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天使編
魔王討伐 その1
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ここはとある世界。
突如現れた魔王を討伐せんと立ち上がった勇者が、旅の道中で呆気なく殺された世界。
敵の本拠地である魔王城にて、魔物共の悲鳴が上がる。
その中心にいるのは2つの人影。
1人はまさに騎士といった出立ちの女だ。
そのまま下ろした長い銀髪はしなやかで、ターコイズグリーンの瞳からは強い意志を感じさせる。
彼女は銀の剣を振り回し、次々と魔物を切り捨ててゆく。
それとは別に神聖な力を感じさせる剣を背負っている。
その上鎧を着込んでいるにも関わらず身のこなしが猫のように軽い。相当体を鍛えていなければできない芸当だ。
もう1人は風変わりな男。
黒いマントを翻し、銀の装飾が施された美しい銃を両手に1丁ずつ構えている。
随分と背が高い彼は、腰まで伸びるグレーの長髪を邪魔にならぬよう束ねている。
彼の瞳は白く、対照的に強膜が黒い。吸い込まれそうな魅力をもつ目だ。
彼も魔物の猛攻を避けながら、まるで機械のように奴らの体に無数の風穴を開けてゆく。
流石は魔王城にいる魔物。レベルも高く十分強いはずなのだが……2人はそれを遥かに上回っている。
戦いが終わった頃には、火薬と鉄の臭いが辺りに立ち込めていた。
「終わったわね」
女が持っていた剣が氷のように溶け、首から下げていたペンダントへ吸い込まれる。
これが彼女が天使として与えられた能力『infinity mercury 』である。
ありとあらゆる物体に変化させられる水銀のような液体を使う事ができるのだ。
先程彼女がやっていたように剣にして振るう事もできるし、盾にして身を守る事もロープにして悪党を縛る事もできるのだ。
「アナタ……マオ・シエンだったかしら? 意外とやるじゃない?」
髪を掻き上げ、強気な姿勢で騎士はマオ・シエンに話しかける。
「元吸血鬼ハンターの肩書きは伊達ではないって事ね……レベルも見たところ随分と高いようだし」
「そう言う貴殿も、なかなかの手練れのようだ」
冷厳とも言える声色でマオ・シエンと呼ばれた男は返した。
「当然よ。私、勇者なんだから」
彼女の名はエーデルワイス。
生前、自分が生まれ育った世界の魔王を討ち、立ち込める闇を晴らさんとした勇者。
「しかし」とマオ・シエンが続ける。
「今更だが、『魔王四天王』とやらも倒す必要はあったのだろうか。最初から魔王とやらを倒してしまえば、無力化できたのではないだろうか」
「ラスボスは最後に倒す。当然でしょ?」
「……そういうものなのか」
あの説明で納得したらしい。
「さぁ、先を急ぎましょう。この先が玉座よ」
キビキビと進み始めるエーデルワイスの後をマオ・シエンが追う。
「貴殿はこのような世界に随分と詳しいようだ」
「私も魔王や魔物がいた世界で生まれたからよ」
「……そうだ。この世界の勇者は既に死んだと聞いたな。勇者が死ぬとまずいのか」
「当然。だって、誰も魔王を倒せなくなるじゃない」
「だからこそ、別の世界の勇者であった貴殿が、悪魔狩りの一員としてこの世界に来た」
「そう言う事。ヴェーラ様もお目が高いわ。私をこの世界の魔王討伐に向かわせたんだもの」
上機嫌な彼女の言葉を聞き流し、
(別に勇者でなくとも魔王が倒せればそれで良いのではないだろうか)
とマオ・シエンは思案を続ける。
「……そうだ。ところで『れべる』とは何だろうか」
「レベルね。その人や魔物の強さを表す数値よ」
「強さを……表す?」
いまいちピンときていないらしいマオ・シエンに、エーデルワイスは振り返ってこう言った。
「詳しくはサンドレアに聞いてちょうだい。1人で小さな図書館をやっているの……彼女なら、『レベル』が何か教えてくれるはずよ」
***
やがて2人は巨大な扉の前に立つ。
「この先が魔王が待つ玉座ですよ」と扉自身が自己紹介しているみたいだ。
金属が軋む不快な音を鳴らしながら、2人を迎え入れるように扉が開かれる。
痛哭な表情を浮かべ泣き叫ぶ人々の様子が彫刻された悪趣味な壁。
高すぎるが故に闇が立ち込めているように見える天井。
血のような色合いの長い絨毯。
その先にいる、人間の形をとったナニカ。
人と悪魔を混ぜたような姿……奴こそが、魔物を統べる王。
夜の王であるコウモリを思わせる翼が背から生えており、陶器の如く白い肌からは体温が感じられない。
「よく来たな、勇者よーー」
名乗ろうとする魔王の額に、マオ・シエンは狙いを定めた。
「ち、ちょっとマオ・シエン!」
勇者は驚き彼に手を伸ばすが、既に遅かった。
快音と共に銀の弾丸が回転しながら標的に向かい軌跡を描く。
「『ダーク』」
人差し指を愚者に向け、魔王は闇属性の魔法を唱える。
ブラックホールのような小さな球が魔王の指先から現れ、恐るべきスピードでマオ・シエンに向かい飛翔する。
奴は魔法で弾丸を消し炭にするつもりだ。
マオ・シエンはイメージを浮かべる。
『弾丸が魔法を躱して魔王の額に命中する』
思い描いたのは鋭い曲線を描く軌跡。
しかし、彼が扱う旧時代的な銃で撃った弾丸は真っ直ぐにしか飛べない。
妄想通り弾丸が飛ぶなどあり得ない事だ……だが、それを可能にするのが天使に与えられた能力。
マオ・シエンがイメージした通りの軌跡を描き、弾丸が魔王の額を貫いた。
『 变化轨道……それがマオ・シエンの能力。
弾丸の軌道や性質をイメージ通りに捻じ曲げる事ができるのだ。
急カーブを描きながらも速度を保った一撃を額に喰らい、魔王は仰け反った。
「……脳までいったな」
エーデルワイスは急いで銀の盾を構築し、悠長に敵を観察するマオ・シエンを魔王の魔法から守ってやった。
『相手が名乗りを挙げている時は攻撃しない』という常識が根底から覆されたにも関わらず、咄嗟の判断でマオ・シエンを庇った事を賞賛して欲しいものだ。
彼とは生まれた世界の常識が全く違う。
この時エーデルワイスはそう悟ったのだ。
頭を撃ち抜かれたはずの魔王が徐に体勢を直す。
エーデルワイスは鷹の如き目で魔王を睨む。奴の様子がおかしい……と。
目玉がギョロギョロとそれぞれ別の方向を忙しなく向いている。
口から悍ましい呻き声が発せられている。
体から緑色の体液が溢れ床を汚してゆく。
まるでサナギが羽化し蝶が生まれるように……
人の姿が背から破られ、巨大なドラゴンが生まれたのだ。
堅牢な黒い鱗に覆われた怪物は、口の端から白い煙を出している。
「ほぉ……人間ではなかったのだな」
マオ・シエンは実に興味深そうに奴を観察する。
「当然でしょう? 奴は魔族の王なのよ」
盾をペンダントに吸収させ、背負っていた剣を手にする。
神の遣いが鍛刀したとされる聖剣『グレイスソード』だ。
「第二形態! 魔王は私達を早急に潰すつもりよ!」
聖剣を手にした勇者はドラゴンに立ち向かった。
突如現れた魔王を討伐せんと立ち上がった勇者が、旅の道中で呆気なく殺された世界。
敵の本拠地である魔王城にて、魔物共の悲鳴が上がる。
その中心にいるのは2つの人影。
1人はまさに騎士といった出立ちの女だ。
そのまま下ろした長い銀髪はしなやかで、ターコイズグリーンの瞳からは強い意志を感じさせる。
彼女は銀の剣を振り回し、次々と魔物を切り捨ててゆく。
それとは別に神聖な力を感じさせる剣を背負っている。
その上鎧を着込んでいるにも関わらず身のこなしが猫のように軽い。相当体を鍛えていなければできない芸当だ。
もう1人は風変わりな男。
黒いマントを翻し、銀の装飾が施された美しい銃を両手に1丁ずつ構えている。
随分と背が高い彼は、腰まで伸びるグレーの長髪を邪魔にならぬよう束ねている。
彼の瞳は白く、対照的に強膜が黒い。吸い込まれそうな魅力をもつ目だ。
彼も魔物の猛攻を避けながら、まるで機械のように奴らの体に無数の風穴を開けてゆく。
流石は魔王城にいる魔物。レベルも高く十分強いはずなのだが……2人はそれを遥かに上回っている。
戦いが終わった頃には、火薬と鉄の臭いが辺りに立ち込めていた。
「終わったわね」
女が持っていた剣が氷のように溶け、首から下げていたペンダントへ吸い込まれる。
これが彼女が天使として与えられた能力『infinity mercury 』である。
ありとあらゆる物体に変化させられる水銀のような液体を使う事ができるのだ。
先程彼女がやっていたように剣にして振るう事もできるし、盾にして身を守る事もロープにして悪党を縛る事もできるのだ。
「アナタ……マオ・シエンだったかしら? 意外とやるじゃない?」
髪を掻き上げ、強気な姿勢で騎士はマオ・シエンに話しかける。
「元吸血鬼ハンターの肩書きは伊達ではないって事ね……レベルも見たところ随分と高いようだし」
「そう言う貴殿も、なかなかの手練れのようだ」
冷厳とも言える声色でマオ・シエンと呼ばれた男は返した。
「当然よ。私、勇者なんだから」
彼女の名はエーデルワイス。
生前、自分が生まれ育った世界の魔王を討ち、立ち込める闇を晴らさんとした勇者。
「しかし」とマオ・シエンが続ける。
「今更だが、『魔王四天王』とやらも倒す必要はあったのだろうか。最初から魔王とやらを倒してしまえば、無力化できたのではないだろうか」
「ラスボスは最後に倒す。当然でしょ?」
「……そういうものなのか」
あの説明で納得したらしい。
「さぁ、先を急ぎましょう。この先が玉座よ」
キビキビと進み始めるエーデルワイスの後をマオ・シエンが追う。
「貴殿はこのような世界に随分と詳しいようだ」
「私も魔王や魔物がいた世界で生まれたからよ」
「……そうだ。この世界の勇者は既に死んだと聞いたな。勇者が死ぬとまずいのか」
「当然。だって、誰も魔王を倒せなくなるじゃない」
「だからこそ、別の世界の勇者であった貴殿が、悪魔狩りの一員としてこの世界に来た」
「そう言う事。ヴェーラ様もお目が高いわ。私をこの世界の魔王討伐に向かわせたんだもの」
上機嫌な彼女の言葉を聞き流し、
(別に勇者でなくとも魔王が倒せればそれで良いのではないだろうか)
とマオ・シエンは思案を続ける。
「……そうだ。ところで『れべる』とは何だろうか」
「レベルね。その人や魔物の強さを表す数値よ」
「強さを……表す?」
いまいちピンときていないらしいマオ・シエンに、エーデルワイスは振り返ってこう言った。
「詳しくはサンドレアに聞いてちょうだい。1人で小さな図書館をやっているの……彼女なら、『レベル』が何か教えてくれるはずよ」
***
やがて2人は巨大な扉の前に立つ。
「この先が魔王が待つ玉座ですよ」と扉自身が自己紹介しているみたいだ。
金属が軋む不快な音を鳴らしながら、2人を迎え入れるように扉が開かれる。
痛哭な表情を浮かべ泣き叫ぶ人々の様子が彫刻された悪趣味な壁。
高すぎるが故に闇が立ち込めているように見える天井。
血のような色合いの長い絨毯。
その先にいる、人間の形をとったナニカ。
人と悪魔を混ぜたような姿……奴こそが、魔物を統べる王。
夜の王であるコウモリを思わせる翼が背から生えており、陶器の如く白い肌からは体温が感じられない。
「よく来たな、勇者よーー」
名乗ろうとする魔王の額に、マオ・シエンは狙いを定めた。
「ち、ちょっとマオ・シエン!」
勇者は驚き彼に手を伸ばすが、既に遅かった。
快音と共に銀の弾丸が回転しながら標的に向かい軌跡を描く。
「『ダーク』」
人差し指を愚者に向け、魔王は闇属性の魔法を唱える。
ブラックホールのような小さな球が魔王の指先から現れ、恐るべきスピードでマオ・シエンに向かい飛翔する。
奴は魔法で弾丸を消し炭にするつもりだ。
マオ・シエンはイメージを浮かべる。
『弾丸が魔法を躱して魔王の額に命中する』
思い描いたのは鋭い曲線を描く軌跡。
しかし、彼が扱う旧時代的な銃で撃った弾丸は真っ直ぐにしか飛べない。
妄想通り弾丸が飛ぶなどあり得ない事だ……だが、それを可能にするのが天使に与えられた能力。
マオ・シエンがイメージした通りの軌跡を描き、弾丸が魔王の額を貫いた。
『 变化轨道……それがマオ・シエンの能力。
弾丸の軌道や性質をイメージ通りに捻じ曲げる事ができるのだ。
急カーブを描きながらも速度を保った一撃を額に喰らい、魔王は仰け反った。
「……脳までいったな」
エーデルワイスは急いで銀の盾を構築し、悠長に敵を観察するマオ・シエンを魔王の魔法から守ってやった。
『相手が名乗りを挙げている時は攻撃しない』という常識が根底から覆されたにも関わらず、咄嗟の判断でマオ・シエンを庇った事を賞賛して欲しいものだ。
彼とは生まれた世界の常識が全く違う。
この時エーデルワイスはそう悟ったのだ。
頭を撃ち抜かれたはずの魔王が徐に体勢を直す。
エーデルワイスは鷹の如き目で魔王を睨む。奴の様子がおかしい……と。
目玉がギョロギョロとそれぞれ別の方向を忙しなく向いている。
口から悍ましい呻き声が発せられている。
体から緑色の体液が溢れ床を汚してゆく。
まるでサナギが羽化し蝶が生まれるように……
人の姿が背から破られ、巨大なドラゴンが生まれたのだ。
堅牢な黒い鱗に覆われた怪物は、口の端から白い煙を出している。
「ほぉ……人間ではなかったのだな」
マオ・シエンは実に興味深そうに奴を観察する。
「当然でしょう? 奴は魔族の王なのよ」
盾をペンダントに吸収させ、背負っていた剣を手にする。
神の遣いが鍛刀したとされる聖剣『グレイスソード』だ。
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