。余程のことしなければね。それにまあ、こんなこと話しても誰もまともには受け取ってくれないだろうけど」
それはそうだろう。
現実に自分の身に起きていることだってのに、ひかるにもまだ信じきれないでいるんだから。
「輝も言ってたけど、何かあったら俺に電話しろ。輝は暫くおまえを元に戻すって作業に専念するから。天才ってのは集中力も人並みじゃないからな。邪魔してやるなよ」
「ああ。わかった。まあ、大丈夫だと思う」
「輝の方の準備ができたらまた連絡あると思うし。こっちからは極力連絡はしないようにするよ」
「ん」
そのまま二人は黙り込み。
結局黙ったままひかるは早瀬に送られて、見たことのない大きな家の前で“関谷家”だと降ろされた。
「後はおまえが自分の判断で動け。あまり、深く考えなくても構わないから」
早瀬はそう言い残して去って行った。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
彼者誰時に溺れる
あこ
BL
外れない指輪。消えない所有印。買われた一生。
けれどもそのかわり、彼は男の唯一無二の愛を手に入れた。
✔︎ 四十路手前×ちょっと我儘未成年愛人
✔︎ 振り回され気味攻と実は健気な受
✔︎ 職業反社会的な攻めですが、BL作品で見かける?ようなヤクザです。(私はそう思って書いています)
✔︎ 攻めは個人サイトの読者様に『ツンギレ』と言われました。
✔︎ タグの『溺愛』や『甘々』はこの攻めを思えば『受けをとっても溺愛して甘々』という意味で、人によっては「え?溺愛?これ甘々?」かもしれません。
🔺ATTENTION🔺
攻めは女性に対する扱いが酷いキャラクターです。そうしたキャラクターに対して、不快になる可能性がある場合はご遠慮ください。
暴力的表現(いじめ描写も)が作中に登場しますが、それを推奨しているわけでは決してありません。しかし設定上所々にそうした描写がありますので、苦手な方はご留意ください。
性描写は匂わせる程度や触れ合っている程度です。いたしちゃったシーン(苦笑)はありません。
タイトル前に『!』がある場合、アルファポリスさんの『投稿ガイドライン』に当てはまるR指定(暴力/性表現)描写や、程度に関わらずイジメ描写が入ります。ご注意ください。
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 作品は『時系列順』ではなく『更新した順番』で並んでいます。
新緑の少年
東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。
家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。
警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。
悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。
日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。
少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。
少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。
ハッピーエンドの物語。
薫る薔薇に盲目の愛を
不来方しい
BL
代々医師の家系で育った宮野蓮は、受験と親からのプレッシャーに耐えられず、ストレスから目の機能が低下し見えなくなってしまう。
目には包帯を巻かれ、外を遮断された世界にいた蓮の前に現れたのは「かずと先生」だった。
爽やかな声と暖かな気持ちで接してくれる彼に惹かれていく。勇気を出して告白した蓮だが、彼と気持ちが通じ合うことはなかった。
彼が残してくれたものを胸に秘め、蓮は大学生になった。偶然にも駅前でかずとらしき声を聞き、蓮は追いかけていく。かずとは蓮の顔を見るや驚き、目が見える人との差を突きつけられた。
うまく話せない蓮は帰り道、かずとへ文化祭の誘いをする。「必ず行くよ」とあの頃と変わらない優しさを向けるかずとに、振られた過去を引きずりながら想いを募らせていく。
色のある世界で紡いでいく、小さな暖かい恋──。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる