運命の人

悠花

文字の大きさ
上 下
50 / 60
別れと始り

しおりを挟む

 夏がそろそろ終わろうとしている。
 昨日、公園で別れた日向から連絡が来ることはなかった。純と話せたのか気にはなったものの、電話はしなかった。
 お互い、別れると決めたのだ。そこは信じるしかないし、信じなければいけないと思った。
 咲久は、日向と純の関係をすべて知っているわけじゃない。というよりも、咲久に入る余地などないのだ。ふたりのことは、ふたりにしかわからない。咲久が知っていいのは結果だけで、過程は興味本位で聞くべきことじゃないのだ。
 優人と別れるのなら、他に仕事を探さなければいけないだろう。そう思うと、今まで特別好きでもなかったはずの店が、何か大切なもののように思えた。
 人は、当たり前にあるものを、大事にすることを忘れがちな生き物なのかもしれない。失いそうになって初めて気付くのだ。
 同じ間違いを犯さないためにも、これからは目の前にあるものを大切にしようと思った。

 いつもより丁寧に片付けをし、店を閉めていると日向が入ってきた。昨日の今日なのに、ずいぶん会っていなかったようにも思える。何を言うわけでもなく、店の商品を見ているだけなので、そうして待つつもりなのだとわかった。
 レジを閉め、店内の電気を消すと、黙って出て行く。その後に続き店を出た。

「鬼塚さんに連絡しました。遅くなってもいいなら、時間取ってくれるそうです」

 店の鍵を閉めた咲久が頷くと、日向が歩き出す。

「それまで、飯に行きましょうか」
「はい」
「どうします?」

 なにを聞かれているのかわからず日向を見ると、いつものように優しく笑ってくれる。

「どうしても嫌なら、俺だけでも構いませんけど、出来れば、椿さんも一緒の方がいいと思うんです」

 それはそうだろう。咲久の別れ話なのだ。本来なら、咲久が優人に言わなければいけない。
 覚悟を決めて頷くと、日向が地面に視線を落とした。

「それと……純には話しました」

 次の言葉が気になり、息が止まる。あの純が、いったいどういう反応を見せるのか、咲久には想像もつかなかった。

「少し時間を貰えませんか」
「時間……ですか?」
「はい。納得してくれないことには、先に進めないなって」

 ということは、納得しなかったということだ。隣を歩く日向が咲久を見る。

「ここまで来ておいて、こんなこと言うのもどうかと思うんですけど、これ以上純を裏切れなくて」

 もう十分裏切ったのだ。これ以上、裏切れないというのも理解出来る。

「あいつが、別れることに納得するまで、椿さんと会うのはやめておこうと思ってます」

 そういうことなのだ。誰かを傷つけておいて、上手く行くなんてことはないのだ。自分たちだけ、幸せになんてムシが良過ぎる。優人だって、納得するとは思えない。一緒に暮らす予定だったのに、別れるなんてあまりにも勝手な話だ。
 ふいに日向が咲久の頭に触れ、小さく撫でた。

「だから、今日は美味いもの食いましょう。しばらく会えなくなりますし」
「はい」
「すみません」
「どうして謝るんですか?」

 日向が謝ることじゃない。悪いのは日向だけじゃない。

「また、我慢させるなって」

 それでもいい。

「今さらですよ」

 咲久が笑って言うと、同じく笑ってくれる日向が、触れていた頭を引き寄せ軽くキスをした。

「鬼塚さん、きっと怒るだろうな」
「そうでしょうか。僕、まったく想像がつかなくて」
「本当にいいんですね?」

 いいに決まってる。今、ここにいる日向を手に入れるためなら、何年だって我慢するし、誰に何を言われてもいい。それくらいの覚悟は、咲久にもある。

「僕、日向さんが好きです。大切にしたいんです。何を失ったとしても、日向さんだけは失いたくないと思ってますから」

 出会ってから、それほど経っていないけれど、こんなにまで好きになったのだ。それは、これから先も同じ。日向以外の誰かを好きになることは、けしてないと言い切れる。

「俺もそう思ってますよ」

 そう言ってくれる日向の声は、愛しいほど優しく聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

俺の人生を捧ぐ人

宮部ネコ
BL
誰かを好きになるなんて、気持ち悪いと思ってた幼少期の自分。 高校一年の途中、あいつと再会したことでその気持ちが揺らぐ。 気付いたら止められない気持ちを一体どうすればいいのか。 俺はずっと持て余し、十年ほどの片思いを続けた後、決めた。気持ちを伝えようと。 ※一応完結しましたが、現在修正しています。 そのため一度連載中に戻していますのであしからず。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...