恋月花

月那

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☆☆☆

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 四つ折りのそれにはふと自分の名前が見え、和巳は何の気なしに開いてみた。

「“祐斗へ、話があるので放課後七組の教室に来てください……相楽、和巳”だあ?」
 宛名が祐斗なのはわかるが、何故に差出人の名前が自分なのだろう?
 和巳は眉をしかめた。当然ながら自分が入れた手紙ではない。見覚えのない筆跡であるからして、中浦や小形でもないことは確かである。
「誰だ?」

 ふと頭をよぎったのは高柳一派だった。
 が、それにしては矛先が違う。
 呼び出すならば自分だろうし、その場合手紙は自分の机の中に、宛名と差出人の名が逆のものが入っているべきである。
 これまでにも自分は何度かいやがらせを受けているわけだし。

 先日の上履きに関しては、その日教室の掃除当番だった中浦が焼却炉に放り込まれる寸前のそれを、無事救出してくれたおかげで事なきを得たが、時には遠くから睨まれ、足をひっかけてこけさせようとしてくれたりもした。
 勿論そんなものにひっかかる和巳ではないし、睨みつける視線などそ知らぬふりであるが。
 まさか祐斗までもが高柳一派に何かされているわけでもないだろう。
 高柳たちとしてもどうやら優等生な祐斗には近づけないらしく、距離を置いているような雰囲気があるから。
「とりあえず」
 これは“祐斗には届かなかった”ことにしてしまおう、と和巳は手紙をポケットに突っ込んだ。


 祐斗たちの学校は各学年、昔は七クラス編成であったが、昨今の少子化に伴って一学年の生徒数が減少したため現在は六クラス編成となっている。
 となると当然七クラス目が使用していた教室は空き教室となるわけだが、まだその教室の今後の用途については検討中であり、結果としてそこは余剰分の机と椅子が放置されているだけの空間となり果てているのが現状である。

 今回誰だかわからない人物に自分の名前を騙られて呼び出された“七組の教室”というのもその一つで、和巳の教室のあるフロアの一階上の端にあり、基本的には生徒立ち入り禁止となっているのだが、どういうわけか鍵が開いていることが多いため、知る人ぞ知る告白場所となっていたりするのである。

 ところがこの学校に来てまだ日の浅い和巳はその部屋へ呼び出す“意味”も知らないため、何の予備知識もなく件の教室へと入ったのだった。
「小月くん!」
 扉を閉めると同時に、後ろから抱きすくめられた和巳は、驚いてその腕を振り払おうとした。が。

「ぼ、ぼぼぼ、ボクは前から、き、き、ききき、キミのことがっ!」
 かなり強い力で巻き付いているそれに和巳の細腕では対抗できず、祐斗だと誤解されたまま……。
「すすす、す、好きだったんだ!」
 告白なんてものを、されてしまう。

 びっくりした、なんてものじゃない。驚き過ぎて声も出ない。
 和巳は呆然として脱力してしまい、ぎゅうっと抱きしめてくるその腕の主が誰かを追及することもままならない状態で、更に彼の言葉の続きを聞いてしまう。

「相楽の名前使って、ごめん。でも、警戒されとうなかったけえ」

 祐斗の身長と和巳の身長はミリ単位くらいしか変わらない。
 そして、中浦と違って何の武術もたしなんでいない祐斗の体格と、好き好んで女優なんて職業に就いているからと贅肉どころか筋肉すら大してついていない和巳のそれは、見ようによっては似ているだろう。
 髪型も、どうせ仕事で鬘を付けるのだからと短めに、かつ色もいじることなく珍しく優等生な頭をしている和巳と、文字通り優等生の塊のような祐斗のそれが似ていないわけがない。

 つまり、顔以外は二人共よく似ている、という感想は彼等を見た他人が感じて当然のものであるわけで。
 暢気にそんなことを考えていた和巳は、次の瞬間はっと我に返った。

「小月くん!」
 何しろ告白してきた彼が、和巳を床へと押し倒してきたのだから。
「好きだ!」

「待て!」
 ぐりん、とひっくり返された和巳が相手の顔を見たのと、その相手が目をしっかりと閉じて口唇を近づけてくるのが同時だった。
 ので、仕方なく和巳は彼に頭突きを食らわせてしまう。
 空いていたのが頭だけだったもので。

「痛っ!」
「すまん」
 謝ったものの、釈然としない。
 なんで自分が謝らねばならないのだ?
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