恋月花

月那

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 勉強は嫌いじゃない。
 祐斗が優等生と言われる所以はここにある。
 自分の知らないことを知る、ということは楽しいと思うし、疑問に思ったことを考えて答えを導き出すことは、まるでパズルを解いているようでもあるし。

 そんな祐斗は職員室の常連客である。
 しかも自分から進んでそこへ足を踏み入れるという、珍しい生徒として。
「あ、小月君。悔しいけど、今回私が負けたわー」

 試験が終了したと同時に早速職員室に質問のため訪れていた小月に、英語教諭の草浦くさうらが話かけてきた。
 ちなみに試験期間中はさすがに生徒の職員室への出入りは禁止となっており、解禁となって掃除以外でここに踏み入れた生徒としては祐斗が一番である。

「わ、まじっすか?」
「問五なんて思いっきりひっかけようと思っとったのに、ぜーんぜんひっかかってくれんのんじゃけえ、もう」
「甘いっすよ、先生。あれ、文章が長いだけで全然ストレートじゃもん」
「やーだやだ。もう小月君専用に別の問題作らんといけんのんかねえ?」
 ちょっと脹れ面で、けれど本気で怒っているわけがないのがはっきりと判るくらい目が笑っている草浦教諭は、腕組みをしながら背もたれに寄りかかった。

 どう見てもその辺にいるおばちゃんといった風体の彼女から、実は流暢な英会話がさらりと発せられるという事実に、彼女の授業を最初に受ける生徒は驚く。
 慣れたなら彼女の目が自分の意思をはっきりと伝えたがるほどに強い輝きを放っていることに気付くであろうし、そんな彼女が海外に長くいたことがあることも納得できるのだが、いかんせん容姿がそれに伴っていない。
 小太りで背は低く、いかにもなおばちゃんパーマの頭である。
 着ている服こそ学校の先生らしく小綺麗なスーツではあるが、醸し出す雰囲気は参観日帰りのお母さんでしかない。

「先生、問八はでも結構あざとかったっすよ? あれは惑わされて過去形にするヤツ結構おったじゃろ?」
「……かわいくないー。なんで問題出しとるこっちの意図まで読まれにゃいけんのんよ?」
「期末でリベンジ計ります?」
「今度こそ負けんけえね!」

 祐斗にとって英語の試験は彼女との勝負である。
 定期考査なのだから授業で習った部分を復習していさえすれば満点なんて簡単だという話は、草浦の試験に関しては全くない。
 というのも、授業で習った範囲の単語と文法こそ使っているけれど、教科書とは全く別の文章を使って問題文を作成してくるからで。

 当然問題を作る方も大変な作業となるのだが、彼女としても相手が祐斗であるために頑張らざるを得ないのだ。
 何しろ初めてのテストで満点を取るだけではなく、そのテストへの感想を総て英文で余白に綴った祐斗である。
 負けず嫌いな彼女はそれ以来、毎回祐斗に挑戦してくるようになった。

 おかげで他の生徒はたまったものではないのだが。
 今回までののテストでの勝敗は祐斗が殆ど勝ち越している。
 彼女作成の定期テストはほぼ満点、二年の学年末のテストで凡ミス一問やらかしてしまったが、彼女以外の教諭が作成したテストなんて”宿題プリント”的な感覚でしかない。

「もう二度と負けんしー」
「うわ、生意気っ。大体中学生で英英辞典使っちょるって事実だけでも、こっちはかなりムカつくのに」
「でも先生が最初に紹介してくれたんですよ?」
「そんなん律儀に覚えとかんでよねー。ま、いいわ、明日の授業で三組はテスト返すけん、みんなにそう言っちょいてね」
「はーい」
 祐斗はかわいらしく返事をすると、英語の結果が満点であることに満足し、それなりにゴキゲンな様子で本来の目的の教師の席へと向かった。

「あれ、小林先生は?」
 ところが、目的の数学教師が見当たらない。
「もう帰られましたよ。用があるっておっしゃってましたし」
 別の学年の数学教師に言われ、祐斗は「そうですか」と軽く会釈し、諦めて職員室を出た。
 テストについて気になることがあったのだが、とりあえず明日の授業で訊くことにする。仕事が速いことで有名な小林教諭である。きっと明日の授業で答案が返されることは間違いないだろう。

「おりょ? 小月じゃん」
 職員室を出るとすぐに、宗像に出会った。
「あ、むなっち。何で?」
「そーじとーばーん」
 宗像の隣にいた向山が歌うように答える。
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