善と悪は紙一重

オキテ

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天使編

死刑執行人スワイプ その2(残虐表現あり)

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 スワイプが知る限り、神が絶対的な力を持った世界の宗教施設というのは、実に無慈悲だ。

 天使のような笑みを浮かべ「何でも許す」と言いながら、奴等は人々を許そうとしない。

「私が生まれた世界でも、この世界でも……」

 スワイプが生まれた世界の教会は、民衆が経典に則るよう様々な制約を課した。

 それに違反する者は全て魔女だとか異端だとか呼ばれてことごとく処刑台や拷問にかけられた。

 死刑執行人として、スワイプだけが殺人という罪を背負い続けたのだ。

 スワイプは何もかも見てきた。

 泣き叫び命を乞う者。

 地獄の如き苦痛に悍ましい叫び声を上げる者。

 数々の拷問をいとも容易く行う自分。

 そして処刑を……まるで娯楽かのように鑑賞していた民衆共。

 奴らは石を投げ、罪人を侮辱し、もっと素晴らしいショーを見せろと怒鳴るのだ。

「やる事は、同じなんだ」

 スワイプは『異端者』がいる拷問部屋の扉に手を掛けゆっくりと開く。

 鉄扉てっぴの向こうから現れたのは、錆鉄の臭いが漂う嫌な部屋だ。

 壁や床、天井に残る黒いシミは、かつて拷問に掛けられた者たちの憎悪。

 裸にされ、木の十字架にはりつけにされた男が、スワイプを見るなりこう叫ぶ。

「頼む! 助けてくれ! お、オレは、異端者なんかじゃないんだ! し、知らなかったんだ……知らなかったんだ! あの本が! 邪教の教典だったなんて!」

 今更、何を言っても無駄だ。

 有罪だろうが、無罪だろうが。この十字架に架けられた者は全て裁かれる。

 捕えた者の罪の有無を熟考するより、全て亡き者にした方が早いのだ。

 覚悟を決めたスワイプはシルクの手袋を嵌めた手に釘とカナヅチを収めた。

 人間の脂の嫌な匂いが肺に充満するのを感じながら……ゆっくりと息を吸う。

「あの本をどこから手に入れたのか。教えていただきましょうか」

 スワイプは毅然とした態度で男に尋ねる。

「あれは……あれは、ジジイが質としてオレの店に預けたモンだ! 知らなかったんだよ……! ただ、綺麗な本だったから、貴重な本だと思って預かっただけなんだよ!!」

「そのお爺さんというのは? 名前は?」

「しらねぇよ!」

 獣のように歯を剥き出し男は怒号を上げる。

「……知ってんだろ? 質屋には名前を教えたがらない客も来る。アイツも名前を教えてくれなかった!」

「本当ですか? 本当に男の名を知らないのですか?」

 スワイプの瞳に漆黒の炎が灯る。

(やるしか無い……やるしか無いんだ)

 そう自分に何度も言い聞かせた。

(自分がやらなければ、誰がやるんだ)

 拷問をする上で有効なのは、じわじわと苦痛を与えてゆく事。

 スワイプは、開かれるように鉄の輪で固定されている指を狙う。

 右手の中指に釘の先端を当てがった。

「ヒ……何する気なんだよ?」

 男の額に脂汗が浮かぶ。

 目をギョロギョロと動かす男は、これから味わうであろう苦痛に耐える覚悟を持てないようだ。

「やめてくれ、やめ……!」

 スワイプは釘の頭にカナヅチを振るう。

 ゴン!

 ゴン!

 ゴンッ!

 肉と骨を貫く嫌な感触!

 男は顔を大きく歪め叫んだ!

 地獄の亡者の如き絶叫が拷問室の石壁に反響し、その場にいた全員の耳を貫いた。

 その様子を後方で見ていた兵士は顔を青ざめさせた。

 アルカは眉ひとつ動かさずスワイプを見守っている。

 ゴン!

 ゴン!

 ゴンッ!

 スワイプは何度もカナヅチを振るう。

 釘の頭が指の腹にめり込むまで……

 血が溢れ、ツゥーと指を伝い、てのひらを伝い、腕を伝う。

「……これで少しは本当の事を話す気になりましたか?」

「や、やめてくれよぉ……」

 男は項垂れながら蚊の鳴くような声で願う。

「オレは何もしらねぇんだ……なんも……なんも……」

 恐らくこの男は無実だ。

 本当に邪教の教典だと知らずに受け取ったのだろうし、本当に名前も控えていないだろう。

 だが、「知らない」では許されないのだ。

 この残酷な世界では……

 スワイプは次の釘を手に取った。

   ***

「あ……あ、あ……」

 もはや叫ぶ力もないのだろう。

 振り乱した髪に口角から垂れる涎。

 涙が枯れた目が真っ赤に充血し、虚空を見つめている。

 足元に血と尿が混じった水溜まりができていた。

 彼の手足には幾つもの釘が打ち付けられており、血が流れた跡がツタのような模様を描いている。

 次の釘が28本目。

 スワイプは釘を手に取り、男の右肩に当てがった。

「やめ……てくれ」

 掠れた声で懇願した後、男は何度か乾いた咳をする。

「認める……みとめるよ。オレは、オレは……オレは」

 男の肩が震え始める。

「あの本を、邪教の経典だと、し、知って、知っていて、受け取ったんだ……ヒヒッ」

 ヒヒ……ヒヒヒッ

 ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……

 ヒャアッハハハアハハァ!

 アハ、ハ、アハハ、ヒ、ハ、ハ!

 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!

 悪魔のような狂笑。

 瞳孔がすっかり開き切っている。

 裂けんばかりに口を開け、実に可笑しそうに笑っている。

 もう、この男は元に戻れないだろう。

 スワイプが壊したのだ。

 たった28本の釘と、1丁のカナヅチで。


 スワイプが殺した。

 彼のこれからの人生を。


「……終わりました」

 それは実に重々しい口調だった。


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