運命の人

悠花

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行動と妄想

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 久々に、よく飲んだ。これほど飲んだのは、思い出す限り何年もない。かといって、泥酔なんてことはなく、程よい酔い加減に鼻歌混じりで部屋を探す。
 カードキーと部屋番号を見比べながら歩いていると、後ろで鬼塚が笑った。

「ご機嫌だな」
「まあな。つーか、あんたまったく酔ってねえな」

 本当に酒を飲んだのかと疑いたくなるほど、何の変化もない。間違いなく純より飲んでいたはずなのに。

「あまり、酔わないからな」
「もったいねえな。それ、飲む意味ねえだろ。俺は結構酔ってんぞ。こんなに飲んだの、久しぶりだよ」
「そうなのか?」

 聞かれて、酔った頭で考える。やはりいつ以来なのか思い出せない。

「普段あんま飲まねえようにしてんだよな。セーブしてるって感じ?」
「どうしてだ。悪い酒でもなさそうだし、飲めばいいだろ」

 いいようで、よくないのには少し事情がある。

「だってよぉ、飲む機会って限られてるだろ? 日頃は仕事あるし、ガッツリ飲む機会ってあんまなくねえか?」
「日頃は、そうかもな。でも、普通に飲み会とかもあるだろ。仕事関係だと、好きに飲めないとしても、友達と飲むこともあるんじゃないのか」

 あるにはある。ただ、そういうときこそ好きなだけ飲めなかったりする。

「あんま酔って、変なこと言っても困るしな。その場に、元樹がいたりしたら余計にな」
「日向がいると、どうなんだ」
「いや、間違って、家ん中みたいな会話しても困るだろ? 別に普段から甘いこと言ってるわけじゃねえし、気にしなくてもいいのかもしれねえけど、万が一ってのがあるだろ」

 今まで一度も失敗したことはないので、考え過ぎなのかもしれない。だけど、ほどよいところでやめているからこそ失敗がないとも考えられる。となると、変に冒険はできないし、しない方が賢明だ。

「おまえたちって、自分で自分たちの首絞めてるところあるな」

 どういうことだ?
 お互いに首を絞め合っている、ということだろうか。酔った頭ではいまいち理解出来ず、振り返って鬼塚を見ると、その顔は意外にも真剣だった。

「友達ってのを完璧に演じ過ぎてて、それ止まりになってるように俺には見えるぞ」

 えっと、友達を完璧に……何だって?
 頭に入って来ない鬼塚の言葉を理解しようとして、目を閉じると、平衡感があやしくなりグラリと身体が傾く。倒れないよう足を一歩だし、踏ん張った。

「どういうこと?」

 結局、倒れそうになっただけで意味がわからなかった純が聞くと、もういいと呆れる鬼塚が純の手からキーを取り上げた。酔っ払い相手に、まともに話をしても仕方ないと思ったのだろう。
 純を通り越し、突き当たりの部屋でキーを差し込む。そこだったのか。横に並ぶ部屋番号ばかり見ていて、正面は見ていなかった。
 いちおう旅行関係の仕事をしているので、多少の知識はあるものの、実際に船の客室に泊まるのはこれが初めてだった。マリンテイストで仕上げられた部屋はそこそこ広さがあり、この客室のグレードがけして低くはないことがわかる。船上という限られたスペースの中、ベッド以外の家具が置ける部屋はそう多くはないはずだ。カーテンの開けられた窓の外には、海を見渡せるバルコニーまで付いている。窓の前にはシングルソファがふたつと、小さなテーブル。木製のドアの向こうには、バスルームなどがあるのだろう。松田がいい部屋を用意したというのは、けして嘘ではない。
 ただ、これは頂けない。

「は? ダブル?」

 思わず間抜けな声が出たのは、ベッドがひとつしかないから。ツインではなく、ダブルの部屋だとは思ってもみなかった。

「いや、キングだろ」

 鬼塚が、見当違いの発言をする。純はベッドサイズのことを言ったわけではない。
 入口で男ふたり突っ立っていても仕方がないと思ったのか部屋に入る鬼塚が、持っていたキーを手近な台に置く。

「どうする、松田に言うか?」

 内ポケットからスマホを取り出す鬼塚が画面を見て、圏外だと呟いた。時間は深夜、どこかにいる松田を探し出したとしても、今から部屋を変えろと言うのも面倒な気がした。同じことを思ったのか、使い物にならないスマホをルームキーと共に台に置いた鬼塚が、ふらっとベッドに腰掛けようとする。

「おい、待て待て。そのまま、座んなよ」

 思わず声を出すと、座り損ねた鬼塚が訝しそうに純を見た。

「着替えてからにしろよ」

 ベッドと純を見比べた鬼塚が、ソファの方へと座る。

「おまえが潔癖だったとは、意外だな」

 けして潔癖なわけではない。何でもありの、適当な感じが嫌なのだ。
 座るのはソファ、寝るのはベッド、食事はテーブル、作業は机で。物にはそれぞれ明確な用途があるのだ。そこを無視するのが、嫌ってだけだ。

「どうすんだよ。まさか一緒に寝るとか言わねえよな」

 シングルソファしかないのだ、ひとりはソファでというわけにもいかない。

「俺は別に構わない。このサイズだと、寝られるしな。嫌なら、松田を探して来い」

 確かに、大人ふたり余裕で寝られるサイズのベッドは、寝るという目的だけなら問題なく果たせるだろう。今から松田を探しに行くと言っても、すでに寝ている可能性もあるのだ。探しまわり、叩き起こして、他の部屋を段取りさせて、などと考えると、心底どうでもよく思えて来た。
 何より、純は酔っているのだ。一刻も早くベッドにダイブしたい。

「もういい。つーか、先シャワー使っていいか? 俺、眠気ヤバイんだけど」

 色々諦めた純が聞くと、どうぞと軽く言う鬼塚がソファから立ち上がり窓を開けてバルコニーへと出て行く。そうした鬼塚を横目に、シャワールームがあるだろうドアを開ける。

「頼むから、ベッド座るなよ」

 自分が寝るとなると、なおさら気になる純が声を掛けると、バルコニーから面倒そうな声が返って来た。

「細かいこと言ってねえで、サッサと入れ」

 細かいことなど言ったつもりのない純がバスルームへ入ると、ありがたいことに洗面台の横に、下着や、靴下などの着替えがいくつか用意されていた。女物も置かれているところを見ると、松田がわざとしたことじゃないとわかる。ダブルの部屋は、たんなる手違いなのだろう。
 サッとシャワーを浴びて、下着だけ履いた純が戻ると、ソファに座り黒い景色を見ていた鬼塚が立ち上がった。下着しか付けていない純の姿を見て、呆れたように笑う。

「そこは気にしねえのか」

 何が気になって、何が気にならないかは人それぞれだ。純はシャワーさえ浴びれば、後は問題ないと思うタイプだ。とにかく、ベッドに入る段階で綺麗なら、最悪、全裸でも構わない。
 冷蔵庫から水を出し、少し飲んでから髪を乾かすためバスルームへと戻る。鬼塚はすでにシャワーブースへと入っていた。
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