恋月花

月那

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☆☆☆

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 明らかに、機嫌を損ねたらしい。

「もう、だめねえ。祐斗ってばあんなに和ちゃんのこと好きだったくせに」
「ほんとほんと。まあでも、小さかったものねえ。和も大きくなったし」
 母親たちが懐かしそうに話すのを聞きながら、祐斗は自分を睨む少年を記憶の中に探った。

 まるで覚えていない。
 実際今までにも座員の子供が自分と同い年くらいだったことは多々あり、基本的に人懐こい方である祐斗が彼等と仲良く遊んでいるのはいつものことである。
 だからその中の一人なのだろうが、少年の美貌は記憶の中のどの顔とも一致しないのだ。

「和君は祐斗のこと覚えてるのよね?」
 母に問われた少年は祐斗への表情を掻き消し、ゆっくりと頷いた。
 どうやら“不機嫌”なのを他に見せるつもりはないらしい。冷静な態度に、「こいつオトナだな」と内心感心する。

「仕方ないわよ、女将さん。だって祐斗くんにとっては沢山の座員さんたちの一人ですもの。それよりも、来週から祐斗くんと同じ学校に行かせようと思ってるから、今度からよろしくお願いしたいわ」
「そうよね。同い年だから、同じクラスになるかもしれないわね。祐斗、仲良くするのよ」
 いや、俺は仲良くするつもりだけどそっちにはその気がないんじゃないのか?
 祐斗は内心呟きながら、母親に苦笑いをしつつも頷いた。

 何しろ、少年が自分を見る目線がきついことこの上ないのだから。
 最初のあの綺麗な笑顔がうそだったかのように、冷たい目線で祐斗を見ているのである。
 忘れてしまったことは悪いかなと思うが、ここまで睨まれるのもどうかと思うのだが。
 どうやら久しぶりに再会したらしい母親たち二人はお喋りに夢中で、祐斗と少年の間にある確執には全く気付いていないようである。

「あの……」
 仕方なく、冷たく見つめる少年に話しかけてみた。
「ごめん」
 とりあえず謝ってみたものの、その瞬間少年は大きくため息を吐いて祐斗に背を向けた。

「ちょ、ちょっと待って。悪かったよ、その、覚えてなくて。ごめん」
 何でそれくらいのことで無視なんてされないといけないのだ、と思いつつも祐斗は少年の傍に立つ。
「えっと。ごめん、名前教えてくれん? そしたら思い出すかもしれんし、さ」
 しかしそう言った瞬間、少年はものすごい勢いで祐斗を睨みつけたのである。

「…………さいってー」
 少年の声は少し掠れていて、その綺麗な顔に反して割と低いものだった。

「え、何?」
「あっち、行けよ。もういいから!」
 少年はそう言って祐斗に完全に背を向けると、声をかける隙もなく部屋を出て行ってしまった。
 忘れてるって事実には申し訳ないと思うけれど、ここまで不機嫌な態度を取られるのもどうかと思う。

「祐ちゃんなんで忘れたん? あんなに仲良かったのに」
 取り付くしまもない様子の少年を呆然を見送った祐斗に、母親が気付いて声をかけてきた。
「あの子、名前何て言うん?」
「あら、和巳くんよ? 相楽和巳さがらかずみくん。箕楽座みらくざの」
 みらく、ざ……?
「ほんと、何年になるんかねえ? 七重ななえさん、十年かしら?」

 みらくざのかずみちゃん。
 その名前には心当たりがある。
 しかし、だ。
「そうねえ。もうそんなになるのかしらね。そうそう、これから和が踊りのお稽古するらしいから、祐斗君観て行ってちょうだいな。今の箕楽座の看板娘だから」 

 …………娘?

「あら、そうね。ほら祐斗、折角だから観てきんさい」
 母たちは二人共、確実に面白がっているようである。

 みらくざのかずみちゃん。
 祐斗はその名前を反芻しながら離れの奥にある稽古場へと向かった。


 宴会場ほどではないが、それでも一般の家庭にはあり得ないくらいの広い部屋である。
 旅館の宴会場は常に客が出入りしているので、劇団員はここで練習を行うことができるようになっている。
 そして、何人かの俳優の演技を見ながら待つこと三十分程。稽古場の入り口から艶やかな赤い着物を纏った美女が現れた。

「か……かずみ、ちゃん……」
 思わず漏らしたその声に気付いたのか、美女がちらりと祐斗を見た。
 先程の冷たい目が、しかしながらその美しい化粧により、何とも魅惑的なものとして祐斗に投げかけられる。
 美女はほんの少し口角を上げて微笑むと、悠然と稽古場の中央へと進んだ。

「和! おまえ衣裳まで着けなくてもいいじゃねーかよー」
 座員の一人にそう言われた美女は、その声にも“つん”と無視して師匠であるらしい年配の女性へと向き直った。
「お願いいたします」
 低いけれど、丁寧な声。
 美女の声に師匠は微笑んで音楽をかけさせた。
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