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別れと始り
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しおりを挟む夏がそろそろ終わろうとしている。
昨日、公園で別れた日向から連絡が来ることはなかった。純と話せたのか気にはなったものの、電話はしなかった。
お互い、別れると決めたのだ。そこは信じるしかないし、信じなければいけないと思った。
咲久は、日向と純の関係をすべて知っているわけじゃない。というよりも、咲久に入る余地などないのだ。ふたりのことは、ふたりにしかわからない。咲久が知っていいのは結果だけで、過程は興味本位で聞くべきことじゃないのだ。
優人と別れるのなら、他に仕事を探さなければいけないだろう。そう思うと、今まで特別好きでもなかったはずの店が、何か大切なもののように思えた。
人は、当たり前にあるものを、大事にすることを忘れがちな生き物なのかもしれない。失いそうになって初めて気付くのだ。
同じ間違いを犯さないためにも、これからは目の前にあるものを大切にしようと思った。
いつもより丁寧に片付けをし、店を閉めていると日向が入ってきた。昨日の今日なのに、ずいぶん会っていなかったようにも思える。何を言うわけでもなく、店の商品を見ているだけなので、そうして待つつもりなのだとわかった。
レジを閉め、店内の電気を消すと、黙って出て行く。その後に続き店を出た。
「鬼塚さんに連絡しました。遅くなってもいいなら、時間取ってくれるそうです」
店の鍵を閉めた咲久が頷くと、日向が歩き出す。
「それまで、飯に行きましょうか」
「はい」
「どうします?」
なにを聞かれているのかわからず日向を見ると、いつものように優しく笑ってくれる。
「どうしても嫌なら、俺だけでも構いませんけど、出来れば、椿さんも一緒の方がいいと思うんです」
それはそうだろう。咲久の別れ話なのだ。本来なら、咲久が優人に言わなければいけない。
覚悟を決めて頷くと、日向が地面に視線を落とした。
「それと……純には話しました」
次の言葉が気になり、息が止まる。あの純が、いったいどういう反応を見せるのか、咲久には想像もつかなかった。
「少し時間を貰えませんか」
「時間……ですか?」
「はい。納得してくれないことには、先に進めないなって」
ということは、納得しなかったということだ。隣を歩く日向が咲久を見る。
「ここまで来ておいて、こんなこと言うのもどうかと思うんですけど、これ以上純を裏切れなくて」
もう十分裏切ったのだ。これ以上、裏切れないというのも理解出来る。
「あいつが、別れることに納得するまで、椿さんと会うのはやめておこうと思ってます」
そういうことなのだ。誰かを傷つけておいて、上手く行くなんてことはないのだ。自分たちだけ、幸せになんてムシが良過ぎる。優人だって、納得するとは思えない。一緒に暮らす予定だったのに、別れるなんてあまりにも勝手な話だ。
ふいに日向が咲久の頭に触れ、小さく撫でた。
「だから、今日は美味いもの食いましょう。しばらく会えなくなりますし」
「はい」
「すみません」
「どうして謝るんですか?」
日向が謝ることじゃない。悪いのは日向だけじゃない。
「また、我慢させるなって」
それでもいい。
「今さらですよ」
咲久が笑って言うと、同じく笑ってくれる日向が、触れていた頭を引き寄せ軽くキスをした。
「鬼塚さん、きっと怒るだろうな」
「そうでしょうか。僕、まったく想像がつかなくて」
「本当にいいんですね?」
いいに決まってる。今、ここにいる日向を手に入れるためなら、何年だって我慢するし、誰に何を言われてもいい。それくらいの覚悟は、咲久にもある。
「僕、日向さんが好きです。大切にしたいんです。何を失ったとしても、日向さんだけは失いたくないと思ってますから」
出会ってから、それほど経っていないけれど、こんなにまで好きになったのだ。それは、これから先も同じ。日向以外の誰かを好きになることは、けしてないと言い切れる。
「俺もそう思ってますよ」
そう言ってくれる日向の声は、愛しいほど優しく聞こえた。
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