恋月花

月那

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 濃厚な恋物語を綴る歌が流れる舞台の上で、それに併せて舞う一人の美女。
 今日の衣裳は初夏を思わせる柳色で、今まで祐斗が目にしたことのない色の衣裳に、改めて心を奪われていた。

 “舞台の上の 花ならば
 散るも散らぬも それ限り
 焦がれる想いを 抱きつつ
 跡形残さず 消えるのみ“

 歌に沿う“加寿美”の舞は切なく祐斗の心を打つ。
 彼女が誰かを想って舞うその姿は、今の自分には遠い存在にしか思えない。
 あの時、あの幼い少女は自分のものだと思っていた。
 舞台の上でどんなに優雅に舞っても、それは総て自分のために踊ってくれているのだと、そう確信していた。

 けれど今は。
 こうして甘やかな色香を振り撒いているその姿が、自分のものではないのだと痛感してしまう。
 そんなにも、“彼女”はただひたすら空を見て、自分ではない誰かを見て、花を散らそうとする。

 と、ふと加寿美がその憂いに満ちた目を自分へと向けたような気がした。
 勿論祐斗がそこにいることに気付くはずもないことはわかっていた。
 彼女の演舞の間客席の照明はぐっと落とされ、こちらの様子など見えるはずがないのだから。

 けれど、祐斗には加寿美が自分を見たように感じられたのである。

 そしてあえかに微笑む。
 あらゆる哀しみを遠くに霞ませてしまうその微笑は、まるで想いが届いたかのように歓喜を表す。
 が、それはほんの一瞬で、僅かな瞬きと共に再び彼女の表情は憂いを帯びる。

 “いつしか触れた その肌が
 うつつのそれと 誰が言う
 ただひとときの 戯れと
 風がかすかに 残るのみ“

 まるで自分へと喜びを伝えているのかと祐斗が喜んだのも束の間、流れる歌が耳に入ってき、勘違いに項垂れた。
 あんなにも短い時間の微笑みがこんなにも自分を揺るがすという事実に、祐斗はただひたすら“加寿美”に翻弄されている自分を知った。

 惚れているのだ。
 あれが“加寿美”だからなのか、それとも和巳だからなのか。そんなことはもう、どうでも良かった。
 和巳だから“加寿美”の舞台をもう一度観たいと我侭を言ったのだし、“加寿美”だから和巳が自分に対して距離をおくことが悲しいのだ。

 “花の舞台の その上で
 延ばした指が 宙をかく
 いずれ届くと うたがわず
 舞う花びらに とけるのみ“

 そして和巳だから――傍にいたいのだ。
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