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「あれ、小月は?」
和巳が一人で教室に入ってきた朝、小形がおはようの挨拶よりも先に訊いてきた。
「風邪ひいて寝込んでる」
「あーそうか。で、相楽ちゃんは小月のお迎えがなかったけえ遅刻した、と」
「うるさい」
実際小形の言うとおりなので和巳は少し脹れた。
一座の生活している月屋旅館の離れでは朝はかなり遅い。
基本的に夜遅くまで稽古したり、公演の衣裳管理などをやっているため、座員たちは祐斗たちの授業が始まる頃にようやく起きだしてくるのである。
故に和巳は毎朝適当に食事を摂り、毎朝几帳面にお迎えに来てくれる祐斗と共に家を出る。
その間母親とて眠ったままである。
和巳が自分で朝食の準備ができるようになってからは、「寝不足は肌に悪いのよ」と女優箕面七重としての発言を主張し始め、母親としてのお見送りすらしないのだ。
勿論同じ“女優”としてその意見に異を唱えるつもりもない和巳としては、稽古が終われば片付けもそこそこに宿題だけして寝てしまえる立場上、朝は一人で総てをこなしてしまうのである。
しかしながら、朝家を出る時間は祐斗次第になっているので、今日みたいに突然風邪で休むと言われたら。
もはや何時に家を出るのがベストかなんて考えたこともない。結局朝のホームルームぎりぎりの時間に教室に滑り込むということになってしまったのだ。
何しろ欠席するとの電話が入ったのがいつものお迎え時間よりも遅かったのである。
当たり前のように祐斗が来るのを待っていた和巳は、その知らせを受けて慌てて家を飛び出して来たのだ。
「相楽ちゃーん、お願いがあるんだけどなー」
一時限目の授業後、そう言って擦り寄ってきたのは小形である。
「一緒にコンパ来てくれん?」
「はあ?」
「ほら、むなっちの彼女がおるじゃろ? その友達が誰か紹介してって言っとるらしいんじゃわ。で、おいらが彼女欲しいっていつも言ってるから紹介してくれるんじゃけど、条件があってさー」
「条件?」
「うん。おまえと小月、もしくはそのどちらかも一緒に、ってことらしい」
自分と祐斗を指名してきた、という事実に和巳は眉を顰めた。
「あ、小形自分でもう聞いたん?」
二人の様子に気付いた宗像が声をかけてきた。
「どういうことだ?」
「相楽さ、こないだ会った瑞貴ちゃん覚えちょる?」
ゲームセンターで出会ったショートヘアでちょっと気が強そうな、それでいて普段はこころのサポート役を務めているだろう少女を思い出す。
「やっぱしさ、斎藤とは合わんかったみたいで。あん時おまえと小月と会っとったけえ、どっちか紹介しろってこころに頼んだみたいなんそ。で、小形は小形でうるさいしさ、も一人友達がおるけんそれと一緒に俺たち含めて三対三で会うたらどんなかって話になったんそ」
「瑞貴ちゃん、ねえ」
「ま、おまえがイヤってんなら小月に頼むんじゃけど、あいつあんまりコンパって好きじゃないけえなー」
宗像の台詞に、小形が“お願いします”という様子で顔の前で手を合わせており、和巳は少し悩んだ。
乗り気とは言えないが、かと言って自分が断れば祐斗がそれに参加することになるのである。
自分が行くという事実と祐斗が行という事実を量りにかけるとどちらが重いか。
「いいよ」
和巳は仕方なく肯いた。
「え、まじで?」
嬉しそうに小形の目が輝く。
「ああ、俺が行ってやるよ。でも、俺時間がなかなか取れないと思うけど」
「あ、仕事かあ」
途端にしゅん、となる小形がかわいく思え、和巳はくすっと笑うと、
「ま、何とか作るようにするよ」
座長に掛け合わないとなあ、と内心ぼやきながらも小形の額に軽くデコピンなんぞを食らわせながら言った。
「あれ、小月は?」
和巳が一人で教室に入ってきた朝、小形がおはようの挨拶よりも先に訊いてきた。
「風邪ひいて寝込んでる」
「あーそうか。で、相楽ちゃんは小月のお迎えがなかったけえ遅刻した、と」
「うるさい」
実際小形の言うとおりなので和巳は少し脹れた。
一座の生活している月屋旅館の離れでは朝はかなり遅い。
基本的に夜遅くまで稽古したり、公演の衣裳管理などをやっているため、座員たちは祐斗たちの授業が始まる頃にようやく起きだしてくるのである。
故に和巳は毎朝適当に食事を摂り、毎朝几帳面にお迎えに来てくれる祐斗と共に家を出る。
その間母親とて眠ったままである。
和巳が自分で朝食の準備ができるようになってからは、「寝不足は肌に悪いのよ」と女優箕面七重としての発言を主張し始め、母親としてのお見送りすらしないのだ。
勿論同じ“女優”としてその意見に異を唱えるつもりもない和巳としては、稽古が終われば片付けもそこそこに宿題だけして寝てしまえる立場上、朝は一人で総てをこなしてしまうのである。
しかしながら、朝家を出る時間は祐斗次第になっているので、今日みたいに突然風邪で休むと言われたら。
もはや何時に家を出るのがベストかなんて考えたこともない。結局朝のホームルームぎりぎりの時間に教室に滑り込むということになってしまったのだ。
何しろ欠席するとの電話が入ったのがいつものお迎え時間よりも遅かったのである。
当たり前のように祐斗が来るのを待っていた和巳は、その知らせを受けて慌てて家を飛び出して来たのだ。
「相楽ちゃーん、お願いがあるんだけどなー」
一時限目の授業後、そう言って擦り寄ってきたのは小形である。
「一緒にコンパ来てくれん?」
「はあ?」
「ほら、むなっちの彼女がおるじゃろ? その友達が誰か紹介してって言っとるらしいんじゃわ。で、おいらが彼女欲しいっていつも言ってるから紹介してくれるんじゃけど、条件があってさー」
「条件?」
「うん。おまえと小月、もしくはそのどちらかも一緒に、ってことらしい」
自分と祐斗を指名してきた、という事実に和巳は眉を顰めた。
「あ、小形自分でもう聞いたん?」
二人の様子に気付いた宗像が声をかけてきた。
「どういうことだ?」
「相楽さ、こないだ会った瑞貴ちゃん覚えちょる?」
ゲームセンターで出会ったショートヘアでちょっと気が強そうな、それでいて普段はこころのサポート役を務めているだろう少女を思い出す。
「やっぱしさ、斎藤とは合わんかったみたいで。あん時おまえと小月と会っとったけえ、どっちか紹介しろってこころに頼んだみたいなんそ。で、小形は小形でうるさいしさ、も一人友達がおるけんそれと一緒に俺たち含めて三対三で会うたらどんなかって話になったんそ」
「瑞貴ちゃん、ねえ」
「ま、おまえがイヤってんなら小月に頼むんじゃけど、あいつあんまりコンパって好きじゃないけえなー」
宗像の台詞に、小形が“お願いします”という様子で顔の前で手を合わせており、和巳は少し悩んだ。
乗り気とは言えないが、かと言って自分が断れば祐斗がそれに参加することになるのである。
自分が行くという事実と祐斗が行という事実を量りにかけるとどちらが重いか。
「いいよ」
和巳は仕方なく肯いた。
「え、まじで?」
嬉しそうに小形の目が輝く。
「ああ、俺が行ってやるよ。でも、俺時間がなかなか取れないと思うけど」
「あ、仕事かあ」
途端にしゅん、となる小形がかわいく思え、和巳はくすっと笑うと、
「ま、何とか作るようにするよ」
座長に掛け合わないとなあ、と内心ぼやきながらも小形の額に軽くデコピンなんぞを食らわせながら言った。
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