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003 臣ちゃんと環ちゃん♡

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 事務所の中、俺が返事もせずに黙っているのでもう一度言うぞと言った後で再び同じセリフを社長は口にした。


 「千個の環ちゃん人形を完売した時の大変さを思い出せば今回の事なんて大したことなかろう」


 確かにあれはとても大変だった・・・・、テレビ番組『教えてリル先生♡』でリルが使用する腹話術の人形を環ちゃんにすると決まっているから知名度が上がり瞬く間に売れると豪語していたのに突然番組側が違う人形で行くことになり環ちゃんは使えないことから、何のキャラクターともわからない物を売る羽目になった、しかも高さ30センチの人形に一個一万円!

 こんな高額で買う人いないだろうと言っても社長は元手がかかっている、この人形は日本製で全てハンドメイド、麻、綿、絹しか使っていない自然繊維のみで作っている、出荷前に千個全て神社に祈願するのでお守りにもなるように作っている、腹掛けは全てリルが裁断から縫製、さらに腹掛けの裏にはシリアルナンバーと俺のサインを刺繍している、将来希少価値の付くこと間違いないアイテムで、この値段でも安いくらいだ、と言い張る。


 この手の品は疎いので調べてみたらアクションフィギュアに2万も3万もするものが普通に売られているようなので1万円は妥当なのか? とも思ったけど・・・・、いやいや高いよな~。


 本当に全部売り切るのは大変だったと頭をよぎる、特に最初の100個迄は、だがこの環ちゃん人形から全ては始まったんだなとしみじみ思う、何せこの人形が無ければ臣や心に出会うことはなかっただろうし、ましてやプリフォーが結成するなんてありえなかっただろう・・・・。


 俺が考え事をしていると社長がまたわけのわからないことを言う。


 「だから今回も成功させろ、というわけで還流よ、プリフォーを連れて二泊三日のキャンプに行け!」

 は? 何故? という顔をする俺に社長は、


 「あいつらは個々の魅力は素晴らしい物があるが四人になることでその魅力が半減している、一重に上手く団結が出来ておらんのだ、皆で自然に触れ寝食を共にすることで何か変化するだろう、まったく変化が感じられないようなら解散も考えている、還流お前次第だぞ」


 え~、マジかよ、あいつらの存続は俺しだいなの?


 「では私には私の仕事がある、しばらく留守にするのでこの件はお前に任せた、早めに四人に連絡を取ってキャンプ合宿に行ってこい、成功を祈る」


 と言ってそそくさと事務所を出て行った、俺はあっけにとられたね。

 幸い5月に長い休みがあるのでそこを利用してキャンプ合宿を決行しようと考えた、直ぐにリーダーの須賀彗夏に電話する、皆まだ近場にあるファミレスにいるとの事だったので、俺も合流することにした。

 ファミレス内、空いている席は少なく若い人が中心に賑わっている、プリフォーはその中でも一際目立っているように見えた。

 「おまたせ」

 4人掛けの席で正面に彗夏と伊莉愛、俺は心と臣が座っている席に詰めて座らせてもらう。

 「かえる遅いぞ!」
 と臣が言う、

 俺
 「お前達何を話していたんだ?」

 彗夏
 「新曲についてですよ、今度はもっと売れないとなぁって」

 心 
 「自分とメンバーの長所短所を明確に、客観的に分析していました」
 
 伊莉愛 
 「社長が結構自由にさせてくれている分、結果出さないとねって話してました~」

 俺 
 「何かいい案が浮かんだのか?」

 臣
 「ぜ~んぜん、かえるは良い案ある?」

 俺
 「お前たちは個々の魅力は素晴らしい物があるが四人になることでその魅力が半減している、団結力が欠けているんだ」

 社長が言っていたことをさも自分の言葉のように伝える。

 「皆で自然に触れ寝食を共にすることで何か変化するだろうから5月の休みにキャンプ合宿をしようと思う」

 臣 
 「え~、キャンプ、行く行く!」

 心 
 「良いと思います、スケジュール調整しますね」

 伊莉愛 
 「この合宿で弱点を克服出来たらいいよね~」

 彗夏 
 「よし、合宿までの間、心の提案した自分とメンバーの長所短所を明確化し、合宿中に発表して長所は伸ばす、短所は克服すように努力しよう」

 四人が顔を揃えて頷く。

 俺はこの娘達はこの娘達で色々と悩み考えているのだなと思ったよ。



 それから一週間、合宿キャンプ当日、車で2時間の場所にあるキャンプ場だ、集合時間は朝七時に決まった。事務所前に社長が八人乗りのワンボックスカーを準備してくれていたので荷物を入れても余裕で乗れる、後は四人が来るのを待つだけだ。

 臣と心がそろってやってきた、臣が環ちゃん人形を持っている、旅行に行く時など必ず持っていくという、俺の直ぐ隣、助手席に乗せシートベルトを着けて座らせている、臣と心は運転席の後ろの席、彗夏、伊莉愛は一番後ろの席に決まった。

 そうこうしていると伊莉愛が到着し、最後に彗夏がパンをくわえて走ってくる、ぎりぎりセーフと笑顔を見せる、確かにちょうど7時だ、皆車に乗り込んだのでキャンプ場へと車を走り出す。

 車内では4人が課題にしていたそれぞれの長所短所を言い合っている、俺は運転中、助手席に置いてある環ちゃん人形を見ながら臣と出会った4年前の事を思い出していた。




 あれは社長キルトの命令で環ちゃん人形を手売りしていた時だった、公園や広場で開催しているイベント会場や、駅前、商店街など人が集まりそうなところで、長机の上に1日10個限定販売、環ちゃん人形と書かれたポップを設置し人形を並べて販売していた、販売初日、2日目、3日目と見る人はいるが売れることなく日にちだけが過ぎて行った。

 一週間くらいたっただろうか、いつものように机に環ちゃん人形を並べて声掛けしていたら一人の女の子が母親に、

 「この子が欲しいの」

 とねだっていた、そのに環ちゃんを抱かせてあげる、笑顔で楽しそうだ、俺は売れたわけでもないのにとても嬉しくなった。


 母親が値段を聞いてびっくりする、とても買える値段ではないという雰囲気だ、負けじと俺も社長に教わった営業トークをする、メイドインジャパンで、自然繊維、絹(シルク)も一部使っている、デザイナーのキルトホウジョウの作品、全てにサイン&シリアルナンバー入りでネット販売はなく今ここでしか手に入らない等伝える。

 しかし首を縦に振ることはなく娘さんに他に安くていい人形、ぬいぐるみはあるだろうと促す、おれは今日も売れないのかと肩を落していると娘さんが

 「これがいいの、これじゃなきゃい・や・な・の!」

 と、母親にせがんでいる、母親も譲らないが、自分の預けていたお年玉全部使っていいから買ってくれと駄々をこねて母親も根負けし、なんと嬉しいことに初めて環ちゃん人形が売れたんた!

 正直俺も売れるんだ! と驚いた、購入の際に安くしてくれとさんざん言われたが社長にびた一文値引きはするなと釘を刺されていたので丁寧に断った。

 この娘とお母さんのやり取り、買う買わない合戦が面白かったのかちょっとしたギャラリーが出来ていた、娘さんが買ってもらったことで拍手迄起きたほどだ。

 その娘が環ちゃんをもって可愛がっているのを見て、

 「これは人気ある商品なのか?」
 「子供にプレゼントすると喜びます?」
 「キルトホウジョウという人は有名なのか?」
 「私にも一つくれないか」


 等次々に声をかけられて、みるみるうちに残り9個全部完売した。
 おれは何とも言えない達成感を感じた、また何を売るのではなくてどうやって売るっていうのが大切なんだなとひとつ勉強にもなったよ。


 その後、俺はこの子と協力すれば環ちゃんを売ることが出来ると思い、お母さんに名刺を渡し娘さんをキッズモデルにしませんか? とお誘いする、少女は興味を持ったようだが母親は名刺だけは受け取ってくれたが反応はいまいちで詳しい話は聞いてもらえず帰っていった。

 翌日からは以前の様に環ちゃん人形はさっぱり売れる気配がなくなった、どの場所に行っても売れずあの十個完売した日が幻だったんではないかと思ったほどだ。

 今日は完売した商店街で販売を開始した、いつものように多くの人が素通り、あきらめムードに入っていると初めて環ちゃん人形を買ってくれた少女がやって来た。

 「おー久しぶりだなぁ」
 俺は妙に嬉しい。
 「こんにちは、環ちゃん連れてきていいですか?」

 何のことかと思えば販売している環ちゃん人形とお話ししたいとの事だ、様は人形ごっこだな、勿論了解した。

 少女は家から環ちゃん人形を持ってきて並んでいる人形とお話ししている、可愛らしい光景だなと見ていると周りに人が集まってきた。

 俺はここぞとばかりにセールスする、話は聞いてくれるが値段を聞いて去っていく、だが興味持ってくれる人もいて前向きになれる。

 その子は妹? 良かったら一つ購入させて下さい、と、俺とこのの関係を誤解した年配の女性が買ってくれた、またこの娘の人形遊びを見ていた人が自分の子供にも買ってあげようと言って、一個買っていかれた、みるみる内に売れ今日も全部完売した、俺はこの娘には人を惹きつける魅力があるんだと思い、内の芸能事務所に是非欲しいと本気で思った。


 君の名前教えてくれるかな?

 「おみだよ、王城臣おうぎおみ」お兄さんは?

 「俺の名前は雨木川還流あまぎかわかえる、よろしく」

 すると臣は顔を真っ赤にして、

 「かえる~、カエルだって、あはははははっ」

 と腹を抱えて大笑いする、いいさ、慣れてるよと、しばらく黙っていたがいつまでも笑い続けているので流石にムカついてきた、かえるじゃない! えるだ! にアクセントが付くの、言い方間違わないように! 聞いているのかいないのか笑い声が商店街に響いた。


 今日は数年ぶりにリルと再会した公園に来ている、毎月イベントをやっていて、リルはここで腹話術等腕を磨きながらパフォーマンスしている。

 「僕は環ちゃん人形を売ることは出来ないけど手伝いは惜しまないからね」
 リルが嬉しいことを言ってくれる。

 社長は俺に与えた仕事だとして環ちゃん人形は俺が全部売らないといけない、だが手伝ってもらうのは問題ないという事だ。

 リルが環ちゃん人形をもって腹話術をしてくれている、大勢のギャラリーが楽しんで見ている、その中に臣とお母さんの姿もあった。

 パフォーマンス後、早くも10個の環ちゃん人形が全て完売した、こんなことならもっと持ってくればよかったな、リルが鮮やかに扱う環ちゃんはまるで生きているようで見ている人に自分も欲しいと思わせる力がある。

 子供達の親御さんもペットを飼うと思えば安いものだと笑顔で買ってくれた、今日はマジ、リル様様だよ。


 パフォーマンスをしている動画は撮影済みなのでネットにもアップしようと思う、少しでも環ちゃん人形を知ってもらうためには必要な事だからな。

 リルが仮面を取ると多くの人だかりができる、そう今年から始まった子供たちに大人気のテレビ番組『教えてリル先生♡』の影響だ。

 臣も毎回欠かさず見ているようで他の子どもたち同様興奮している、俺は臣のお母さんにキッズモデル、芸能活動の話をするがあまりいい返事はもらえない、どういったことをするのかもわからないし娘はまだ1年生なのでと心配との事だ。

 俺はこれからリルを老人ホームのボランティアに連れていくので一緒に行かないかと誘ってみた、臣はリルとお話ししたいようで絶対行くとお母さんに訴えて、しぶしぶ来てくれることになった。


 老人ホーム内、リルが腹話術をする、アシスタントをなんと臣が務めている、理由は臣が自分の環ちゃん人形を持っていたので人形同士でお話ししてみようと、急遽リルが提案しエチュード(即興芝居)になった、臣が自由に環ちゃんを動かし、リルが腹話術でサポートする形で見事に上手く成立している、ご老人やスタッフの方たちも朗らかに、時には笑い、暖く見守っている。

 俺と臣のお母さんは一番後ろで見ていた、お母さんは臣の楽しそうな顔を見て少し考えさせてと言ってくれた。


 ボランティア後、返りの車内でリルと臣は今日の芝居を楽しそうに振り返っている、すっかり友達になったようだ、臣がまたやりたいと母親に伝える、今日のような老人ホームや幼稚園でのボランティアであれば帰りが遅くなければ良いと言ってくれた、お母さんの考えが変化したのは、臣ちゃんの勉強は俺がしっかり見るんで、と伝えたのも大きかったのかもな・・・・。



 それから臣はちょくちょく事務所にも顔を出すようになった、社長も臣を気に入ってくれて世界で一つしかない60センチ、ビックサイズの環ちゃん人形を見せてあげていた、俺が初めて社長とあった時に持っていたやつだ、臣の反応は言わずもがなであるのはわかることだろう。



 「王手!」
  ある日の昼過ぎ事務所内で社長と臣が将棋を指していた。


 「社長、いくら手加減しているとはいえ追い込まれているじゃないですか」

 6枚落ち(飛角桂香が最初からない状態)で指しているとはいえ社長は学生の頃、奨励会に在籍したこともある実力の持ち主だと聞いている、そんな相手に小学一年の女の子が追い詰めているなんて信じられなかった。

 「あっ、あっ、あ~」
 「はい、王手」

 臣が追い詰めていると思ったが結局社長が勝利した、そうだろうな、と思っていると。

 「還流、お前指してみろ」

 「ハンデ下さいよ」

 「指すのは俺とじゃない」

 社長じゃなければ臣とか?

 「臣よ、飛車角落ちで還流と指してみろ」

 「え~、飛車角落ち」

 「はっ、俺も舐められたもんだ、やってやるよ、さぁ来い!」

 


 「まっ・・負けました・・・・」

 「やった~、還流にかったー!」


 嘘だろ、飛車角落ちで負けるだと、しかも相手は小学1年生だぞ・・・・。

 「臣、お前将棋教室とかに通っているのか?」

 「いいや」

 「どこで習った?」

 「じいちゃんだよ、一緒に住んでいるおじいちゃん、よく相手させられている」

 何者だその爺さん。



 社長は俺相手では物足りないと思っていたらしく良い暇つぶし相手が出来たと喜んでいる。



 その後、臣はボランティアでリル同様人気者になっていた、人形劇の後は決まって一手5秒の早指し将棋が盛り上がり実力のある臣相手に向きになって挑む爺さんたちも沢山いた、いい勝負をする方もいたが全戦全勝の臣に『最初にワシが負かすワシが負かす』と意気込んでいる、そう言ったこともあり臣がいないときは多くの方が寂しがっていた。


 芸能活動をするにあたっての親の承諾書を貰って来いと以前お母さんに渡した用紙の提出を伝えているが臣は忘れたと言い続けて持ってこない、3日に一回は事務所に来ていたのにここ一週間姿を見ていない、路上販売にも顔出さないしどうしてるんだろうと気になる。


 母親の携帯に電話を掛けるが一向に繋がらない・・・・。


 社長も用紙提出なしにはボランティアに連れていくことは駄目だという事で、臣の様子見と新しい承諾書を持って直接家に行くことにした。

 戸建住宅に住んでいる臣の家はいつもの商店街から徒歩10分程度の場所で直ぐわかった。
 土曜夕方なので親御さんは要るだろうとインターフォンを鳴らすとオールバックの鋭い目つきをした30代前半の男性が出てくる、俺が名刺を渡して自己紹介をすると。


 「君か、娘にわけのわからんことをさせているのは」

 と睨み付けて言ってきた。

 「奥様いらっしゃいますか?」
 すると奥から雨木川さんごめんなさい、と臣のお母さんが出てくる。


 「丁重にお帰り頂きなさい」
 と言って臣の父親は奥の部屋に行く。


 玄関外でお母さんと立ち話をしながらどういうことかを聞かせてもらった。


 私は社会勉強にもなるし何より本人が楽しそうなので好きにさせてあげたい、との事だが、お父さんは臣が芸能関係の仕事をするのを反対しているようだ。

 一週間前に長期の出張から帰って来たお父さんに承諾書を書いてもらおうとしたら破かれて、お母さんの携帯に入ってる俺の連絡先も着信拒否設定されてしまったという事だ。

 この一週間お父さんが臣を監視も兼ねて学校への送り迎えしていたので事務所に来ることが出来ず、今は2階の部屋に外から鍵をかけて閉じ込めているようだ。

 「お父さんと二人だけでお話しさせて頂けますか?」

 お母さんが何とかお父さんに会ってくれるよう話をつけてくれて、俺は王城家に足を踏み入れた。

 「私からはもう二度と、娘とかかわらないでくれ、それだけだ」

 腕組みして、かたくなに理解しようとしない感じが受け取れる。
 「これを見てもらっていいですか?」

 俺はタブレットを取り出し臣が老人ホームや幼稚園でのボランティアの様子が映っている動画を見せる。

 お父さんは黙ってみてくれたがこれがどうしたという感じだ。

 「娘さんの顔を見てわかりませんか? 自分だけでなく周りで見ている方々まで笑いに包んでいる、こんなことはそうできる人はいない、娘さんは人を笑顔にする才能がある! 俺には人を喜ばせる様な力はありません、でも臣ちゃんにはそれがあります、是非娘さんを僕らの事務所に預けてさせて頂けませんか?」


 お父さんは難しい顔をして駄目だと首を横に振った。

 「なぜそんなに反対されるのですか?」

 「娘はまだ小学1年生だぞ、今は勉強だけをしていればいいんだ」

 「お父さんのいう勉強とはただ学校で教わることだけですか? 学校以外でも大きなものが学べるとは思いませんか?」

 「お父さんなんて気安く呼ぶな! 今は学校だけで充分だと言っているんだ」

 「でしたらいつからだと良いのですか? 中学生になったらですか? 高校生になったらですか? 大学生? 二十歳過ぎたらいいんすか?」


 「二十歳過ぎたら好きにすればいい」

 「じゃあもし二十歳まで生きることが出来なかったらどうするんですか」

 「何を縁起でもないこと言っているんだ君は」


 「俺の大切な人は18歳で命を失ったんですよ、その子は頭も運動神経も良くこれかも沢山やりたいことがあったんだ、なのにある日突然亡くなった、生きたかった、生きたかったんだよ!」

 さらに声を荒げて訴える。


 「俺なんて今までやりたいこともなくただ生きてるだけの人生だよ、でもやりたいことがある人はそれをやるべきなんだ! だってやれずに死ぬ人もいるんだから! 年なんて関係ないでしょう! やりたいことをやれずに死んだらどうするんですか!!」


 俺は目に一杯涙をためながら、

 「だからやらせてあげて下さいよ、臣の才能を認めてあげてください、お願いします!」

 深々と頭を下げた、泣き顔を見せたくないことも理由の一つでもあったが。

 暫く黙っていたお父さんは、小さな声で”考えておく”とだけ言葉を残し部屋を出た。


 五分ほどして俺も席を立ち部屋を出るとお母さんと臣がドアの前に立っていた、臣がシシシッと笑いながらVサインをする、お母さんもありがとうと言ってくれた、もし旦那さんの考えが変わるようでしたらお願いしますと承諾書を渡した。

 玄関でしゃがみ込んで靴を履はいていると臣が俺の右頬に唇をくっつけた。

 「おっおい」

 「今日のお礼だよ」

 と満面の笑みで答えてきた、このマセガキと言ってやろうと思ったが止めておいた。

 帰り道、もっと上手く説得できたのになと、あんな感情的になってしまい恥ずかしさで赤面した・・・・。


 数日後、毎度毎度の環ちゃん人形を路上販売していたら臣が親御さんのサインの入った承諾書をもってやって来た。

 「おとうさん、芸能活動しても良いって、それでこれも渡すように言われた」

 俺は承諾書と一緒に茶封筒を受け取る、中にメモ紙が入っていてそこには一言

 「娘をよろしく頼む」

 と書かれていた、臣は何が書いてあるのか気になっていたようでメモを見せてと言ってきたが、

 「お前がこの世界で成功したら見せてやるよ」

 と言って、こちらこそよろしくな、と少女の頭をなでながら俺はそうつぶやいた。


 その後の臣の活躍は目覚ましい物があった、1年生の間にリルと一緒にボランティアなどで表現力や演技力などを身につけ、2年生になってからはテレビで全国放送の『教えてリル先生♡』に起用され一躍人気者になる、3年生になっても勢いは止まらず同世代から圧倒的な支持を得る。


 その時の話をしたい所だが、そろそろキャンプ場に到着しそうなので、続きはまたいずれ話すことにするよ。
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