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072 弥栄

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 「それではみなさん弥栄いやさか!」

 俺の掛け声でスタジオ内の皆がグラスを片手に弥栄いやさか! と声を出し打ち上げが始まった。

 ちなみに弥栄とは日本古来数千年前からある大和言葉で『私のためでもなく、あなたのためでもなく、ともに栄え、ともに和す。全ていよいよ栄えましょう』という考え方だ、とりま縁起のいい言葉なので社長に言われてからは乾杯ではなく弥栄と言うようにしているわけだ。

 「会場は21時迄使用できるのでそれまで時間のある方はゆっくりされて下さい」

 教えてリル先生に出演の生徒達と保護者、カメラマンや大道具さん等スタッフ達も皆用意された食事に手を付け大いに楽しまれている。

 公開生放送終了後にプリフォーのCD持参の子は歌詞カードにサインをしますと事前に告知していたので今まさにサイン会が行われている、ここに集まった生徒役を引き受けてくれた子達の殆どがCDを持って来ているので、長テーブルに横一列で座るプリフォーに列を作って順番にサインを書いてもらっている。

 サインを貰いながらプリフォーとお話しでができて皆幸せそうだ、ちなみに愛宕と竈門は臣がサインを書いているのをへばりついて見ているよ。


 「Kさん、CD二枚共サイン頂いちゃいました、えへへ」
 
 スーちゃんが見せてきたファースト&セカンドシングルCDにはスミレさんへ♡と、メンバーのサインがしっかり書かれていた。

 「スーちゃん良かったね、メンバー全員のサイン入りだし将来値打ちものになるかもよ」

 「有難うございます、友達も同じように頂いて喜んでます」

 「それは何よりだ、スーちゃん達も時間許すならゆっくり食事して行きなよ、飲み物も遠慮なく何でも飲んでいいからね」

 一礼をした彼女達は笑顔で食事をし生徒役の子達と楽しく話をしている。

 プリフォーからサインを貰い終えた子達が類、キララ、肉山、近藤を囲むようにしてお喋りをする。

 そんな中、リルには何故か列が出来ていて一人ずつ話す感じになっている、親御さんの多くも並んでいてなんか見ていて面白い。
 
 ざわめく会場で俺はノートパソコンを開き今日の視聴者の反応をチェックする、嬉しい事にプリフォーと新曲に興味を持ってくれている、更にメールには新曲だけでなく今まで出したCDの注文が殺到して驚いている、中には大手CDショップから大口の注文が入ってこの勢いだと数日中に在庫がなくなりそうだ。

 俺の表情が緩んでいるのが分かったのか三島さんが笑顔で食べ物を乗せた紙皿を片手に近寄ってきた。

 「雨木川さんお疲れ様、飯食べてる?」

 「落ち着いたら頂きます、それより今日は本当にお世話になりました」

 「何水臭いこと言っているんですか、それにしても上手くいって良かったですね」

 「それもこれも三島さんのお陰ですよ、正直本番ぎりぎりまで冷や汗ものでした」

 「生徒達が来ないなんて思わないからね、むねさんもいい加減困ったもんだ」

 「三島さんは神谷宗男とはどういう関係なんですか?」

 「キルト社長が昔バントやってたってのは聞いてる?」

 「はい、ヴィジュアル系? ですかね、ロックバンド組んでいたのは知ってますよ」

 「僕はそのガーネットってバンドでドラム叩いていたんだよ」

 「え~! そうなんですか? 知らなかった、初耳です」

 「僕はヴィジュアル系って柄じゃないからね、ロックバンドだけど外見で売っていたわけじゃないし、それにボーカルは女性だよ」

 「それも初耳です」

 「まぁ僕以外の三人は見た目も際立っていたからね、ヴィジュアル系と勘違いした人もいたんだろうね、キルトは今以上に線が細く女性と間違えられる事あったしボーカルの子も長身でカッコイイ女性だったから二人は中世的な感じだったよ」

 社長ってつくづく自分の事は話さないミステリアスな人だと思った。

 「そのガーネットを熱心に応援してくれていたのが宗さんなんだ」

 「熱心に応援ですか?」

 「そう、今とは真逆だね、でもキルトが脱退してね、メインで曲書いているのは彼だしキルト無しではどうしようもなくてさ、新しいギターを入れようかとも思ったんだけどボーカルの子も飽きっぽい子で結局2年もせずにガーネットは解散したよ」

 「社長はその後ダンスに転向したんですよね?」

 「うん、宗さんはその後もキルトを追っかけて応援していたなぁ、結局ガーネットというよりキルト個人に惚れこんでいたんだよ、実際あいつは何かしてくれるんじゃないかと期待してしまう所あるからね、今と違って無口で一見冷たい感じのする所あったけど人を魅了する力はもの凄くあったよ」

 無口で冷たい感じか・・・・、確かに今のたまに見せるはじけた感じの振る舞いはわざとというか無理しているのかもしれないな。

 「それなのにダンスの大会で二連覇したら突然姿を消しただろ、僕たちもだけど宗さんは必死で全国探し回っていたよ、結局見つからずじまいだったけどね、そんな中数年経って突然現れ弟を売り込みに芸能の世界に来たもんだから宗さんは怒って嫌がらせしているわけさ」

 俺は社長の突然消えた理由が気になった、それに表舞台に戻って来たことも・・・・。

 「なんとなくだけど宗さん本当はキルトと・・・・」

 「弥栄~!」

 三島さんの話を遮るかのようにおおきな声で弥栄と言いながら長身で金髪ロン毛、鼻の下に髭を付けたスーツ姿の男が扇子をパタパタと仰ぎながらこちらにゆっくりと近づいて来た。
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