善と悪は紙一重

オキテ

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天使編

悪魔狩りのゼトワール

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 悪魔の手に堕ちた世界ダイモニアにて。少女が住む家を背にしたゼトワールは辺りを見渡す。

 ここは小さな農園だったのだろう。生活の残骸と人骨が所々に散らばり、死の匂いがこびりついて離れない。

 ゼトワールは拳を握り締めた。

 怒りだ。

 天使の端くれである彼女は、端正な顔を大きく歪める。

 ダイモニアを助けられなかったのは、通行手形を発行する国教神が決まらなかったから。

 何故、今まで国教神が決まらなかったのか。

 更なる権力を手にしようと企む神々が争っていたからだ。

 元軍人であるゼトワールは、皮肉を言うのが得意である。

 戦時中は仲間同士で上層部への悪口を皮肉混じりに話す事で、心の平静を保っていたのだ。

 だが、彼女は「……神のクソッタレが!」と幼稚に吐き捨て空をキッと睨む。

 青空が遥か彼方へ続き、白い日光が降り注ぐ。

 悪魔共の手に堕ちた世界には似つかわしく無い。

 村からそう離れていない場所で、悪魔の群れが獲物を探しているのが見えた。

「これ以上、貴様らの思い通りにさせるものか!」

 ゼトワールは走った。

 軍人として鍛えられた足で土を蹴る。

 その姿は、王を乗せ戦場を駆ける馬のよう。

 道中で大砲や鎧、国旗の残骸が転がっているのが見えた。これは人間が悪魔に抵抗した名残なのだろう。

 村から十分に離れた場所で、懐から拳銃を取り出し天に向かい引金を引く。

 空砲だ。山が近くにあるせいか、筒音が反響する。

 音に気付いた悪魔共が、口元を歪ませ黄ばんだ歯を露わにさせた。


 獲物だ。


 先頭のリーダーらしき悪魔が旋回し、ゼトワールに向かって急降下を始める。他の悪魔もそれに続く。

 数はざっと15匹。

 ゼトワールは腰に携えていた剣を構えた。

 銀の刀身がギラリと光る。

 来た。

 ゼトワールの瞳が爛々と輝く。

 空から降り注ぐ悪魔の攻撃を最小限の動きで躱し、屈強な爪による一撃を剣で弾き返す。

 攻撃を防いだ事で悪魔に生じた微かな隙を見逃さず、胸から腹に向かって剣を振り下ろした。

 無駄の無い、見事な太刀筋だ。

 魚のように腹を掻っ捌かれた悪魔は、おぞましい悲鳴を上げ血と臓物を地面にボトボトと溢す。

 錆鉄のような臭いの返り血を浴びても尚、彼女は眉ひとつ動かさない。それどころか「邪魔だ」と死骸を蹴り飛ばし、目に付いた悪魔共へ次々に斬り掛かる。

 散々人間を苦しめたのだ。

 悽愴せいそうな死こそ相応しい。

 心の根底にあるのは、強烈な憎悪と復讐心。

 彼女もまた、祖国を悪魔に焼かれたのだ。

 彼女も悪魔の犠牲者なのだ。

「……ッ!」

 不覚。

 目前の的に集中してしまった為、悪魔に背後を取られていた事に気付かなかった。

 既に悪魔は腕を振り上げている。

 普通の人間なら、奴からの攻撃を躱せないだろう。

 ……だが、彼女は既に人間ではない。

 ゼトワールの体が黒い泥のように変化し、影の中へと吸い込まれた。

 影の中を進み、大きく空振りした悪魔の背後に回る。

 そして影の中から地上へ戻り、背後から奴の首を刎ねたのだ。

 天使として生まれ変わった者には、人間の力を超えた能力を神から1つだけ与えられる。

 ゼトワールには影の中に潜むという能力を与えられている。彼女はこの力に『 Reisender Schatten影の旅人』と名付けた。


 目の前にいる女は、人間ではない!


 ようやく悟った悪魔共がコウモリのような翼を翻し、彼女の手が届かぬ空へと飛び立つ。

「……チッ!」

 彼女が舌打ちした直後。

 紺色に輝く巨大な魔法陣が空に現れた。

「……『ヒーローは遅れて登場するもの』か。全く、嫌な奴だ」

 魔法陣から現れたのは巨大な帆船。

 空飛ぶ船だ。

『ギャラクシー・ビーム‼︎』

 電子音と共に舳先へさきから銀河を思わせる色のビームが放たれた!

 ビームは見事悪魔に命中し、派手な爆発を起こす。

 ガガッ、ビビビビ……

 拡声器を準備しているのか、ノイズが辺りに響く。

 咄嗟にゼトワールは耳を塞いだ。

『待たせたね、ゼトワール君!』

 船から男の声が響く。

「キャプテン・ブレネン……」

 ゼトワールは男の名を呟く。

 ブレネンは、彼の世界の言葉で『燃える』という意味をもつらしい。

『ヴェーラ君から、君を聖域に呼び戻すよう頼まれた!』

「ヴェーラ様から?」

『恐らく、君に任せたい仕事があるのだろうな! 後は私に任せてくれたまえ! 君はすぐ聖域に戻るんだッ!』

「……わかった。任せるぞ」

 命令に従わない訳にはいかない為、『こんなフザけた奴に任せるのか』という忌々しげな視線を帆船に送りながらも手を引く。

 ゼトワールの体が青白い光に包まれる。そして、光の粒子となって虚空へ溶けて消えた。
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