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祐斗の生家である月屋旅館は温泉宿である。
しかもこの温泉街においてはかなりの老舗といえるほどに創立は古く、それ故に昔から旅の一座を迎えてその公演を売りにしていることでも有名である。
そしてこの日は、春夏公演に向けて新たな一座を迎える日であった。
「祐ちゃん、今日は早く帰ってきてね」
女将なんて仕事をしているくせに、祐斗が学校に行く時間にはできるだけ顔を出して見送る母は、にっこりと笑いながら言った。
「何で?」
やたらと嬉しげなその様子を訝っての問いに、しかしながら母はいたずらっぽく笑うだけで首を振る。
「ふふふ。帰ってからのお楽しみよ。じゃ、行ってらっしゃいな」
含みのある笑顔が怖い。が。
朝五時起床、そして綺麗に和装を決めて七時には旅館に出ている母は、この時間既に完全メイクである。息子をして化け物かと思わせるほどに年齢を感じさせない母親に、不敵に笑いかけられてそれ以上突っ込める人間などそういないだろうと祐斗は思う。
結局わけもわからないまま登校した祐斗は、帰宅してからようやくその笑顔の理由を知るのだった。
この年頃にしては祐斗は割と従順な方である。
それは勿論持って生まれた性格もあるだろうが、子供の頃から両親が汗水たらして働くのを目の当たりにし、更に反抗期を迎える直前に妹なんぞができたおかげで、ろくに反抗できないままに思春期を過ごしてしまっているせいでもあるだろう。
「まさかこの状況で非行に走るのもばからしいし」
母親に早く帰れと言われ、かわいらしく授業が終わって直帰なんてしてまともに家の門を開けながら祐斗は呟いた。
「ただいまー」
旅館の裏側にある古い家。
旅館自体は数年前にリニューアルして綺麗な建物になっているが、母屋とそれに続く離れはおよそ築五十年くらいの代物である。
改築はちょこちょことやっているので内装こそ新しいが、外からみたら昔ながらの古い家。
旅館と一緒に立て替えてくれればよかったのに、といつも思う。
「おかえり、祐ちゃん。着替えたら離れに来てねって女将さんが言うちょったけえ、行ってね」
出迎えてくれたのは、母親に代わって家のことをやってくれている橋本さん。
家政婦というにはもう長過ぎるくらいの付き合いで、祐斗にとっての育ての親だと言えるだろう。
今は妹の花香の面倒を見ながら家事をやってくれている。
「ああ、今日から新しい人たちが来るんだっけ?」
「そうよ。懐かしい顔もあるけ、早よう行ってみ」
「懐かしいって?」
「だめだめ。女将さんからは私も口止めされちょるけん、これ以上は言えれん。ほら、早よう着替えて行きんさいな」
朝の母親と同じような表情で橋本が言う。
ので、祐斗は母親たちが何をおもしろがっているのかかなり気になった。
がしかし、ここで橋本を問い詰めたところで仕方がないので、言われた通り制服を着替えて離れへと向かう。
離れは、門こそ共有しているが母屋とは完全に別の建物になっている。
座員たちが母屋に気兼ねなく生活できるようにしてあるのだ。
しかし、それ故に祐斗としてはあまり離れに出入りすることはない。
ドアの前でどう言って声をかけるべきか悩んだ挙句、
「ただいまー」
と、とりあえず言ってみた。
「あ、祐ちゃん! おかえりー、入って入って!」
奥から母親の声がする。
お邪魔します、なのかどうかわからいのでぼそ、とそう呟きながら祐斗は離れの中に入って行った。
「うちの祐斗です。大きくなったでしょう?」
「まあ! ほんと、大きくなったわあ。ほら、和ちゃん、祐斗くんよ」
母親と話していた綺麗な女性。そしてその声に振り返ったのは女性にそっくりなえらく綺麗な少年だった。
「覚えてる?」
そう女性から問いかけられた少年は頷き、嬉しそうに微笑んで祐斗に会釈した。
劇団の俳優だけあって、とてもきれいな顔をしている。
「祐斗、懐かしいでしょ? 四つくらいの時だったわよね? よく一緒に遊んでたのよ」
「……」
「覚えてない?」
母が畳みかけるように問うが。
残念ながら祐斗の記憶にはなかった。
仕方なく苦笑しながらすみませんと頭を下げると、母親と女性はくすくすと笑った。
と、その瞬間少年の表情が変わる。
「……?」
それまでの柔らかな表情が消え、恐ろしく冷たい目でまるで睨み付けられるように見られたのだ。
祐斗の生家である月屋旅館は温泉宿である。
しかもこの温泉街においてはかなりの老舗といえるほどに創立は古く、それ故に昔から旅の一座を迎えてその公演を売りにしていることでも有名である。
そしてこの日は、春夏公演に向けて新たな一座を迎える日であった。
「祐ちゃん、今日は早く帰ってきてね」
女将なんて仕事をしているくせに、祐斗が学校に行く時間にはできるだけ顔を出して見送る母は、にっこりと笑いながら言った。
「何で?」
やたらと嬉しげなその様子を訝っての問いに、しかしながら母はいたずらっぽく笑うだけで首を振る。
「ふふふ。帰ってからのお楽しみよ。じゃ、行ってらっしゃいな」
含みのある笑顔が怖い。が。
朝五時起床、そして綺麗に和装を決めて七時には旅館に出ている母は、この時間既に完全メイクである。息子をして化け物かと思わせるほどに年齢を感じさせない母親に、不敵に笑いかけられてそれ以上突っ込める人間などそういないだろうと祐斗は思う。
結局わけもわからないまま登校した祐斗は、帰宅してからようやくその笑顔の理由を知るのだった。
この年頃にしては祐斗は割と従順な方である。
それは勿論持って生まれた性格もあるだろうが、子供の頃から両親が汗水たらして働くのを目の当たりにし、更に反抗期を迎える直前に妹なんぞができたおかげで、ろくに反抗できないままに思春期を過ごしてしまっているせいでもあるだろう。
「まさかこの状況で非行に走るのもばからしいし」
母親に早く帰れと言われ、かわいらしく授業が終わって直帰なんてしてまともに家の門を開けながら祐斗は呟いた。
「ただいまー」
旅館の裏側にある古い家。
旅館自体は数年前にリニューアルして綺麗な建物になっているが、母屋とそれに続く離れはおよそ築五十年くらいの代物である。
改築はちょこちょことやっているので内装こそ新しいが、外からみたら昔ながらの古い家。
旅館と一緒に立て替えてくれればよかったのに、といつも思う。
「おかえり、祐ちゃん。着替えたら離れに来てねって女将さんが言うちょったけえ、行ってね」
出迎えてくれたのは、母親に代わって家のことをやってくれている橋本さん。
家政婦というにはもう長過ぎるくらいの付き合いで、祐斗にとっての育ての親だと言えるだろう。
今は妹の花香の面倒を見ながら家事をやってくれている。
「ああ、今日から新しい人たちが来るんだっけ?」
「そうよ。懐かしい顔もあるけ、早よう行ってみ」
「懐かしいって?」
「だめだめ。女将さんからは私も口止めされちょるけん、これ以上は言えれん。ほら、早よう着替えて行きんさいな」
朝の母親と同じような表情で橋本が言う。
ので、祐斗は母親たちが何をおもしろがっているのかかなり気になった。
がしかし、ここで橋本を問い詰めたところで仕方がないので、言われた通り制服を着替えて離れへと向かう。
離れは、門こそ共有しているが母屋とは完全に別の建物になっている。
座員たちが母屋に気兼ねなく生活できるようにしてあるのだ。
しかし、それ故に祐斗としてはあまり離れに出入りすることはない。
ドアの前でどう言って声をかけるべきか悩んだ挙句、
「ただいまー」
と、とりあえず言ってみた。
「あ、祐ちゃん! おかえりー、入って入って!」
奥から母親の声がする。
お邪魔します、なのかどうかわからいのでぼそ、とそう呟きながら祐斗は離れの中に入って行った。
「うちの祐斗です。大きくなったでしょう?」
「まあ! ほんと、大きくなったわあ。ほら、和ちゃん、祐斗くんよ」
母親と話していた綺麗な女性。そしてその声に振り返ったのは女性にそっくりなえらく綺麗な少年だった。
「覚えてる?」
そう女性から問いかけられた少年は頷き、嬉しそうに微笑んで祐斗に会釈した。
劇団の俳優だけあって、とてもきれいな顔をしている。
「祐斗、懐かしいでしょ? 四つくらいの時だったわよね? よく一緒に遊んでたのよ」
「……」
「覚えてない?」
母が畳みかけるように問うが。
残念ながら祐斗の記憶にはなかった。
仕方なく苦笑しながらすみませんと頭を下げると、母親と女性はくすくすと笑った。
と、その瞬間少年の表情が変わる。
「……?」
それまでの柔らかな表情が消え、恐ろしく冷たい目でまるで睨み付けられるように見られたのだ。
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