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裏切り
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セックスをする仲のふたりが、二週間で6回会う。この頻度が多いと思うのか少ないと思うのかは、関係性にもよるだろう。
一緒に暮らしている場合は毎日会うだろうし、付き合いたての恋人同士なら妥当か、もしくは6回では少ない方なのかもしれない。十四日間のうちの約半分。浮気相手と会う回数だと考えると、頻度はけして少なくない。
会えない日は連絡がなく、会える日は待っていると連絡が来る。待ち合わせ場所は店の近くの公園。咲久が店を閉めるのを、ベンチに座り待つ。
咲久に気付くまでの日向は、いつも遠くを見ていた。ここに自分がいること、待っている相手、今から行く部屋、そこですること。遠くを見ているのは、すべてが間違いだらけの自らの行動と葛藤しているのかもしれない。
本音を言うと、咲久は毎日でも会いたかった。帰って欲しくないし、ずっと一緒にいたい。寝ても覚めても、仕事をしていてもしていなくても、頭の中は日向でいっぱいになっていた。これほどまでに、誰かを欲したのは、もしかすると初めてかもしれない。優人と付き合い始めた時ですら、こんなふうには思わなかったのではないだろうか。
帰らないで、ずっと一緒にいて、好きだから、離れたくない。
この二週間、今にも口から出そうになるそれらの言葉を、咲久は飲み込み続けていた。どう考えても、言えるわけがない。言えばお終いになる。ただでさえ、モラルや罪悪感と葛藤している日向を、刺激したくなかった。
純と暮らす家に帰る日向を、じゃあと笑顔で見送る。またとは言わない。これで終わりだと、毎回自分に言い聞かせておく。それくらいでちょうどいい。我に返った日向に、いつやめようと言い出されても困らないように。
どれだけ身体を繋げても、日向が本当に愛しているのは咲久ではなく純なのだから。
嫉妬、なんて感情は、こういうときには湧きもしないのだと知った。純の元へ帰る日向を思うと、ただただ胸が痛く苦しいだけ。だけど、それを見せてしまうのは、ズルイ気がした。板挟みなんて立場に置きたくないし、自分が辛いからといって日向を責めるようなこともしたくない。
世間で言うところのルールはもう破られている。だからこそ、最低限のルールは必要だと思っていた。
最後かもしれない。今日もそう思いながら、公園へ行くといつもと同じように日向は待っていた。咲久の姿を見つけると、必ず笑顔を見せてくれる。それまでの葛藤を隠すように。
「今日は、飯に行きませんか?」
そう言って、ベンチから立ち上がる。初めて抱かれた日からずっと、公園から家へ、というのが決まりのような流れになっていたので少し驚いた。
咲久が驚いたことがわかったのだろう、後頭部に触れながら苦笑いを見せた。
「あんまガッついてばかりもどうかと思って」
身体だけの関係だと悪いと思い、気を使っているのかもしれない。
日向のこういうところが好きだ。日向にとっての咲久は、都合のいい浮気相手なのだから、本来なら身体だけの関係でいいはずなのに。
「何か食べたいものあります?」
「食べたいもの……あ、お好み焼き」
思い付いたことを口にすると、日向が少し意外そうな顔をした。お好み焼きを食べたいというのは、変なのだろうか。
「僕の両親が関西出身で、よく家では食べてたんです」
家を出てからは、なかなか食べる機会がない。独りでお好み焼きを食べに行くのもどうかと思うし、優人とも食べに行ったことがなかったから。ふいに笑うので、何がおかしなことを言っただろうかと思っていると、歩き出す日向がスマホを出した。お好み焼き屋を検索する。
「やっぱ、こういうのいいですね」
何がいいのかわからない。
「ヤッてるだけでは、そういう話は聞けませんし」
確かに、セックスだけしていては話は広がらない。抱き合うだけなら、無言でも事足りるのだ。
だけど、広げなければいけないのだろうか。お好み焼きが食べたいと言い、両親が関西出身と言っただけだ。
「そんなの、聞きたいですか?」
「そうですね。あ、ありますよ。ここどうですか」
立ち止まって、スマホの画面を見せて来る。別にどこでもいい。日向と一緒にいられるなら、この公園にいるだけでも咲久は満足なのだから。そう思っていると、画面から視線を上げ咲久を見た。
「お好み焼き食べながら、色々聞かせてください」
「何を、ですか?」
「なんでもです。椿さんのこと、もっと知りたいと思って」
どうして日向は、そういうことを言うのだろう。そんなふうに言われると、咲久のつまらない人生も、それはそれで悪くないんじゃないかと思える。誰かが自分のことを知りたいと言ってくれる。それだけのことが、これほど嬉しいとは知らなかった。身体だけの関係ではなく、心も寄り添おうとしているかのように錯覚してしまう。
錯覚だとわかっていても、咲久にはもう止められなかった。会えば会うほど、日向を好きになる気持ちをどうすることも出来ない。
いつか終わりがくることは、わかっているのに。
日向の手が咲久の頭に触れ、肩の方へと引き寄せられる。突然そうされた驚きより、日向に抱き寄せられたことが嬉しい。
わかっている。重症だ。好きになり過ぎている。
「そんな顔しないでください」
自分がどんな顔をしているのか、聞かなくてもわかった。泣きそうになるほど、日向を好きなのだ。
「飯より抱いてたいって、なるじゃないですか」
「いいですよ……それでも」
「駄目ですよ。お好み焼き食べたいんですよね。そういう主張は、ちゃんとしてください。好きなこと言って、好きにしていいんです。普段は言えないことも、俺には言ってください」
きっともう手放せない。優人にバレることよりも、甘やかしてくれる日向を失うのが、今の咲久には何より怖かった。
一緒に暮らしている場合は毎日会うだろうし、付き合いたての恋人同士なら妥当か、もしくは6回では少ない方なのかもしれない。十四日間のうちの約半分。浮気相手と会う回数だと考えると、頻度はけして少なくない。
会えない日は連絡がなく、会える日は待っていると連絡が来る。待ち合わせ場所は店の近くの公園。咲久が店を閉めるのを、ベンチに座り待つ。
咲久に気付くまでの日向は、いつも遠くを見ていた。ここに自分がいること、待っている相手、今から行く部屋、そこですること。遠くを見ているのは、すべてが間違いだらけの自らの行動と葛藤しているのかもしれない。
本音を言うと、咲久は毎日でも会いたかった。帰って欲しくないし、ずっと一緒にいたい。寝ても覚めても、仕事をしていてもしていなくても、頭の中は日向でいっぱいになっていた。これほどまでに、誰かを欲したのは、もしかすると初めてかもしれない。優人と付き合い始めた時ですら、こんなふうには思わなかったのではないだろうか。
帰らないで、ずっと一緒にいて、好きだから、離れたくない。
この二週間、今にも口から出そうになるそれらの言葉を、咲久は飲み込み続けていた。どう考えても、言えるわけがない。言えばお終いになる。ただでさえ、モラルや罪悪感と葛藤している日向を、刺激したくなかった。
純と暮らす家に帰る日向を、じゃあと笑顔で見送る。またとは言わない。これで終わりだと、毎回自分に言い聞かせておく。それくらいでちょうどいい。我に返った日向に、いつやめようと言い出されても困らないように。
どれだけ身体を繋げても、日向が本当に愛しているのは咲久ではなく純なのだから。
嫉妬、なんて感情は、こういうときには湧きもしないのだと知った。純の元へ帰る日向を思うと、ただただ胸が痛く苦しいだけ。だけど、それを見せてしまうのは、ズルイ気がした。板挟みなんて立場に置きたくないし、自分が辛いからといって日向を責めるようなこともしたくない。
世間で言うところのルールはもう破られている。だからこそ、最低限のルールは必要だと思っていた。
最後かもしれない。今日もそう思いながら、公園へ行くといつもと同じように日向は待っていた。咲久の姿を見つけると、必ず笑顔を見せてくれる。それまでの葛藤を隠すように。
「今日は、飯に行きませんか?」
そう言って、ベンチから立ち上がる。初めて抱かれた日からずっと、公園から家へ、というのが決まりのような流れになっていたので少し驚いた。
咲久が驚いたことがわかったのだろう、後頭部に触れながら苦笑いを見せた。
「あんまガッついてばかりもどうかと思って」
身体だけの関係だと悪いと思い、気を使っているのかもしれない。
日向のこういうところが好きだ。日向にとっての咲久は、都合のいい浮気相手なのだから、本来なら身体だけの関係でいいはずなのに。
「何か食べたいものあります?」
「食べたいもの……あ、お好み焼き」
思い付いたことを口にすると、日向が少し意外そうな顔をした。お好み焼きを食べたいというのは、変なのだろうか。
「僕の両親が関西出身で、よく家では食べてたんです」
家を出てからは、なかなか食べる機会がない。独りでお好み焼きを食べに行くのもどうかと思うし、優人とも食べに行ったことがなかったから。ふいに笑うので、何がおかしなことを言っただろうかと思っていると、歩き出す日向がスマホを出した。お好み焼き屋を検索する。
「やっぱ、こういうのいいですね」
何がいいのかわからない。
「ヤッてるだけでは、そういう話は聞けませんし」
確かに、セックスだけしていては話は広がらない。抱き合うだけなら、無言でも事足りるのだ。
だけど、広げなければいけないのだろうか。お好み焼きが食べたいと言い、両親が関西出身と言っただけだ。
「そんなの、聞きたいですか?」
「そうですね。あ、ありますよ。ここどうですか」
立ち止まって、スマホの画面を見せて来る。別にどこでもいい。日向と一緒にいられるなら、この公園にいるだけでも咲久は満足なのだから。そう思っていると、画面から視線を上げ咲久を見た。
「お好み焼き食べながら、色々聞かせてください」
「何を、ですか?」
「なんでもです。椿さんのこと、もっと知りたいと思って」
どうして日向は、そういうことを言うのだろう。そんなふうに言われると、咲久のつまらない人生も、それはそれで悪くないんじゃないかと思える。誰かが自分のことを知りたいと言ってくれる。それだけのことが、これほど嬉しいとは知らなかった。身体だけの関係ではなく、心も寄り添おうとしているかのように錯覚してしまう。
錯覚だとわかっていても、咲久にはもう止められなかった。会えば会うほど、日向を好きになる気持ちをどうすることも出来ない。
いつか終わりがくることは、わかっているのに。
日向の手が咲久の頭に触れ、肩の方へと引き寄せられる。突然そうされた驚きより、日向に抱き寄せられたことが嬉しい。
わかっている。重症だ。好きになり過ぎている。
「そんな顔しないでください」
自分がどんな顔をしているのか、聞かなくてもわかった。泣きそうになるほど、日向を好きなのだ。
「飯より抱いてたいって、なるじゃないですか」
「いいですよ……それでも」
「駄目ですよ。お好み焼き食べたいんですよね。そういう主張は、ちゃんとしてください。好きなこと言って、好きにしていいんです。普段は言えないことも、俺には言ってください」
きっともう手放せない。優人にバレることよりも、甘やかしてくれる日向を失うのが、今の咲久には何より怖かった。
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