運命の人

悠花

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行動と妄想

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 洗面台の前で髪を乾かしていると、水の止まる音がして、鬼塚が出てくる。バスタオルを腰に巻いた姿が鏡に映った。
 悔しいかな、すべてにおいて勝ち組の男は、身体まで勝ち組だった。
 綺麗に割れた腹筋は、男として羨ましい限りだ。けしてマッチョではないのに、その身体は完璧に絞られているのがわかる。横に入る一般的な割れとは別に腰ギリギリにある斜めのライン。フェイスタオルで頭を拭く鬼塚が腕を動かすたび、絶妙な色気を発するその筋が、白いバスタオルの中へと流れては浮き上がる。
 男の割れた腹筋に、女が色めき立つのもわかる。これをセクシーだと言わずして、いったい何をそう言うのか。
 思わず、鏡に映る自分の身体と見比べた。腹が出ているわけでもなく、それなりに腹筋もあると思っていたけれど、鬼塚の仕上がった身体を前にすると、筋の薄さは一目瞭然だ。
 完全なる敗北感を感じていると、後ろに立った鬼塚が手を伸ばし、下着とハブラシを取った。
 一瞬、鼓動が高鳴ったことは認める。隠しても仕方ない。
 気まずさに、鏡越しの鬼塚の身体から視線を逸らすと、すぐそばでふっと笑った声が聞こえた。

「気にするな。ジムに通って専属のトレーナーを雇えば、誰でもこうなる」

 純の敗北感に気付いたのか、嫌味な追い打ちをかけてくる。
 結局は、金さえあればいい身体も手に入るらしい。下着姿でいたことを今さら後悔する。そんな身体を見せつけられるのなら、服を着ておけばよかった。
 髪を乾かし、ハブラシを済ませて戻ると、鬼塚は部屋着姿でベッドに腰掛けペットボトルの水を飲んでいた。グレーの緩いスウェットに、黒のTシャツ。何でもないただの服も、脱げばあの身体が出てくるのだと思うと、嫌味にさえ見えてくる。

「クローゼットに服あるぞ」

 そう言われても、今さらそそくさと服を着るのも癪なので、無視してベッドに倒れ込んだ。慌てて服を着たところで、純の負けは決まっている。
 ベッドの半分を使い、うつ伏せの状態で、明日から筋トレをしようと心に誓っていると、寝る支度の終わった鬼塚がベッドのもう半分に寝転んだ。

「おい、髪は? 乾かさないのか?」
「面倒だしいい」
「寝ぐせつくだろ」
「つくとマズイのか?」

 別にマズイわけではないけれど、つかないに越したことはない。そうは思っても、鬼塚に動く気はなく、寝ぐせなどどうでもいいと思っているのだろう。

「あんた意外と、適当なんだな」
「おまえは、細かいけどな」

 笑って言った鬼塚が、暑いのかシーツを純の方へと押しやる。両腕を頭上で伸ばし、軽く伸びをしてから肘を折り、濡れた頭の下に両手を差し入れ目を閉じた。
 ここまでリラックスしている鬼塚を見るのは、当然ながら初めてだった。いつも高級スーツでキメている男の自然体な姿は、妙に新鮮だ。濡れた黒い髪も、頭を支える素肌の腕も、瞼を閉じたことにより下を向く睫毛も、どれも純が知らなかった部分だ。
 うつ伏せのまま、視線を下へ流すと、細身のシャツが張り付く腰が目に入った。
 腰ギリギリに引っ掛かるスウェットの引き締ったウエストライン。シャツ越しにもわかる、筋肉の筋。鬼塚の呼吸に合わせて、僅かに上下する鳩尾。
 衝動的に手を伸ばしそうになり、慌てた。
 触りたいからといって、勝手に触っていいわけない。そんなことが許されるのなら、この世は無茶苦茶になる。
 ただ、そう思ってしまうほど、鬼塚の身体は魅力的だった。
 本音を晒していいのなら、シャツを捲くりあげ、先ほど見た、下腹にある斜めラインの筋にキスがしたかった。繰り返しキスをしながら筋を辿り、さらに下へと降りた先にある際どい付け根を舐め上げる。もう一度筋に戻り、同じように舌を這わす。存分に味わった後、またキスで付け根に辿り着き、今度は中心へと向かう。
 反応していなければ、手を添えピチャピチャと舐めるもよし、反応していれば口を開け喉を開き、ゆっくりと根元まで迎えればいい。苦しいほどの圧迫感で口の中をいっぱいにし、硬くなった棒の周囲を舌だけで愛撫する。
 理想は、このタイミングで、後頭部に手を置き頭を押さえて欲しい。
 唾液に塗れ滑りのよくなった性器を、頭を動かし唇で擦りあげる。締りに気を付けながら、根元から先へ、先から根元へと何度も往復させる。
 性的な高ぶりに荒くなる行き場のない呼吸は、口が塞がれているので鼻から抜けるしかなく音が漏れるだろう。その声を合図に、頭に添えられていた手に力が入り、腰が揺れ始めるのだ。
 口から出て行きそうになる性器が、次の瞬間にはズルリと滑り口内を満たす。ゆっくりと、少し早く、またゆっくりと。口の中を丁寧に犯され、さらに呼吸が荒くなる。足りなくなる酸素を求める胸が小刻みに震え始め、苦しくなり逃げようとする頭を、強い力で止められる。
 頭を押し付けられ、強弱を付けた動きでいやらしく腰を揺らす。
 疲れてくる口の端から、唾液が零れ落ち、そこで出し入れをやめた鬼塚が、根元まで一気に押し込むのだ。押し込んだ先で、小刻みな動きになり喉を早急に突きあげる。
 鍛え上げられた下腹部の筋肉が、額にあたる。終わりが近いことを悟り縋るように腰を掴むと、手が伸びて来て、胸の先端を絶妙な力加減で……。
 いや、待て、何考えてんだ。いくら酔ってるからって、それはないだろ。相手は鬼塚だ。
 突然我に返った純は、自分の下半身が反応していることに慌てた。
 マジかよ。ふと見ると、目を閉じたままの鬼塚の横顔が笑っていた。

「なんだよ」

 脳内で繰り広げられた、淫らな妄想が悟られたのではないかとの焦りから、突き放すような言い方になった。

「いや、なにも」
「笑ってただろ」
「まあな」
「何も言ってねえのに、笑うなよ」

 頭の中で想像していただけだ、声に出して何かを言ったわけじゃない。うつ伏せ状態の純の性器がシーツの中でどうなっているかなど、鬼塚は知らないはずだ。
 だいたい、無駄にいい身体なのが悪い。それでは、男もイケる男に欲情されても、仕方がないんじゃないのか。

「おまえを好きに出来る日向が、少し羨ましいなと思ってただけだ」

 それはこっちのセリフだ。純にすると、咲久の方がよほど羨ましい。あんなふうに口内を乱された後、今度は別の場所も乱されるのだ。
 いや、羨ましいってのはおかしいだろ。
 頭の中はゴチャゴチャになっているけれど、勃起したそこだけは意志を突き付けて来るような気がして鬼塚に背を向けた。
 気にするな。どうせ、適当なことを言っているだけだ。咲久で間に合っている男が、純のことを好きにしたいはずがない。

「頼むから、変な気起こすなよ」

 そっくりそのまま自分に返したい言葉でけん制すると、鬼塚の笑った声が背中越しに聞こえた。

「おまえもな」

 すでにあんたのあそこは俺の口に犯されてるよ、とは言えず目を閉じた。隣に鬼塚が寝ているおかげで、自分で処理するわけにもいかず、治まるのをただジッと待つしかない。
 こんなことは二度とごめんだ。船がトラウマになるんじゃないかと思った。
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