運命の人

悠花

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裏切り

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「えー、純くん帰るの? まだ、いいじゃない。ほら、飲もうよ」

 例のクラブのボックス席から純が腰を上げると、酔っ払いの松田が腕を掴んで引き止めた。
 仕事終わり、松田に誘われ飲みに来たまではよかったけれど、時間も時間だ。

「俺、明日も仕事なんですけど」
「なんだよぉ、仕事仕事って、面白くないなぁ」

 面白くなくても、それが純の現実なのだ。毎日、好きに遊んでいられる松田に、いつまでも付き合っていられない。だいたい、飲み過ぎだ。

「松田さん、そんなに嫌ならやめたらどうですか?」

 何を?という顔をするので、溜め息を吐きながらも本当のことを言ってやる。

「結婚ですよ。嫌ならやめればいいじゃないですか」
「嫌なんて言ってないよ」

 拗ねたような顔になり、持っているグラスの酒を飲む。
 どう考えても嫌だろ。そうでなければ、サッサと帰って女のところにでも行くはずだ。

「松田さん、彼女と会ってんですか?」
「会ってるよ」
「そのわりには、いつも遊んでますけど?」
「いいの。遊んでても、文句言わない女だから」

 そんな都合のいい女がいるわけない。

「だからね、もう少し飲もうよ」

 頼まれても、今日はもう帰ると決めたのだ。返事をしないでいると、純の腕から手を離した松田が、額をテーブルに付けるように突っ伏した。

「どうせ、純くんにはわかんないよ」
「何がですか」
「俺は結婚したいの。あいつが好きなの。でも、本当にこれでいいのかとも思うの」

 まるで子供だ。酔っているせいで、よけいにそう聞こえる。

「すげーワガママなんだよ。もうビックリするくらい。俺を金持ってる、使いっ走りにくらいしか思ってない女なの。だから、時々本気でいらねーとか思うわけよ」

 そういうことか。それで年に何回か本気で別れようと思うのだろう。

「でも、やっぱあいつがいいんだよ。ホント最悪だよ。俺の人生、あいつと出会ったがために、おかしなことになってる気がするんだよな」

 別におかしなことにはなってないだろ。何を言っても、その女がいいということは、それでいいということだ。

「わかりますよ」
「いや、わかってないね! 純くんには絶対にわかんないね」

 もはや絡まれているだけに思えてくる。酔っ払いの言うことなど、まともに聞いても仕方ない。

「日向くんみたいな、とことん気の合う相手と一緒にいる純くんに、俺の気持ちがわかるわけない」

 それはそれで新鮮さの欠片もないところが悩みだと言っても、今の松田に通じるとは思えない。

「それに、俺たちは子供作るっていう、余計なミッションもあるわけよ。で、あいつがどうせなら早く結婚したいってね。どうせならって……結婚ってそういうもの? どうせならでするものなの?」
「いや、知りませんよ」
「ほら、結局わかんないんだよ。いいよな、純くんが羨ましいよ。俺も、婚期だとか、子供がどうだとか、そういうの全部無視で、純粋な愛だけで生きて行きたかったよ」

 いったい何の話なんだ。そんなこと知るかよ。
 そもそも、純粋な愛だけで生きているつもりなどまったくなかった。元樹との暮らしは生活なのだ。それこそ、愛だの恋だのとはかけ離れている。

「だったら、ゲイにでもなればどうですか?」

 面倒になってきて、投げやりに言うと、ガバッと顔を上げた松田がブンブンと首を振った。

「悪いけど、それは無理。いくら純くんの誘いでも、俺は乗れないよ」
「当たり前ですよ。誘うわけないじゃないですか」

 呆れて言うと、ヘラっと笑う松田が頬杖を付き、純を見上げた。

「純くんって、そんな感じなのに、実は日向くんのこと大好きだよね」
「はあ? 何言ってんですか」

 バカバカしい。
 確かに愛はあるとは思う。だけどそれは、長年一緒にいる家族のような愛情であって、好きも嫌いもないのだ。

「だってさ、カナちゃん言ってたよ。純くんは昔から、日向くんが大好きだったって。何かと、日向くんに構ってたらしいじゃん」

 そう言えば、この前も嫉妬してたとか言っていたのを思い出す。それほど元樹に構っていたつもりはない。単純に、友達だったので遊んでいただけだ。

「それに、鬼塚とだって、何もないんでしょ?」
「あるわけないでしょ」

 いったい何の話だと思えて来て、アッサリ返すと、松田がふーと酔った溜め息を零し。

「鬼塚って、純くんのこと相当気に入ってると思うんだよね。それこそ、浮気に発展してもおかしくないくらい。あいつが誰かに心許してるの、俺初めて見たもん。咲久くんですら、あんな感じないのに」

 知るかよ。

「でも、何もないんだよ。同じ部屋に泊まっても、何もしてない」

 当たり前だ、するわけない。ただ、妄想はしたけどな。とは言えず黙っていると、それってさ、と呟き。

「純くん側が、そうならないよう線張ってるってことなんじゃないの?」

 そんなつもりは毛頭ないし、鬼塚が純を気に入っていても、それは恋愛対象としてではないはずだ。これ以上、酔っ払いの戯言に付き合う気になれず、松田を置いて店を出た。
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